604 目印にしてはいけないモノ
「あそこにある木って……さっきは右の方にありませんでした?」
そう、莉奈が感じた違和感は、前方に見えていた木である。
ウルッシュポッドの木みたいに大きな木ではなく、至って普通のサイズの木。一見、特別珍しい木ではなさそうに見えた。
しかし、莉奈が先程見た時は確か右で、今は左の位置にある気がする。
「あったが、それがどうかしたか?」
「え?」
右に生えていたハズの木が、左にあれば普通に疑問に思う。
だが、訊いたフェリクス王はもちろん、皆も特段気にした感じはなかった。それが、莉奈には不思議で仕方がない。
「だって、左に……」
「あぁ、移動したからな」
「え、移動した?」
フェリクス王の言う"移動"とは、どういう意味だろう。
莉奈達が向かっている方向を変えた……という事だろうか?
莉奈が首を傾げていたら、エギエディルス皇子が笑っていた。
「リナ。アレは木じゃねぇんだよ」
「え?」
「"ウルッシュヴィード"っていう魔物」
「えぇ〜っ、アレ魔物だったの!?」
だから、莉奈以外は位置が変わっていても、不思議に思わなかったのだろう。
木が動くと想定していない莉奈は、普通に驚愕である。
「木が動くなんて思わなかった」
風や目の錯覚で、木が動いた様に見える事はあっても、木本体が動くなんて考えもしなかった。この世界では、木すら動くのか。
そう思っていたら、エギエディルス皇子が呆れていた。
「お前、何言ってんだ? "鳥トリグサモドキ"だって動いただろう?」と。
言われてみればそうだった。
莉奈が何も考えずに近寄ったアレも、普通の草花ではなく植物系の魔物。
大小と違いはあるが、植物系というカテゴリーは同じ。そこに気付けば、何らオカシクはない話であった。
「家も動くのかな?」
「動かねぇよ」
何故、家まで動くと思うのか。
ボソリと呟いた莉奈の言葉に、エギエディルス皇子がすかさずツッコミを入れていた。
そうか、家は動かないのか。莉奈は少しだけ安心したのである。
動くと聞けば、なんとなく気になる莉奈。
遠くにあるそのウルッシュヴィードを、チラチラと目の端で見ていれば上手く根を使って、抜き足差し足のごとくひっそりと移動していた。
足元を隠す藪があったり、他の事に気を取られていれば、動く音がしないのでまったく気付かないだろう。
あれがそういう魔物だと知らずに目印にして歩いていたら、方向を完全に失い迷子である。
「ウルッシュって付くぐらいだから、ウルッシュポッドに関連があるの?」
【鑑定】しようにも遠くて、出来そうもないなと判断した莉奈は、エギエディルス皇子に訊いてみた。
「アレで、ウルッシュポッドに擬態してるつもりなんだよ」
「え……大きさがだいぶ違うよね?」
言われて見れば、確かに小型のウルッシュポッドに見える。
だけど、本物のウルッシュポッドをマンションに例えるなら、あの魔物ウルッシュヴィードは一軒家だ。鳥トリグサモドキといい、もうちょっと頑張って欲しい。残念な仕上がりにも程がある。
「大きいと動き辛いから、そうなったらしいですよ?」
話を聞いていたローレン補佐官が補足してくれた。
いくら魔物とはいえ、上にも横にも大きな巨体では動き辛いらしい。
「なら、ウルッシュポッドの擬態じゃなくて、他の木にすればよかったのでは?」
「この大草原には、品種的にウルッシュポッドの方が多くて自然ですからね。成長過程のウルッシュポッド……という事で」
「なるほど?」
なら、アリか? と莉奈は少しだけ納得した。
ウルッシュポッドも、いきなりあの大きさな訳はないし、ローレン補佐官の話も頷ける。
「実はあるのかな?」
「……言うと思った」
結局、最終的には食べられるか食べられないか……。
どこでもいつもの莉奈にエギエディルス皇子は呆れつつ、それが妙に莉奈らしくて安心する。
「ちょっと遠くて見えないけど、擬態してるなら……鳥トリグサモドキみたいにあるかもだよね?」
「ウマいとは限らねぇだろ」
「でも興味ない?」
「ねぇよ」
素っ気ないエギエディルス皇子を横目に、ウルッシュヴィードを見てみるが、いくら目を凝らしても実が生っているか否かは、ここからでは分からない。
そもそも、あの魔物に実が生っていたとして、それが美味しい保証はない。いや、むしろ鳥トリグサモドキみたいに、食べられる物ではない可能性は高いと思う。
素っ気ないエギエディルス皇子に莉奈は口を尖らせながら、別の考えが頭に浮かんだ。
「でも、ウルッシュポッドの実からお酒が出来るんだから、あの魔物からもお酒が出来る……かもだよね」
擬態性能がどこまで上手いのかにもよるが、すべての魔物があの鳥トリグサモドキみたいに下手な訳ではないハズ。
なら、ワンチャンありかな? と思ったが、動き辛いと大きくするのを諦めた魔物だ。そんな魔物が、生る実まで美味しくするとは思えない。
美味しくないだろうなと、莉奈は半分諦めていたが……お酒に敏感な御方が微妙に反応を示した。
「なるほど?」と。




