523 緊張とワクワク
ーーその後。
碧空の背中に跨ったものの、莉奈はドンヨリとしていた。
碧空の君に乗るという事……それは何があるか分からないのだと、今立証されたのだ。不安しかない。
「リナ」
そんな不安が通じたのか、シュゼル皇子が優しく声を掛けてくれた……と思ったのだが、世の中そんなに甘くはなかった。
「リナ、待っていますからね」
「……」
「ね?」
「はぃ」
何をなんて言わずもがなだ。決して、莉奈の帰りを待っている訳ではない。
シュゼル皇子の言葉で、莉奈はさらに不安になってしまった。
だって、シュゼル皇子の声はただの念押し……いや、優しい脅迫だ。
微笑んでいるにも関わらず、この否と言わせない圧力。碧空の君の背も怖いが、シュゼル皇子の期待の眼差しはもっと怖い。行く楽しみより、手ぶらで帰る恐怖で体が震えそうだ。
もういっそのこと、諦めて本気でカカ王を探し、さっさとチョコレートを作ってしまった方がいいのかも。
シュゼル皇子の鉄をも溶かす様な熱視線に見送られながら、王竜に跨ったフェリクス王の後に続き、碧空の君も空へと羽ばたくのであった。
◇◇◇
「風が気持ちいい」
上空だからだいぶ気温が下がり肌寒いが、ワクワク感で高揚している莉奈には、むしろこの冷たい風が心地良かった。
ただ、観光目的の遊覧飛行ではないため、なかなかの速さだ。常に全速力のバイクで、高速道路を走っているみたいだった。
だけど、これだけの速度なのに、不思議と風圧が強くない。
碧空の君が上手く気流を変えてくれているのか、風で目が痛くなったり息苦しさを感じなかったのだ。
しかも、あんな事をした碧空の君が、ちゃんと上空では安全運転なのには驚きだ。王竜に乗った時と同じくらいに安定感があり、乗り心地は最高であった。
莉奈的に、もう少し遅いと景色を堪能出来ると思うのだが、目的が違うので文句は言えない。
「口先がまだヒリヒリする」
そんな碧空の君が、さっきから不服な様子でブツブツと言っているが、莉奈はガン無視していた。
莉奈が空気を読んで、しっかりと乗らなかったからこうなったのだと、人のせいにする竜には同情も共感もない。むしろ反省してくれと言いたいところだ。
しばらく経つと、若干余裕が出てきた莉奈は、フェリクス王に気になった事を訊いてみた。
「陛下」
「あ゛?」
「陛下には珍しく派手な出立の仕方でしたね?」
何故なら、王都にかかる雲海など颯爽と越え、すぐにウクスナに向かうと思っていた。なのに全然違ったからだ。
わざわざ王都の街並みが近くに見えるくらいに、低く飛行して王都を出て行ったのであった。
他国が竜を持っていたら、威厳や威光を見せつける為にわざとやりそうな事だけど、このフェリクス王がやる訳がない。
王都中が突然の王竜の飛来に、驚愕と歓喜の声を上げていたのが、莉奈の耳にもまだ残っている。
そんな行動をした王竜に、王都の人達も驚愕だっただろうけど、莉奈もビックリであった。
「……」
さすがに気付いたかと言わんばかりに、フェリクス王は笑っていた。
という事は、あの出立には意図があった……と。
「わざとなんだろ?」
そう言ってエギエディルス皇子は、後ろにいる兄王をチラッと見上げる。
エギエディルス皇子の番はまだ成長途中だ。なので乗れないエギエディルス皇子は、不服ながらフェリクス王の前に乗っていた。
末弟の意見に、フェリクス王は無言でエギエディルス皇子を促していた。
「兄上が城からいなくなるって、知らせる為に」
「……ほぉ?」
「出掛けるついでに謀反を起こしそうなヤツを、炙り出そうとしてるんだろう?」
フェリクス王の支持率は圧倒的に高いが、それは一部の貴族を除いてである。古参の貴族からは、まだまだ反発心が根強く残っている。
彼をどうにかしたいと、燻っている輩はいくらでもいるのだ。
しかし、武力行使してもフェリクス王に勝てる訳がない。彼はあの魔物暴走を1人で治めてしまう化け物だ。その彼に、人が刃向かったところで、待っているのは死しかない。
そんな彼が王城にいれば、絶対にアクションは起こせない。
……が、いなくなるなら好機。
シュゼル皇子派やエギエディルス皇子派は、ここぞとばかりに唆そうと算段するだろう。
王弟2人がそれに乗るか否かはさておき、そんな企みをまだ持つ不穏分子を、この機会についでに誘い出そうと、あぁやってわざわざ出掛けますアピールを見せていたという訳だ。
仰々しく出て行けば王城内どころか、王都の皆が知る事となる。
いつもはしない低空で飛行して見せたのも、王都にいる市民や貴族に見せつける為。国王陛下は今、王城から出ましたよと、親切に教える為。
騎乗している姿さえチラリと見えれば、誰だなんて考えるまでもないのだ。
あの漆黒の竜に単身で乗れるのは、フェリクス王ただ一人だからだ。
反乱分子の貴族達には、その派手な演出にますます苛立ちを覚えただろうが、市民達はフェリクス王と王竜の威光を肌で感じたハズ。
滅多に表舞台に立たないフェリクス王の存在を、垣間見れたのだから。
例え、フェリクス王の姿が米粒ほどだったとしても、嬉しかったのではと思う。空気が振動する程のあの歓声。近くを飛んでいた莉奈にさえ、皆がどれだけ嬉しかったのかが伝わってきた。
フェリクス王は本当に、国民に愛されているんだなと改めて実感したのだった。
「やめろ〜!」
莉奈が珍しく感動していると、何かを拒否しているエギエディルス皇子の声が聞こえた。
チラッと視線を斜め前に移動すれば、なにやらフェリクス王が、エギエディルス皇子の頭をクシャクシャと撫でくり回していた。
兄王的には、自分の考えを理解した末弟が可愛くて仕方がないのだろう。
だが、子供扱いされる事を嫌うエギエディルス皇子は、必死に兄王の手を跳ね除けている。
フェリクス王に言わせたら、その反抗心さえ可愛いらしく、嫌がる末弟の頭をグリグリと撫で回し倒していた。
そのエギエディルス皇子との攻防が、実に微笑ましい。本当に仲が良い兄弟である。
「あれ? そういえば、ローレン補佐官がいませんね?」
王都から出た後しばらく経った頃、莉奈は辺りをキョロキョロしていた。
確か、ゲオルグ師団長の補佐官マック=ローレンが同行する予定だと聞いている。なので、辺りを見たのだが、いなかった。
記憶が確かなら、飛び立つ前後にもいなかった様な気がする。莉奈の聞き間違いだったのだろうか?
「後で合流する」
「なるほど?」
姿が見えないので疑問に思っていたら、フェリクス王がそう教えてくれた。
初めから同行の予定ではないらしい。
フェリクス王は王都から出立するついでに、色々と片付けてしまおうと算段している様だ。
なら、莉奈の存在なんて公務の邪魔ではなかろうか?
と思ったのだが、連れて行かなければ連れて行かないでシュゼル皇子が煩い。だから、仕方なくなのだろう。
フェリクス王には申し訳ないが、莉奈的には安心安全に旅行が出来るので、少しワクワクしていた。
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