53 帰って下さい
「……リナ?」
シュゼル皇子は、この空気を読まないのか読めないのか、そもそも読む気がないのか、莉奈にマイペースに話しかけた。
「……はい? なんでしょう?」
もはや、シュゼル皇子の言動に疲れた莉奈は、笑うのも忘れ無表情に答えた。
「冷凍庫作りましたよ?」
「ありがとうございます」
作れと言った覚えはないが、頭を下げて礼を言う。色々と突っ込みたい事はあるが、結果的に作るきっかけになったのは否めない。
「これで氷菓子が、出来るのですよね?」
ほのほの笑うシュゼル皇子。
「………………」
「…………リナ?」
シュゼル皇子……。
あなた、エドからアイスクリームが出来るって聞いて、冷凍庫を作らせましたね?
この時間、一番忙しい皆さんの邪魔までして……。
「…………」
呆れて言葉が出なかった。
「……リナ」
そんな莉奈の心情など微塵も知らず、シュゼル皇子は首を傾げて莉奈を呼ぶ。
「シュゼル殿下」
「……はい」
「冷凍庫は出来ましたが……氷菓子はすぐには出来ません」
「……………………………………え?」
「すぐには、出来ません」
「…………………………」
その瞬間、シュゼル皇子は時を止め、悲壮感が漂った。
冷凍庫があれば、莉奈がすぐに作ってくれると思っていたらしい。
むしろ、なんですぐに出来ると思ったかな?
物には順序があるでしょうよ。
大体、材料なかったらどうするの。
「…………………………」
期待し過ぎた分、衝撃なのか、シュゼル皇子は誰の目にも明らかなくらいに、ガックリしていた。
「………………」
「………………」
なんとも云えないイヤな空気が漂う。
もう、とっとと諦めて帰ってくれないかな?
昼食の下準備とか、料理人さん達はある訳だし。
「………………」
マ・ジ・か・え・れ。
「………………」
ダメだこりゃ。出来ないとわかった瞬間から、なんか魂抜けてるよ。
「はぁぁぁ…………」
莉奈は、深海より深いため息をついた。
「…………夕食時までには、出来ますよ」
シュゼル皇子の悲壮感もそうだが、どうにかしてくれ……と云う皆の視線に莉奈は諦めた。
今すぐになんて、作る予定などなかったのだが、こうなったら仕方ない。作らざるをえない。
「……結構……時間が掛かるのですね」
少しだけ、元気になったシュゼル皇子は、やっと言葉を発した。
「色々と工程がありますのでね………」
アイスクリーマーでもあれば別ですけど……とボソリと呟く。
一気に凍らせて作るのなら、氷の魔法ですぐに出来るのだろうがアイスクリームに関しては、空気を入れながら凍らせて作る物だ。
普通に作れば必然的に時間が掛かる。
「アイス……クリーマーですか?」
耳聡いシュゼル皇子は、莉奈の小さな呟きをしっかりと拾っていた。
「…………」
なんで聞こえてるかな?
「……リナ?」
「アイスクリームを作る道具ですよ」
莉奈は諦めて説明をした。
「……リナの国には、そんな便利な物があるのですね」
シュゼル皇子は、感心した様に頷いた。
莉奈に云わせれば、こっちの世界にある魔法とか魔法道具の方が便利だと思うのだが。互いに無い物ねだりなのだろう。
「ぁ~」
でも "ああ" すれば、魔法でならすぐに作れるかも……。と思い付いた莉奈は、小さく声を漏らした。
「あ~、なんですか?」
だから、なんで聞こえてるかな?
何かを思い付いたと、察したシュゼル皇子はニッコリ笑い問う。莉奈はさっきから、自分の呟きを拾うシュゼル皇子を見た。
ニッコリと微笑み返してきた。
あーなるほど。忘れてました、ただの優男ではないんでしたね。
宰相様でしたもんね?
もぉ、やだ。微笑みから逃げられないってなんなんだよ。
「え~と。30分くらい上手く、氷の魔法を使える人と……豪腕な人? がいれ…………」
「連れて来ます!!」
莉奈が最後まで、言うか言わないかぐらいのタイミングで、シュゼル皇子は厨房から颯爽といなくなった。そう、いなくなったのだ。
「「「「「……………………」」」」」
それには、全員呆然とした。誰が何を云うでもなく唖然呆然である。
「え~と……エド?」
シュゼル皇子の、素早い行動に頭が追い付かず、隣にいたエギエディルス皇子に声をかけた。
「……パンドラの箱」
「……………………はい?」
「パンドラの箱」
「……………………ん?」
「お前……シュゼ兄の "パンドラの箱" を、開けた様な気がする。」
「…………………………」
……パンドラの箱?
……どゆこと?
"パンドラの箱" って、一個人が所有してる物なの!?
……え?……ソレってそもそも、開けちゃイカン箱じゃないの?
……自動で開くものなのかい?
……希望は……残ってるんだよね!?
大体、なんでこの世界にパンドラの箱があるのよ~!?
ちょっと!! 誰か~!!
返事がない事はわかりつつ莉奈は、叫ぶのであった。




