556 莉奈、爆速する
フェリクス王に魅入っていると、遠くの方に薄っすら門扉が見えた。
しかし、ゴルゼンギルと違い開閉式の扉ではなく、鉄格子が上から勢いよく落ちて来るタイプの門みたいだった。
その門の先に、やたらと大きな馬が人が乗るキャビンを牽いているのが見える。その後ろには、大きな砂煙が上がっていた。
おそらく、魔物に追われているのだろう。
マヨンに入るのが先か、魔物に襲われるのが先か、そんなギリギリな状態な気がして莉奈の心拍数が上がっていた。
「魔物だ!!」
「ゴ、ゴーレムだーーっ!!」
馬車が近付くにつれ、鐘の音に混じり戦々恐々としているマヨン兵の声がハッキリと聞こえた。
"ゴーレム"。
莉奈の知識通りなら、土や岩でザックリ形成された人型の魔物。あくまでザックリ形成されていて、形だけなら人より一昔前のロボットに近い。
そうか。やけに身体に振動を感じると思っていたら、ゴーレムが歩く振動なのか。このドスドスと響く感じからして、一体ではなく複数体いそうだ。
「種類や個体数によっては苦戦するぞ」
「ハンマー系の武器を持った者が率先してくれ!!」
何クラスか分からない冒険者達が、マヨン兵に混じり武器を持ち慌ただしく準備していた。
馬車の御者が、何度かフェリクス王にお伺いを立てていたが、フェリクス王の顔を見れば安心出来たのか、まだ馬車を停める気はなさそうだ。
「なっ!?」
「ヤバい、ヤバいぞ!!」
「イ、イブガシアンが混じっている!!」
イブガシアン? 莉奈の頭の中にはハテナしかない。
スライムは莉奈の想像している姿をしていたし、竜は竜だった。だが"イブガシアン"は知らない。なんだソレ? と首を傾げていたら、怯えきったマヨン兵が驚きの行動を取り始めていた。
「こ、攻撃準備開始!!」
「いや、鉄格子を……鉄格子を下げろ!!」
「魔物を街に入れるなーーっ!!」
まだ人が乗る馬車が門を抜けていないにも関わらず、マヨンの兵士達はその恐怖から、門扉を閉めようとしていた。
「チッ」
門兵がレバーに手を掛けたところで、舌打ちしたフェリクス王が馬車から飛び降りた。
そう、この走る馬車からである。
すごっ! と思ったものの、危ないと少しも感じないのだから、莉奈もフェリクス王の尋常ではない強さに染まっていた。
トントンと地を蹴り颯爽と走るフェリクス王は、莉奈が乗る馬車よりはるかに速かった。
その姿を見て、莉奈は納得した。人が1日以上掛かる移動も、数時間で着くと豪語する訳だと。しかも、フェリクス王の事だから、途中途中で魔物を討伐しつつ、その時間なのだと想像する。
「……」
あまりの凄さに莉奈は唖然である。
後に続こうとしていた冒険者達も、フェリクス王のその姿に圧倒され、完全に遅れをとっていた。
「閉めろーーっ!!」
門扉前では、マヨン兵がそう言うが早いか、鉄格子がガラガラとけたたましい音を立て、もの凄い速さで落ちている。
100メートル先に見える馬車は、見捨てるつもりらしい。
「あれじゃあ、もう間に合わない」
誰かがそう嘆いてたが——
いつまで経っても、鉄格子が地面に落ちてくる事はなかった。
「上げろ」
「「「え?」」」
「鉄格子を上げろ!」
鉄格子が落ちる音の代わりに、フェリクス王の地響きのような声が響き渡っていた。
そうなのだ。下に落ちて来る重厚な鉄格子を、フェリクス王は真下から片手で止めたのである。
「「「マジかよ」」」
冒険者達は驚愕の表情で、固まっていた。
それもそうである。ただでさえ重い鉄格子を、フェリクス王は左手を掲げ、下に落ちるのを止めたのだから。
人からそんな話を聞けば嘘か冗談のような話だが、目の前で見ればそれが現実である。
もはや、誰も言葉が出なかった。
「上げろ!!」
呆けているマヨン兵に、フェリクス王が地鳴りの様な低い声でもう一度言えば、魔物に怯えていたマヨン兵は、今度は違う意味でブルリと震えた。
近付く魔物。間近の魔王。
逃げ道なんてどこにもないが、逆らってはいけないのは魔王だという事は子供でも分かる。
上げなければ鉄格子を壊されるか、殺されるの2択である。
もはや、マヨン兵に考える猶予はないのか、鉄格子をガラガラと慌てて上に上げる姿があった。
「さすが、魔王様」
莉奈は空笑いが漏れていた。
まさか、あの何百キロあるか分からない鉄格子を、素手で止めるなんて思わなかった。
莉奈の乗っていた馬車の馬も、フェリクス王の声に驚いたのか、いつの間にか足を止めていた。
「マック、俺達は防壁の上から援護するぞ」
「はい!」
停まった馬車の屋根から、エギエディルス皇子とローレン補佐官がヒラリと飛び降りた。
先に向かったフェリクス王を援護するみたいである。
ソワソワとワクワクが止まらない莉奈は、飛び降り……たりせず、いそいそとハシゴを使って馬車から降りる事にした。
フェリクス王達の真似して降りたら、足がダメージを受ける事、間違いなしだ。だけど、ヒラリヒラリと簡単に降りる姿を見ていたら、何故か自分も出来そうな気分になるから、困りものである。
莉奈がハシゴから降りていると、ドスンと何かが落ちる音がした。
「あ」
追われていた馬車が門を通り抜けたので、鉄格子を下に落としたらしい。
……という事は、フェリクス王は防壁の外だ。
「見たい!!」
どんな魔物か見たいが、フェリクス王の勇姿はもっと見たい。
莉奈はハヤる気持ちを抑えられず、ハシゴの途中から飛び降り走り出した。
自分が着く前に片付けないで、フェリクス王!
そう走り出したところで、莉奈はフと、自分の走る速度が尋常じゃない事に気付いた。先程のフェリクス王ほどではないが、チーターにも負けない速さだ。
「え? え?」
オカシイぞと思ったところで、走り出した莉奈と車は急には止まらない。
あれよあれよと防壁に近付き、案の定ドカンである。
「何やってんだよ」
「大丈夫ですか?」
途中で追い抜かれたエギエディルス皇子とローレン補佐官が、色んな意味で驚いていた。
まさか、後から来るだろう莉奈が、猛スピードで自分達を追い抜いた挙句、そのまま止まらず防壁に衝突するなんて、想像出来る訳がない。
「ドウナッテルノ」
鼻を押さえた莉奈は、戦ってもいないのにヘロヘロである。




