589 この世界の奥深さ
エギエディルス皇子が、莉奈の魔法鞄に強引に突っ込んだゴールデンコブラは、稀な蛇だった。
その稀少さとこの煌びやかな鱗はものスゴく人気で、皮は鞄や靴はもちろん、ベルトなどの様々な装飾品や装備品に。
端切れも余す事なく、金運アップ商品として加工し安く売られているそうだ。
「コレもジャッカルンロープの恩恵かしら?」
アーシェスが小首を傾げる。
マッシュルームとなんて考えたら、すぐに真っ白マッシュルームが自生している木があった。
そして、今は希少種である"ゴールデンコブラ"を発見した。
偶然といえばそれまでだが、恩恵と言われたら恩恵であるのかもしれない。アーシェスの言葉に皆もなんとなく、そうかな? と思い始めていればーー
「こじつけじゃねぇの?」
とその考えを、フェリクス王が鼻で笑って吹き飛ばす。
ラッキーアイテムを所持していれば、ちょっとイイ事があるとすぐそのおかげだと思い込み、嫌な事があってもコレを持っていたから、このくらいで済んだと考える。
ジャッカルンロープやゴールデンコブラも、その類いだろうとフェリクス王は冷静だった。
「あ」
それで莉奈ははたと気付いた。
さっき、ジャッカルンロープを【鑑定】した時に、ラッキーな事が起きる様な表記は、記載されていなかったなと。
もしそういう効果があるなら、そう書かれていたのでは? と莉奈は思ったのである。
ただ、人が使う以上、【鑑定】も極々稀にバグる事もある……とシュゼル皇子が以前言っていた。
だから、その可能性もゼロではないが、そんな様に感じなかった。
「なるほど」
莉奈がそう説明すれば、ローレン補佐官が顎に手をおき、大きく頷いていた。
莉奈の食への貪欲な姿勢に、つい彼女が持つ技能は可食に特化していると思いがちだが、そうではなかった。
莉奈の【鑑定】は可食だけでなく、他に何か効果があれば、それも表記されている。
しかし、先程はそう表記されていないのだから、ジャッカルンロープは出逢えば幸運と言われているだけで、実際にはそんな効果などないのだろう。
「むなしい事言わないでくれる?」
フェリクス王の正論に、アーシェスがため息を吐く。
そう言われたら、夢も希望もないと嘆いていた。
ちなみにゴールデンコブラは猛毒を持っている。
その毒は、少し肌に触れても爛れるくらい強力で、摂取すれば死に至るそうだ。なので、多方面で需要があるらしい。
そんな危険な蛇が生息しているだなんて、恐ろしい。魔物ばかりに気を取られていると、知らずに脚をガブリとやられる訳だ。
「蛇は……」
味がどうこう云々以前に、蛇は鰻同様で捌くのが大変だと聞いた事がある。
そして、気持ち悪いので自分でやりたくないし、そこまでして食べたいかと言われたらノーだ。
「食べなくてイイかなぁ」
「「「……」」」
莉奈のひとりごとを聞いていた皆は、ドン引きである。
エギエディルス皇子は冗談で「食べるだろ」と言っただけで、莉奈が本気で食べるとは思っていなかった。
なのに、莉奈は一度でも食べる方向で考えていたのだ。
呆れもあるが、そこまで徹底していると、ある意味感服する。
「先が見えないとはこの事だね」
そこからさらに歩き続ける事、1時間。
大草原はまだまだ終わらない。360度グルリと見渡しても、人家はもちろん町らしき造形物は見えなかった。
相変わらずの草原と巨大な木。たまに、蛇やウサギみたいな小動物と出遭うだけ。
「退屈だな」
至極贅沢なボヤきが莉奈の口から漏れた。
魔物や猛獣に遭遇したい訳ではないけど、目標物が見えない場所を歩くのは案外苦痛である。
横目で見ると、エギエディルス皇子も退屈なのか、知らぬ間に拾っていた木の枝を振り回していた。気分転換になるのだろう。
ーードシン。
そんな退屈な時間を埋めるかの様に、わずかな地震動を身体に感じた。
竜が歩く振動よりははるかに弱めだが、それに近い何かが歩いているのかもしれない……と莉奈はキョロキョロと。
「でっか!」
莉奈は数百メートル先を見て、目を見張った。
ところどころ草が禿げて土が見えている場所に、やたらと巨大なワニがノシノシとのんびりと歩いているのが見えたからだ。
その巨体は、この距離からでも存在感アリアリで、頭から尻尾の先まで20メートルくらいは軽くありそうである。
莉奈の知る最大級のワニ、イリエワニに比べても、はるかに超える大きさであった。
しかし、あの大きさでもこの世界ではそんな珍しくないのか、莉奈以外に驚いている様子はなく皆は冷静だ。
「あぁ"サルコスクスコスクス・インペラトル"ですね」
「え? サル……リストラ?」
「"サルコスクスコスクス・インペラトル"。通称"サルコス"ですよ」
ローレン補佐官が教えてくれたが、早口言葉みたいで、正式名称を覚えられる気がしない。
そんな莉奈の様子が分かったのか、笑いながら通称まで教えてくれた。
「危険な魔物ですか?」
闘争心があまりなく、こちらから刺激しなければ、攻撃してこない魔物もいると聞く。
アレはどうなのだろう? と莉奈は訊いてみた。
「いえ、あれはただの爬虫類ですよ」
「え……爬虫類」
あの大きさで魔物ではなく、爬虫類。
では、ワニの魔物がいたとしたら、一体どんな姿をしているのだろうか?
この世界の魔物と動物の奥深さを知る、莉奈なのであった。




