568 莉奈にかかれば、どこも快適な空間
「リナ、それは?」
今度は聖木から少し離れた場所に、魔法鞄から扉の付いた縦長の大きな木箱を、取り出していた。
それを隣同士に二つ置いたと思ったら、同じ様な木箱をまた二つ、今度は先に並べた木箱の後ろ側に、背中合わせに計四つ設置していたのだ。
置いた木箱は、人が余裕でスッポリ入る大きな箱。それは一見、クローゼットの様であった。でも、こんな森の中にクローゼットなど、置く訳がない。
一体何だろうか?
外見をマジマジと見たところで、ローレン補佐官には、それが何かまったく分からず首を傾げるばかりである。
「トイレと洗面所ですよ」
「「「トイレと洗面所」」」
そう。莉奈が設置したのは、簡易トイレと軽くなら身体の洗える洗面所であった。
莉奈も一応女性なので、いくら何でもその辺で用を足したくないし、湯船に浸からないまでも身体は拭きたい。だから、軍部に説明して作ってもらった特注品だ。
小屋にしなかったのは、別々の方が利便性があるかもと思ったからである。
莉奈が簡単に説明すれば、皆はさらに驚愕していた。
しかも、訊いてみればトイレはスライム式ではなく、浄化魔法式。洗面所は、火と水の魔石が設置してあり、お湯が出るので、身体を拭いたり洗ったりも出来る。
ランデル達はそう聞くと、さらに目は見開き、口は捥げるくらいにあんぐり開けていた。足湯くらいで驚くのは、まだまだ早かった様である。
「あ、一応、右は男性用、左は女性用になってますので」
「「「…………」」」
しかも、しっかり男女別。
誰も声に出して言わないが、トイレなんてその辺で済ますのが普通だ。ましてや、風呂など何日も入らない。身体を拭ければ御の字。運が良ければ浄化魔法。
金のない冒険者パーティは、帰路に就く頃にはまさに満身創痍になる。
服は色々あって汚くなるし、身体は風呂に入らずだから当然臭い。事と次第によれば、食事もしっかりと摂れず、傷すら治す手段がなくなる。
もはや、ボロ雑巾みたいに帰って来るのが通例だ。
最悪、臭過ぎて、街の入り口で身体を洗わせられる。
それが、トイレに入れて身体を綺麗に出来るなんて、夢の様ではないか。
呆気にとられていれば、莉奈はそのトイレを隠す様に、まだ何か設置していた。
「それは?」
「ん? トイレに入るところを見られるのって、何か恥ずかしくないですか? だから目隠し。パーテーション?」
「「「パーテーション」」」
さらに、気遣いまである。
やる事なす事が斬新で凄すぎて、皆は莉奈の言葉を反芻する事しか出来ないのだった。
誰が旅に、足湯を用意する?
さらに言えば、トイレや洗面所?
ただでさえ、魔法鞄には容量がある。そんな余分な物を入れる余裕なんてないのだ。毎回、何を入れ何を削るか、それを考えるだけで、いっぱいいっぱいだ。
例え入れる容量があったとしても、大抵詰め込むのは狩り獲った素材で、こんなモノを入れようとは考えた事もなかった。
感心した様子で見ていれば、莉奈はさらにそのトイレ付近に、何か長い棒まで地面に突き刺しているではないか。何だと見上げて見てみれば、その長い棒の先には、何かがぶら下がっていた。
そう"ランタン"だ。しかも、油に火を灯すタイプではなく、光魔法仕様の魔導具。
王都でしか見ない魔法の街灯が、こんな森深くの中に出現である。
途端に、聖木だけでは薄暗かった場所が、夜の街みたいに明るくなったではないか。
「リナ、トイレ」
「え? あぁ、トイレね。右側の手前だよ」
もはや、莉奈のやる事にイチイチ驚いていられなくなったのか、浸かっていた足湯からエギエディルス皇子が出て来ていた。
ホッとしたら、トイレに行きたくなったのだろう。
「はぁ!? トイレに花や絵なんか飾ってんじゃねぇよ」
トイレの扉を開けたエギエディルス皇子から、呆れた様な声が聞こえた。
飾りっ気がないのもつまらないと、莉奈はトイレの角に小さな棚を作り、そこに花を、壁には小さな絵を飾っていたのである。
「え? だって何もないと、つまらないでしょう?」
「バカじゃねぇの? トイレに面白いもつまらないもねぇし」
トイレは用を足す所であって、他に何かを求める場所ではない。
そう言って扉を閉めたエギエディルス皇子。
「え〜っ?」
莉奈はイマイチ納得がいかないが、トイレの前にいるのは失礼だろうと、その場を離れるのであった。
◇◇◇
———しばらくして。
準備に時間が掛かるからと、莉奈に足湯を勧められた皆。
興味があった冒険者パーティも含め、全員でまったり足湯に浸かっていた。
意外と冷えていた身体が、じんわりと温かくなるにつれ、全身がゆっくりとポカポカしてくる。ただ、地面に腰を下ろしただけでは取れない疲労感も、この足湯に浸かればじわじわとほぐされ、驚くくらいに心も身体も温かくなっていた。
小さな幸せが、皆に訪れたのである。
皆がまったりと過ごす中——
莉奈は1人、忙しなく動いていた。
まずは、聖木を挟みトイレとは反対側にも街灯を設置し、聖木周辺を程よく明るくすると、その中央にテーブルやらイスやらを用意する。
そこはもちろん、王宮で使用している高級品ではなく、実用性重視の簡易的な物だけど。
「嘘。テーブルセットまで用意し始めたわよ。あの子」
「マジかよ!!」
「え? ここって森の中だよ……な?」
それを見た冒険者パーティが、さらにザワついていた。
テーブルとイスで食事をするのは、街の中だけである。何度も言うが、ここは魔物がいる森。
なのに、仄かな明かりがあり、トイレや洗面所がある。そして、テーブルセット。
「ここは家か!?」
壁がないだけで、ここはまるで家のひと部屋みたいである。
「森なのに、程良く明るい」
その街灯代わりの魔導具に、チラチラと集まる小さな羽虫。
完全に陽が落ちた空には、煌々と星が輝き、莉奈達の疲れを労っている様に見えた。
冒険者パーティが、莉奈のやっている事に驚愕したり、唖然呆然としている中。
「こんなにまったりしててイイのかしら」
「良くはないでしょうけど、余計な手出しの方が邪魔な事もありますからね」
手際良く動き回る莉奈を見て、アーシェスとローレン補佐官が呟いていた。
普通なら手伝いをかって出るところだが、アレコレ訊いてやれば、逆に邪魔になる事もある。足湯に浸かり待てと言うなら、大人しくしているがイイ様な気がする。
しかし、莉奈1人に何もかもやらせているみたいで、何か気が引けたのである。
「ゆっくり寝かせてやればイイ」
「そうね」
「ですね」
陽が昇るまでは、ここで野宿となったのだ。
聖木があっても、強い魔物は関係ないとばかりにやって来る。どのみち、夜間は交代制で休む事になるのだ。
始めからその交代制に、莉奈やエギエディルス皇子を混ぜるつもりはなかったが、フェリクス王に言われれば、なるほどと頷いた。せめて、グッスリ眠れる環境にしてあげようと、アーシェスとローレン補佐官は思うのであった。




