579 そいや! せいや!
「んんんんんーーっ!?」
「何この白い液体。うっまー!」
「野菜なんて、虫が食う物だからあんま好きじゃないけど、コレかけるとウマい!!」
「いや、なんで虫の食べ物なのよ。ウサギでしょうウサギ」
「馬も食うだろ」
虫の食い物と言ったのはハービス。
彼は一番ひょろっとしているから、勝手に野菜好きなのかなと想像していたけど、野菜は大の苦手だそうだ。
だけど、チーズやドレッシングをかけると、いつもの野菜が別モノだと喜んでいる。
特にシーザードレッシングがお気に召したみたいだが、とりあえずひと通り試すつもりでいるらしい。サラダボウルに入ったサラダが、すぐに空になりそうな勢いだ。
「リナ、この透明なスープは何だ?」
莉奈が食べやすく切ったバゲットをバーベキューコンロで焼いていると、スープが入ったティーカップを見たエギエディルス皇子が、疑問の声を上げた。
琥珀色の液体がティーカップに入っているから、てっきり紅茶かと思ったみたいだが、匂いで違うぞと気付いた様だ。
「あぁそれ? コンソメスープ」
「コンソメスープ? いつもと色が違うな」
「うん。いつものは"鶏"だけど、これは"牛"から取ったスープだからね」
そう、いつものコンソメといえば、鶏ガラから取った出汁。肉があまり付いていないので、どちらかと言うとコンソメというより鶏がらスープである。
だが、今回のは違う。何故なら"鶏"ではなく"牛"。厳密に言うと、牛系の魔物の骨や筋である。
ヴァルタール皇国では現在、魔物バブルだからこそ、使える食材は余す事なく使わなければならないと莉奈は考えたのだ。
鶏のコンソメスープが薄い黄色に対して、このコンソメスープは紅茶みたいな琥珀色。
今回用意したスープも以前作ったコンソメも、使った野菜はセロリや人参など基本的に同じ。だが、メインが違うので、味や風味はガラリと変わる。
定義はさまざまだが、まず基本を押さえるのが重要。しかし、リック料理長達に基本を教える事はない。もうマスターしているからだ。
後は、使用する部位や野菜などを変えたり増やしたり、火加減を強火か弱火にしたり、煮込み時間の短長でまったく違う料理になる。
そうアドバイスすればリック料理長達が燃えに燃え、ブイヨンやコンソメスープ、鶏白湯や豚骨スープなどなど、次々と作り始めた……という訳である。
今、ヴァルタールの王宮では、毎日違うベースのスープが並んでいる事だろう。
ちなみにだけど、野菜をネギや生姜に変えれば、洋風から一気に中華風、昆布や鰹節を足せば和風だ。一見、材料を入れて煮るだけの簡単な料理だが、ものすごく幅が広くて奥が深い。
莉奈が帰城する頃には、リック料理長達は莉奈よりスープ作りに詳しいかもしれない。
「牛」
エギエディルス皇子は、コンソメスープを見て一言。
魔物だろうなとエギエディルス皇子は思ったが、スライムではないと分かれば気にしなかった。
「ん! 鶏とは全然違う!」
ひと口飲んだエギエディルス皇子は、目をパチリとさせていた。
いつもの鶏ベースとはまったく違う濃く深い味わいだが、サッパリしていて朝の目覚めの一杯にはちょうどいい。
「旨いな」
「味わいが全然違いますね」
フェリクス王とローレン補佐官の口にも合ったのか、話しながらゆっくり味わっていた。
「「「はぁぁ〜っ」」」
そのコンソメスープを飲んだランデル達は、ホッとする美味しさに何とも言えぬ表情をしていた。
優しい味の美味しいスープが、胃にゆっくりゆっくりと入っていけば身と心が温まり、朝のひと時がホッコリする。
「リナ、バターは?」
莉奈が焼き上がったバゲットを平皿にのせていたら、エギエディルス皇子がバターを所望した。
テーブルにバターがなかったからだろう。
「え、バター? エド、チーズがイイって言ってなかった?」
「言った!!」
そうだ、忘れていたとエギエディルス皇子は目を瞬いた。
コンソメスープが美味し過ぎて、パンの存在すら忘れていた様だ。
そんなエギエディルス皇子に小さく笑いながら、莉奈が魔法鞄から取り出したのは、半月の形をしたラクレットチーズである。
「え〜、俺は焼いたチーズの方が好きだけど?」
焼き立てのパンに、薄切りにしたチーズをのせると思ったのか、エギエディルス皇子は少しガッカリしていた。
パンの熱で溶けていくチーズより、パンの上にのせて焼いた方が好みらしい。
「まぁ、見てて」
そんなエギエディルス皇子をチラッと見つつ、莉奈は左手に半月のチーズ、右手にナイフを構えると腹に気合いを入れる。
「そいや!!」
その瞬間、ボボッと小さな火がチーズの上に現れた。
「は?」
ここで魔法を使うと思わなかったエギエディルス皇子は、莉奈の出した魔法と変な気合いに驚いていた。
てっきりそのナイフで、チーズをスライスするのだと想像していたのに、まさかの魔法。そして、何をするのかと見ていれば、莉奈の左手に持つチーズの断面が、火の魔法でチリチリと焼けてきたではないか。
クリーム色であった断面が、火の魔法に炙られチリチリからフツフツへと変わり、徐々に茶色へと変化する。その焼ける香ばしい匂いに鼻を擽ぐられ、皆は喉が動くのを止められなかった。
チーズの表面に鮮やかな焼き色が付くと、莉奈はナイフでそれを削ぎ取り、焼き立てのパンの上にトロ〜リとのせている。
その滝の様なチーズに、皆は釘付けだった。
「「「……っ!」」」
堪らずゴクリと生唾を飲むランデル達。
パンの上にチーズをのせて焼く料理は、決して珍しいものではない。
しかし、魔法をそんな風に使って、目の前で焼く演出は初めてだった。
ただ、焼いたチーズがのったパンを持って来られるより、遥かに五感を刺激する。朝からワクワクが止まらない。
「リナの料理って、なんか魅了魔法みたいよね」
感心を通り越してウットリ顔のアーシェスが、莉奈の使う魔法と料理に魅入っていた。
アイスクリームを作ったりチーズを焼いたりと、莉奈の使う魔法は人に驚きを与えると共に、楽しさでいっぱいだ。
莉奈といるとスゴく楽しくて、つい笑顔が溢れるなとアーシェスは思う。
「あの掛け声はどうかと思うけどな」
チーズを焼くたびに「そいや」「せいや」と口にしている莉奈を見て、フェリクス王は小さく笑うのであった。




