572 香ばしい匂いという名の襲撃《テロ》
「うまっ!! コリコリっとした歯応えが、またイイ」
こっちも白いご飯が欲しいと、ローレン補佐官が声を上げた。
やっぱり焼き肉には、パンよりホカホカの白いご飯だよね。
「何の肉か分からないのに、本当に良く食べるわね。あなた達」
アーシェスは、何のどの部位の肉か分からないのに、よく口にするなと呆れていた。美味しそうではあるが、一応、何肉か訊いてから口にしたい慎重派のアーシェス。
「いらねぇなら、俺がもらってやる」
そんなアーシェスをよそに、エギエディルス皇子はイスから身を乗り出して、向かいに座っていたアーシェスの大皿から、牛タンをトングで掴み奪い取っていた。
兄王にやられた仕返しを、アーシェスで晴らした様である。
「どういう教育してるのよ。フェリクス」
その肉を食べるか食べないかは別として、奪われると何となく嫌な気分だ。
アーシェスは奪ったエギエディルス皇子ではなく、兄であるフェリクス王に文句を漏らす。
「リナ、肉追加」
だが、フェリクス王はガン無視である。
文句を漏らしたアーシェスをチラリとも見ず、大皿に載っていた色々な肉を、焼き台にすべて並べ、空になった皿を莉奈に渡していた。
「……」
相手すらされなかったアーシェスは、思わず半目である。
だが、文句を言っても仕方がない。
周りの様子を見ながら、食べたくなったら出して貰えばイイかと、アーシェスはため息を吐くのだった。
ローレン補佐官はそんなやり取りを横目に、大皿の肉を楽しそうに焼き台に綺麗に並べ焼いていた。
どうせ莉奈が出すのは、魔物に決まっている。そんな事は今さらである。美味しければ、肉が何肉かなんて些細な事だと思った様だ。
「どの部位にします?」
「この丸い形のヤツと、その隣の」
「牛タンとカルビですね? 豚タンもありますので、食べ比べしてみて下さい」
フェリクス王は牛タンのコリコリした食感と、脂ののったカルビが気に入ったみたいだ。牛タンとは、また違った味わいがある豚タンも食べてもらいたいなと、莉奈はそれとは別の小皿に出した。
ちなみに、初心者用の大皿には、牛タン、カルビ、ハラミ、ロース、ひと口サイズのサイコロステーキの5種類。それを1枚ずつお試し用にのせてあったのである。
「で、結局。この丸い肉は何なんだ?」
エギエディルス皇子はやっぱり気になるのか、肉を焼きながら莉奈に訊いた。
美味しければイイかと思ったみたいだけど、一応何肉か訊いておきたいらしい。
「牛?」
「牛系の魔物なのは分かってるよ! 部位」
牛タンと言ったのだから、牛なのは何となく分かっている。そして、牛がほとんどいないヴァルタール皇国に、牛の肉など出る訳がないから魔物しかない。
だが、訊きたいのはそこじゃない。
「牛タンは舌? カルビは肋骨ら辺の肉? ハラミは……」
牛タンは知っているが、他の部位まで詳しくない。
【鑑定】を使えば一目瞭然だろうが、今日はもう魔法は使いたくない。莉奈は分かる範囲で説明していたら——
「牛の舌なのかよコレ!?」
エギエディルス皇子が目を丸くさせていた。
鶏の尻尾辺りの部位"ぼんじり"を口にした時も、尻を食うのかと驚いたが、今度は牛の舌。肉というカテゴリーの広さと深さに、エギエディルス皇子は圧倒されるのであった。
「牛の舌だってさ」
「いや、牛じゃなくて、牛系の魔物って言ってたよね!?」
「言ってた。魔物なんか、よく食べるな」
「ヴァルタールの人なんじゃないか?」
「あぁ、そういう事か。そういやリヨンのギルド併設レストランで、魔物肉がどうのって話したな」
「そうそう、ロックバードのからあげが、金持ちで流行ってるらしいとか何とか」
「言ってた。言ってた」
「ねぇ、それで思い出したけど、ゴルゼンギルで食べたからあげ、値段の割に微妙じゃなかった?」
「「微妙だった」」
ランデル達はもはや横目ではなく、ガン見に近かったし、なんならボソボソと話をしているつもりでいるが、つもりだけでダダ漏れだ。
ヴァルタール皇国では、貴族や金持ちを中心に、魔物肉が流行っていると噂がある。
まさかまさかと、ヴァルタール皇国の首都リヨンにある冒険者ギルドを訪ねれば、ギルド併設のレストランで魔物肉が、裏メニューとしてあるというではないか。値段は割高だが、スゴく美味しいという。
だが、高い金を払ってまで食いたいか? と考え、普通の料理を食べたそうな。
その魔物肉を、フェリクス王達は普通に焼いて食べている。
聞いた時はちょっとなと思ったが、目の前で焼かれると喉が鳴る。
見た目は普通の牛肉と変わりがない。風向きがこちらに変われば、チリチリと肉が焼ける香ばしい匂い。パチパチと脂が跳ねる音。
そして、何より、皆の食べている表情がスゴく幸せそうだ。
———ぐぅぅ。
焼ける肉の香ばしい匂いと、莉奈達の美味しそうな表情に、ランデル達の腹が鳴っていた。




