540 チャレンジャー
「はい」
「「「え?」」」
「黒スライム入りミルクティー」
「「「……」」」
論より証拠であるとばかりに、莉奈はアーシェスにミルクティーの入っているグラスを手渡した。
そのグラスには、ストロー代わりのルバーバルの塩漬けが挿してあり、底には黒い物体がゴロゴロと。そう、タピオカ風の黒スライムである。
初めて見たアーシェスやダン親子は、グラスを見たまま固まっていた。
「えっと?」
「甘くて美味しいですよ?」
「「スライムが!?」」
アーシェスとダンは、目を見張り仲良くツッコミを入れていた。
スライムが美味しいだなんて、想像すら出来ないし理解不能である。
「僕、飲んでみたい!!」
「「「……っ!?」」」
父やアーシェスがドン引きしている中、元気よく手を上げたのはチャーリーだ。
怖いモノ知らずなのか、ただの好奇心か分からないが、グラスに入っている物体がスライムだと知った上で、飲みたいと言っていたのである。
まさかの言葉に、一同騒然だ。そして、最終的には、一向に口を付けないアーシェスから、グラスを受け取っていた。
「チャ、チャーリー? からあげじゃなくてスライムなんだぞ!?」
「うん!」
「うんって……」
チャーリーはスライムだと知っても気にしてなさそうだが、父ダンは違う。青褪めてたり、頭を抱えたりで大忙しだ。
「リ、リナさんでしたよね?」
「美味しいですよ?」
ダンが何を訊きたいか分かっている莉奈は、答えだとばかりに、自分の分の黒糖タピオカ風ミルクティーを飲んで見せた。
安全性についてアレコレ言うより、口にして見せた方が一番イイからである。
ーーモグモグモグ。
この独特な風味とモチッとした食感、やっぱり堪らないよね。
「あ、ぁ、口の中にスライムが……」
俄かに信じ難い出来事だが、莉奈が目の前で食べれば、スライムの安全性うんぬんより衝撃的過ぎて、ダンはクラリと目眩がした。
そして、今さらながらにハッとする。
先程貰って食べたからあげは、何の肉だったのだと。
美味しかったが、アレは鶏肉だったのか?
色々と気になり始めたダンの横で、スポスポと小気味良い音を上げている息子の姿があった。
「おぅ」
自分が胃を押さえて考えている隙に、チャーリーはすでにスライムを食べていた。
良く考えてからとか色々と言いたい事はあったが、もはや遅し。息子の口の中には、スライムが吸い込まれていく。ダンは変な言葉が出るだけで、見守る事しか出来なかったのであった。
「んんっ!?」
「だ、大丈夫か!? 我々は魔物じゃないんだ。スライムなんか食べる必要はないんだぞ!?」
目を丸くしているチャーリーを見て、ダンは吐き出せと肩を揺すっていた。
だが、チャーリーは吐き出したりせず、モグモグと咀嚼する状態がしばらく続いた。
「面白〜い!! モチモチしてるし、甘くて美味しい!!」
「何言ってるんだ? チャーリー。それはスライムなんだぞ!?」
「知ってるよ? スライムがツルルンモチモチ」
「ツル……な、何言ってるんだ!?」
「お父さん、スライム美味しいよ!!」
「スライムが美味しいって何だ!?」
そう言って満面の笑みを浮かべる息子に、ダンは頬が引き攣る。
何を言ってるんだ。あの奇妙な生き物だぞ? それはスライムなんだぞ!?
ダンは唸るばかりである。
「ちょっと食べてみようかな」
チャーリーが食べた事により、自分の中のハードルが低くなったローレンは、莉奈から黒糖タピオカ風ミルクティーを貰っていた。
「マジか」
それを見たエギエディルス皇子は、目を見張っていた。
お前、スライムだぞ? と念を押している。
「このルバーバルで吸えば……っんふ!」
エギエディルス皇子が唖然としている横で、ローレンは黒糖タピオカ風ミルクティーに口を付けていた。
ストロー擬きで何かを飲むのも初めてなら、黒スライムを食べるのも初めて。
そんなローレンが、恐る恐るルバーバルの塩漬けでミルクティーを吸えば、ミルクティーに混じり黒スライムが、スポッと口の中に勢いよく入ってきた。
その奇妙な感覚に一瞬ビックリしたものの、すぐにローレンはモグモグと噛んでみた。
スライムを思わせるようなモチモチとした食感と、ただ甘いだけでない不思議な風味が鼻に抜けていく。
だが、この風味も食感も何故か嫌いじゃない。
「面白い」
ローレンが再び啜れば、今度は何個かいっぺんに口に入ってきた。
一個で味わうより、複数個の方が食感が面白いし楽しい。
「あはは、スライムが美味しいって何だ」
「美味しいし、楽しいミルクティーだよね? お兄ちゃん」
「だね」
「口の中でスライムが踊ってるみたい」
あのスライムが美味しいだなんて、もう笑うしかないローレンと、面白くて美味しいスライムに夢中のチャーリーが、仲良く食べていた。
フェリクス王は無表情無言でスタスタと先を歩き、アーシェスとエギエディルス皇子はさらにドン引きしていた。
「お父さんも食べてみなよ!」
満面の笑みの息子に「はい」とグラスを手渡されたが、ダンはグラスを凝視したまま動かなかった。いや、動けなかった。
黒スライムがミルクティーという海で、気持ち良さそうにプカプカと泳いでいる。見た事もない光景が、そこにあった。
「スライムなんか食べる機会ないんだよ?」
「いや、別に……そんな機会なんていらないし」
「二度と食べられないかもしれないんだよ!?」
「……うん、それはそれで別にいいから」
「えぇーーっ!」
食べてみなよと強く熱弁し勧める息子に、ダンは頬を引き攣らせながら器用に笑っていた。
二度とないと言われたとしても、スライムは食べなくても全然後悔はない。
ダンはチャーリーに押し付けられたグラスをやんわりと返しながら、奇妙なパーティに助けられたなと思うのであった。




