605 旅の目的が斜め上になりつつある?
「魔物からお酒だなんて、なんか悪酔いしそうよねぇ」
莉奈の呟きは、呟きでない事が多い。
アーシェスにも聞こえていたのか、あの魔物から出来るかもしれない酒の味を想像し、唸っていた。
不味いか美味しいかは別として、変に酒精が強そうだと。
「でも、美味しい可能性もありますよね」
正直なところ、ナッツ系は興味がないローレン補佐官。
でも、あの魔物から"お酒"が出来るならば途端に興味が沸く。
そもそも魔物は最近まで、食べられないと思い込んでいた。
それが莉奈のおかげで、今まで口にしていた肉や魚や野菜と同じく、食べられる魔物もあるのだと知った。
ならば、あのウルッシュヴィードも可能性はゼロではない。
「「「"酒"」」」
そう呟き、ウルッシュヴィードに視線をロックオンしたフェリクス王達。
そんなフェリクス王達の様子を見て、莉奈とエギエディルス皇子は顔を見合わせ空笑いしていた。
これでは、莉奈の事を言えないのでは? と。
「試すのはタダなんですから、とって来たらどうですか?」
その"とる"が、"採る"か"獲る"か莉奈には分からないけど、そこに魔物がいて、欲しい者達がココにいる。
しかも、討伐するのに苦労しない者達が……勢揃いだ。ならば、行けばイイ。
莉奈がそう提案すれば、3人の動きは素早かった。
「マックは左奥、アーシェスは手前に行け」
「「了解!」」
フェリクス王は2人に簡単な指示をし、自身は右手の一番遠くに見えるウルッシュヴィードに向かって行った。
ーーそれはもう、風か光かの如くである。
「フェリクス王達、楽しそうだなぁ」
苦笑いすら出ない莉奈の口からは、乾いた笑いが漏れていた。
ウルッシュヴィードが放つ、蔦や枝などの攻撃を左右に上手く躱しながら、アーシェスもローレン補佐官も戦っていた。
アーシェスは細長い剣と風魔法を駆使して、ローレン補佐官は剣一本で危なげなく倒している。
フェリクス王が向かったウルッシュヴィードは、魔王が来た事に足? が竦んだのか、まったく動けず瞬殺みたいだった。
フェリクス王にしたら、つまらなさ過ぎて欠伸が出ている事だろう。
「で? お前は何してんだよ?」
フェリクス王達が戦っている姿を、見ていたハズの莉奈が、エギエディルス皇子の視界から急に外れたのだ。
何事だと莉奈を探せば、エギエディルス皇子の足元で、何故か莉奈がしゃがんでいた。
「この草、食べられるんだって!」
そう言って莉奈が差し出したのは、雑草である。
「あ゛?」
「"ユキノウエ"って名前の草で、食べられるんだって」
「……」
キラキラとした瞳で莉奈が刈り取ったそれは、"ユキノウエ"という草花らしい。
背丈は30センチ程で、茎の太さは箸くらい。葉は四つ葉や三つ葉と様々だが、どことなくクローバーに似ていた。
莉奈が今まで気にした事もなかったその草花は、割とどこにでも生えている雑草である。
なので、エギエディルスの返答はこうである。
「誰も食べねぇよ」と。
莉奈が食べられると言ったところで、エギエディルス皇子から見たら、それはただの雑草。
どの国にも自生しているくらいに、ポピュラーな草だった。
なので、ヴァルタール皇国の王宮がある山にも自生している。
郊外に住む者なら食しているかもしれないが、貴族や王族が口にする訳がない。
「エドが知らないだけで、誰か食べているかもよ?」
と莉奈が言うので、エギエディルス皇子が近くにいたランデル達を見れば、彼等も食べないのだろう……手や首を横に振っていた。
「えぇぇ〜っ!? いっぱい生えてるのにもったいない!」
「もったいないって……そんなモノ、草食動物か魔物しか食わねぇよ」
エギエディルス皇子は完全に呆れ顔だ。
キャベツやほうれん草など、美味しく食べられる葉野菜がいっぱいあるのだから、その辺に生えている雑草を、わざわざ刈り取って口にしたりしない。
王都の庶民すら、雑草だと見向きもしない草であった。
エギエディルス皇子がそう言っても、とりあえず食べられるのだからと、せっせと雑草を刈る莉奈。
そんな莉奈を、呆れ顔で見ていたエギエディルス皇子は、チラッと前方を見て、今度はため息が漏れた。
兄王達ですら、己の赴くままに狩りをしているのだから、莉奈を止める術など、エギエディルス皇子にある訳がない。
「皆、自由だな」
エギエディルス皇子は、雲一つない空を見上げた。
狩りをしたり草を採取したり、自由気ままな莉奈達。空を回遊する鳥も呆れて見ているかの様だ。
まだ少し掛かるなと感じたエギエディルス皇子は、魔法鞄から椅子を取り出すと、皆の様子を見ながらのんびりと寛ぐのであった。
◇◇◇
末弟に呆れられているとは露知らず、運良く実が生っていたのか、嬉々として実を持って来たフェリクス王達。
一瞬、莉奈の持つ雑草をチラッと見て、怪訝そうな表情をしていた。
どうせ食うのだろうと頭の端に過りつつ、莉奈の考えは斜め上にいく事もある。訊きたいが訊かない方がイイ気がした。
フェリクス王がそんな事を考えているとは知らず、ユキノウエを魔法鞄にしまいながら、彼等が手に持つウルッシュヴィードの実を見た。
ウルッシュポッドの実はドングリみたいで可愛かったが、ウルッシュヴィードの実は微妙だ。
なにせ外見は似ているものの、大きさも重さもソフトボールくらいあった。こうなると、可愛いと言うより、何だか貫禄すらある。
莉奈が美味しいのかなと見ていれば、【鑑定】はまだか? という熱い視線を感じた。
その視線に苦笑いしつつ、実の観察をヤメて【鑑定】する事にした。ついでに表示された"ウルッシュヴィード"も【検索】して視る。
【ウルッシュヴィードの実】
ウルッシュヴィードにたまに生える実。
外皮と呼ばれる仮果はとてつもなく硬く、人の力だけでは割れない。
しかし、その中にある種子はほのかに甘く、カリカリとして美味しい。
アルコービヴィードの実と合わせ発酵や精製などさせると、香り豊かな深い味わいのお酒が出来る。
【ウルッシュヴィード】
普通の木とは違い魔物のため、雄雌や繁殖期という概念はなく、繁殖したい時に様々な色の花が咲き、その後に実が生ると言われている。
枝や蔦を使った攻撃が得意。根を使い歩く事が出来るが、走るのは苦手。個体によっては、風魔法を使うモノもいる。
〈用途〉
加工は難しいが、家具や防具などに適している。
ウルッシュヴィードの花粉はものスゴく強烈で、繁殖期に遭遇すると、自身の花粉をそこら中に撒き散らす。
その大量に舞う花粉を吸い込むと、人だけでなく動物や魔物も、酷い花粉症や喘息になる事がある。
〈その他〉
たまに生る実は食用である。
仮果はかなりの強固だが、その中にある種子はほのかに甘く美味しい。
アルコービヴィードの実と合わせ発酵や精製などさせると、お酒が出来る。
葉を精製すれば、花粉症を治す特効薬になる。
「コレを酒にするには"アルコービヴィード"の実もいるのか」
【鑑定】内容を説明すれば、喜ぶまもなくフェリクス王は舌打ち。
酒造に時間が掛かるのは百も承知だが、すぐに手に入らない材料が必要なのは面倒である。
「アルコービヴィードって、確かウルッシュヴィードの変異種でしたよね? この辺にいましたっけ?」
そう首を捻るのはローレン補佐官だ。
必要ならば、ウクスナ公国の首都モルテルグに行くついでに、狩って来てもイイが、近辺にいなければしばらくお預けである。
「いたかしらねぇ」
記憶を辿るアーシェス。
植物系の魔物は、盾や鎧などの防具には使えるものの、竜の鱗や鉱物系の魔物に比べると見劣りしてしまう。
強度は個体によるが、植物系の魔物はどうしても火に弱い事が多いため、耐火加工など手間がかかる。
武器の柄などに使う事もあるが、この魔物である必要はないので、アーシェスの店では買い取りに消極的だった。
その数少ない中、変異種アルコービヴィード。
実はともかくとして、植物系の魔物は、武器防具屋より家具屋か建築関係の方は需要があるので、そちらに訊いた方が早いかもしれない。
そう考えていたアーシェスはチラッと、ランデル達を見た。
「訊いた事ある?」
冒険者であるランデル達は、各地に旅している。
もしかしたら、見聞きした事があるのでは? と。
「いんや、訊いた事はないな」
「というか俺達……」
「植物系の魔物に興味ないから、遭遇しても襲って来ない限りは全力でスルーだよね?」
だが、反応はイマイチだった。
植物系の魔物は、魔物であるが故に木の伐採より遥かに危険だ。しかも、無駄な体力や時間を使う。
なのに、ウルッシュポッドほど高額で取り引きされていない。
需要はあるにはあるが、労力と対価が合わない事も多く、実力のある冒険者ほどスルーである。
他の冒険者より容量のある魔法鞄を持つランデル達でさえも、余程の空きでもない限りチラ見で終わりだ。
アーシェスも内心そうだろなと思いつつ訊いたので、納得しかない。
だが、そんな中、考え方の違う莉奈だけが、ポソリと呟いていた。
「実があれば、食べられるかもしれないのに」と。
そんな莉奈の呟きに、呆れたエギエディルス皇子が一言。
「普通は、可食を目的に魔物を狩猟しねぇんだよ」
フェリクス王達がエギエディルス皇子の一言に賛同したのはーー
ーー言うまでもなかった。




