60 身の危険
「……兄上……」
シュゼル皇子は、色々な意味を込めて名を呼んだ。莉奈の不敬をどこまで許すつもりなのか……そして、氷菓子を作る手伝いを何故してくれないのか……。八割は、後者だろう。
フェリクス王は、返事の代わりにさらに深く面白そうに笑う。
「「………………」」
そんな王、宰相兄弟に、イベール、タールは押し黙っていた。本来なら二人も莉奈に、叱責しなければいけない立場だが、当の王がそれを許し、なんなら楽しんでいるふしがある。なら、それを窘める謂れは二人にないのだ。
「なぁ、塩からあげってなんだ?」
この場の雰囲気もなんのその。エギエディルス皇子が莉奈に張り付いて訊いてきた。
「ざっくり云うと、塩味の揚げた鶏肉」
「油で揚げて、油っぽくならないのか?」
いつもの、ご飯を思い出したのか眉間にシワを寄せていた。確かにこの世界の料理は、肉にしろ、魚にしろ油っぽいものが多い。
揚げ焼きというより、油で煮た感じ。脂っこくてべちゃべちゃ。さすがの莉奈も、胃もたれをおこしたくらいだ。
「ならないよ?……ん~と、周りはさくっとしてて、鶏肉はジューシー?」
ーーーゴクッ。
フェリクス王達がいる事も、瞬時に忘れ生唾を飲む音が、そこかしこからする。ただでさえ、肉は王、貴族、兵、と配分が決まっており、下っ端など3日に1回、口に出来ればいい方だ。
それが、莉奈の手による料理なら、さらに別格である。
「旨いのか?」
「今まで私が作った物で、美味しくない物あった?」
「……ない」
「でしょ?……これね、超美味しいよ?」
莉奈が、鶏肉を一口大に切りながらそう言うと、さらに生唾を飲む音がした。
「……マジか」
「私の世界じゃ……子供から大人まで、すごい人気のある食べ物だよ?」
自分も好きだし、家族も好きだった。今まで会った人物にからあげ嫌いはいない。それほど、人気のある食べ物の一つだろう。
莉奈が、そう言えばエギエディルス皇子も生唾を飲む。想像は出来ないが、とにかく美味しい食べ物だという事がわかったからだ。
「エド、油がはねるといけないから、少し離れてて」
そういうと、エギエディルス皇子はいそいそと数歩離れた。
普段は油の温度を、菜箸から出る泡で計っているが、菜箸がない。仕方なく小麦粉を軽く油に入れ計り、温度が適温になったと確認した。
そして、小麦粉をつけた鶏肉を熱した油に投入する。
ーーージュッ。
揚げ始めると、鶏肉が揚がっていく油の匂いがプンと匂い始める。揚げ物特有のたまらなくいい匂いだ。
「……小麦粉をつけて揚げるのですか?」
いつの間にか、横にいたシュゼル皇子が訊いてきた。匂いに誘われたのか、興味津々の様である。
ーーービクッ。
「はい……そうですよ」
莉奈は、答えつつ肝が冷えた。油を使っている時に、驚かさないで欲しい。鍋をひっくり返しでもしたらどうするんだと。
「「「………………」」」
皆は、シュゼル皇子の登場に驚きつつも、目は莉奈の作るからあげを凝視している。
「出来上がりか?」
ほどなくして、莉奈が揚げた鶏肉をバットに移しはじめたので、出来たと思ったエギエディルス皇子が、キラキラした目で訊いてきた。
「ま~だだよ?」
そんな可愛らしいエギエディルス皇子に、ほっこりしつつ鍋の油の温度を上げる。
「えっ? まだなのかよ!!」
待ちきれない様である。
「二度揚げするからね~?」
衣をサクッとさせるためには、二度揚げは必須だ。
「二度揚げ?」
「そっ。そうすると、周りはサクッと中はジューシーに仕上がるんだよ?」
ーーーゴクッ。
返事の代わりに生唾を飲む音が、一つ二つとしていた。
……ん?
どうでもいいけど……。
鶏肉、一枚分しか揚げてないんですけど?
莉奈は、不安を感じ始めていた。
からあげは数にして、6ヶ。
そして、ギラついている人達は不特定多数。
……あれ?ひょっとして、ヤバイ感じですか?
からあげが出来るにつれ、身の危険を感じる莉奈だった。




