582 何故、そんなモノを耳に入れる?
「ねぇ、これだけ歩いてるのに、全然魔物と遭遇しないって……ちょっとおかしくない?」
莉奈の右側を護っていたマリサが、少し歩みを遅くして、後方にいたランデルに声を掛けた。
鳴き声はもちろん聴こえるし、何かがいる気配もある。しかし、魔物がこちらに向かって来る様子がない。莉奈の護衛を行っているが、もはやただの散策になってしまっていた。
「おかしいとは思うけど、いない訳じゃないんだよなぁ。空にはさっきから、マルガイラが警戒するかの様に徘徊してるし」
「確かに」
マリサが空を見上げてみれば、木々の隙間からワイバーンよりひと回り小さな飛行系の魔物"マルガイラ"が、クルクルと旋回している姿が見えた。
"マルガイラ"とはワイバーンの仲間とされていて、攻撃力も中々あるが、それよりも素早い動きの方が厄介で、ランデル達も倒すのに骨が折れる相手であった。
そのマルガイラが、聴いた事のない様な警戒音を出して、徘徊しているのだ。ランデル達には、それが異様に不気味な感じがして、眉根が寄っている。
「なんか、キィキィうるさいね?」
翼竜系の恐竜より、ペリカンに似たマルガイラが数体、やたら耳障りな鳴き声を出して飛んでいた。
その鳴き声が、耳鳴りに少し雑音が混じる様な音で、妙にイライラする。
莉奈も空高くに飛ぶマルガイラを見つけ、生きた魔物を見た感動より、音に対しての苦情がつい漏れた。
「うるせぇけどな……警戒音が止まったら注意しろよ? 攻撃して来る可能性があるから」
エギエディルス皇子が念の為だと、莉奈に忠告してくれた。
どうやらアレは、仲間との交信みたいなモノらしい。集まってから鳴き止むと、攻撃を仕掛けて来る場合があるとの事。
なるほどと莉奈は思ったが、あの鳴き声は不快だ。
「耳栓が欲しい」
「残念だな。アレは耳栓しても聴こえる」
「え、マジですか」
耳栓代わりはないかなと、魔法鞄をあさる莉奈のボヤキに、フェリクス王が苦々しい表情で教えてくれた。
耳に綿を詰めようが何しようが、あの嫌な高音域の声は、貫通して耳や頭に響いてくるそうだ。
「スライムでもちぎって、耳に入れようと思ったのに……」
「「「……」」」
さらにボヤいた莉奈の言葉に、皆はものスゴい形相で絶句した。
何故、耳に"綿"ではなく"スライム"を突っ込もうとする?
莉奈の発想に唖然となった皆は、一瞬あの不快な声すら止まった気がしたのであった。
◇◇◇
「しかし、本当にうるさいわねぇ」
アーシェスが空を見上げて、ウンザリした声を出す。
うっそうと茂っていた森もしばらく歩けば、木が少なくなってきたのか、段々と明るくなってきた。
陽が差し込んでくると、周りだけでなく空の視界も広がる。
イイ天気だと見上げれば、まだあのマルガイラが付いて回っていた。
しかも、あの警戒音を時々発したままで。
10分以上もあの耳障りな声が聞こえていれば、誰もが辟易とする。
莉奈とエギエディルス皇子もうるさいなと思いつつ、空を見上げた。
「仲間が集まらないから、攻撃を仕掛けて来ないのかな?」
「じゃねぇの?」
あれからずっと鳴いているが、一向に数が増える様子がない。
他のマルガイラは分かっているのでは? ここには魔王様がいるから、数の暴力じゃどうにもならないって。
「もうちょっと降りて来ないと"鑑定"出来ないな」
空高くに飛んでいるため、さすがに【鑑定】で視られなかった。
「食べる気かよ」
「鳥っぽいから、食べられる可能性が高そうじゃない?」
美味しいか不味いかはともかく、鳥系の魔物は食べられる事が多い気がする。
「からあげ、シチュー、焼き鳥、鳥カツ……骨なんか出汁にしても美味しいし」
「……確かに?」
中には苦手な料理もあるが、莉奈の作る料理は基本的に美味しい。
そして、例えどんなモノでも、誰かしらの好みに合うのが不思議だ。
あの誰もが嫌悪した"キャリオン・クローラー"ですら、魔法省長官ヴィル=タールにヒットしたのだから。
「で、お前は何をしているんだ?」
旋回している魔物を見ていた莉奈は、魔法鞄からガサゴソと何やら取り出していた。
「え? そんな話をしてたら、からあげが食べたくなった」
食べる? と莉奈はエギエディルス皇子の前に、グラスに入っているからあげ串を差し出した。
アツアツからあげのふわりとした香ばしい匂いが、まるで香水の様に鼻腔を擽ぐる。
「自由だな。普通、魔物がいたら怖がるもんだろ」
そう言いながらも、エギエディルス皇子の手はからあげ串に伸びていた。
魔物を見て何か食べたくなるのは、どこを探しても莉奈だけだとエギエディルス皇子は呆れていた。
「ニンニク醤油もあるよ?」
「貰っとく」
ブツブツ言いながらも、エギエディルス皇子の両手には、からあげ串がしっかりとあった。
朝食をしっかり食べても、魔物を警戒しながらの旅路は、神経も使って余計にお腹が減る。
「あぁ、酒が飲みてぇ」
莉奈に差し出されたからあげ串に、フェリクス王もカブリつくとそう漏らしていた。
それで莉奈ははたと気付く。ヴァルタールの王城を出てからフェリクス王は、お酒を一滴も飲んでいないなと。
自分1人の旅ではないから、配慮しているのだろうと莉奈は思った。
「モルテグルに着いたら、何かカクテルでも作りましょうか?」
超が付く程の酒豪が我慢してくれているのだ。目的地に着いたら、ご褒美的な何かがあってもイイなと莉奈は考えた。
「新作。後、料理」
「了解です」
お酒に合う料理は色々あるからイイとして、新作のカクテルは何にしようかなと思いを馳せる。
フェリクス王の好きなマティーニは作るとして、甘いお酒を使わないカクテル。莉奈が考えていると、記憶に残っていたかの様に、頭に色々と浮かんできた。
これも技能の一種なのだろう。
ひょっとしたら、家にあったレシピ本が技能として、頭に浮かぶのかもしれない。
「あ、食べます?」
熱視線を感じた莉奈は、新たなからあげ串を魔法鞄から取り出した。
人が食べている物って、ものスゴく美味しそうに感じるよね。
特に小腹が減っている時にラーメンなんか、あぁぁ〜っ! 堪らない。
莉奈が差し出すまでもなく、少し離れていたランデル達が、瞬間移動でもしたかの様にシュッと目の前に来るものだから、笑うしかない。




