607 莉奈だけが、方向性が違う
そんなこんながありつつも歩いていれば、遠くの方に地平線ではなく林が見えてきた。どうやら、やたら広かったヴィースル大草原もそろそろ終わりを告げるみたいである。
「あの山間の林を通って、しばらくしたらモルテグルよ」
アーシェスは道を知っているのか、莉奈に教えてくれた。
左右に小高い山が見えたから、まさかなと……ちょっと不安だったが、どうやら山は登らずにすみそうである。
「しばらくってどのくらいですか?」
フェリクス王のしばらくは絶対アテにならないけど、アーシェスの感覚なら莉奈と変わらないだろう。
とはいえ、しばらくの基準がまったく分からない。
「お前が本気を出せば、1時間くらいで着くんじゃねぇの?」
「はぁぁァァーーッ!?」
目的地すら見えないココから、どうやったら1時間で着くというのか、莉奈は困惑の声が盛大に漏れた。
こんな突拍子のない返答をくれたのは、人外過ぎてアテにならないフェリクス王である。
「さすがのリナでも、それは無理じゃね?」
何がさすがか分からないが、エギエディルス皇子がバカにした様子で笑っていた。
ちなみにバカにしたのはリナであって、兄王ではない。
「リナの"豪脚"なら大丈夫だろ」
とフェリクス王がチラッと莉奈の脚を見て、口端を上げる。
「なっ! 超失礼なんですけど!?」
貧脚だとは思わないが、豪脚だと思った事もない。
莉奈は反射的に見られた脚を手で隠し、猛抗議の声を上げた。
しかし、フェリクス王に莉奈の抗議など右から左だ。
「なら、アレを付けてひとっ走りしてみろよ」
とさらに口端を意地悪そうに上げた。
フェリクス王の言う"アレ"とは、"豪神ナックルダスター"の事だろう。
「……」
うむ? それを装着したら、なんだか行けそうな気がする。
1時間とは大袈裟だが、莉奈も驚くくらいに早く着きそうだ。
まぁ、途中に足がもつれて転んだり魔物に遭遇したり、疲労に襲われないなど条件付きではあるが……。
「お前……今、マジで行けそうな表情してたな」
莉奈が思わず押し黙りエギエディルス皇子は、若干引いていた。
冗談のつもりが、まさかの本気なのかと。
「イヤダナ、カ弱イ私ニハ到底無理デスヨ」
ちょっと試したい気もするが、現状モルテルグの方角しか分からない。
ただ真っ直ぐ進めばイイ訳じゃなさそうなので、迷子になりそうだ。
「お前、辞書引いた事ねぇだろ?」
莉奈がホホホと空笑いしていれば、その隣でエギエディルス皇子が半目になっていた。
本気でか弱かったら、ココにはいないだろうと。
「まぁ、何事もなければ2、3時間くらいで山間には着くわよ」
莉奈達のやり取りに笑いつつ、アーシェスがザックリと"本来"の時間を教えてくれた。
「2、3時間」
という事は、日が暮れる前には遠くに見えている山に着きそうだ。
休憩という休憩が、ほとんどなかった鬼か悪魔の日程ではあったものの、野宿がほとんどないのはありがたい。
いくらフェリクス王がいるとはいえ、周りに何もない場所で寝るのは何だか落ち着かないし、のんびりとお風呂に入りたかった。
もう少しでモルテルグに着くのかと、莉奈がゴールを見据えた後ろでは、ランデル達が何か思い出した様にザワつく。
「だけど、あそこら辺の山って"キラーアント"の目撃情報が多数なかったっけ?」
「あったあった! ゴルゼンギルで会った"クレイジーモンキー"も言ってたよね?」
「言ってたな」
"キラーアント"や"クレイジーモンキー"とは何だろうか?
話している内容がよく分からなかった莉奈は、1人首を傾げていた。
「うっわぁ、キラーアントがいるのかよ」
莉奈と違って、ランデル達の話している事が分かったエギエディルス皇子が、ものスゴく嫌そうな表情をする。
「やだ、蟻なんて最悪じゃない」
「大きな群れじゃなければイイですが……」
同じくアーシェスとローレンがウンザリした表情をしていた。
話を聞く限り、"キラーアント"とは蟻の魔物なのだろう。英語と同じだとして、直訳すると"殺人蟻"だ。
"殺人"という辺り、人を餌にしそうな魔物ではないか。
しかも、その魔物も蟻と似た様な生態らしく、群れで生活しているみたいだ。
強さがそれ程でなくとも、数の暴力はエグい。
「群れってどのくらいの数なんですか?」
蟻の生態に詳しくないが、巣と言われるコロニーには数匹から数百万の数が住んでいると訊いた事がある。
スーパーコロニーともなると、女王蟻も数百万匹いて、億単位で暮らしている大所帯とか……。
そんな蟻だったら……と考えたら莉奈はゾッした。
「キラーアントなら、多くても100かしら?」
とアーシェスが考える様に言えばーー
「スーパーゼセルなら"億"ですけどね」
とローレン補佐官が追随した。
「"億"」
やっぱり、大所帯を持つ種類もあるのかと、莉奈は絶句した。
たとえ100でも多いと感じるのに、億単位が攻めて来たら終わりだ。そんな数が目の前に迫って来たら、早々に戦う意欲が削がれる事、間違いなし。
「そのせいで、小さな村や街が壊滅する事もあるのよ」
アーシェスが深いため息を吐いていた。
確かに、人口より多い魔物が攻めて来たら一溜りもない。村などあっという間に消えそうだ。
「遠くに見えていた丘が、実は"蟻塚"だった……なんて事もありますしね」
「あぁ、あるあるよね」
アーシェス、ローレン補佐官の話を聞いていた莉奈は、遠くに見える山を見てゾッしていた。
あれはただの山らしいが、目指していた丘が、実は丸ごと蟻の巣だなんて恐怖しかない。
「あ」
そんな会話の最中に、莉奈はフと思い出した。
「その蟻……"ミツツボアリ"みたいに"蜜"は貯めてないのかな」
「あ゛?」
それを聞いたエギエディルス皇子が、谷より深い皺を眉間に寄せた。
「別名"ハニーアント"と言って、お腹だかお尻に甘い蜜を蓄える蟻がいるらしいよ?」
莉奈の記憶が確かなら、アッチの世界のどこかの国には、腹部に甘い蜜を蓄える蟻がいた気がする。
大抵の場合は、蟻や蜂は巣に蜜を蓄えるのだが、その蟻は腹部に蜜を蓄えるとかなんとか。
蜜がどんな味がするのかが気になって、生態なんてまったく記憶にないけど……。
「「お前……」」
莉奈のその言葉に、フェリクス王兄弟が呆れを通り越して、何とも言えない表情で言葉を失くしていた。
この会話の最中に誰が、食う話に発想を伸ばすのだ。
皆が"キラーアント"と聞いて、嫌そうな表情をしているのに、莉奈だけが目が爛々としているのだ。
それが、捕食するつもりだと知れば、もう誰も何も言えない。
それを聞いたランデル達は、目を見張り絶句していたけど……。




