519 華やかなデザート"タンバルエリゼ"……風
小鍋に水と砂糖を入れた莉奈を見て、プリンの時に作ったカラメルでも作るのかと皆は想像していた。
だが、莉奈はその材料を混ぜた小鍋を火にはかけず、一旦作業台に置くと、何故か魔法鞄から油紙を取り出したのだ。
「何を?」と訊きたいが、皆はとりあえず黙って見る事にする。
訊きたい口をウズウズさせていると、今度は菜箸やらワイン瓶やらを取り出したではないか。それだけでも首を傾げたいのに、それに加えハサミまで……もはや、皆の頭の中は疑問しか浮かばない。
「なぁ、それは一体何の作業なんだ??」
我慢出来なかった料理人の1人が、思わず声を出してしまった。
作業台に油紙をしいたと思ったら、空のワイン瓶を横に倒して2本置いた。その上に菜箸を橋を掛けるようにして並べている。
「「「……リナ?」」」
遊んでいるのか? と疑問に思いながら莉奈のする事を見ていれば、その菜箸はただ横に並べたのではなく、15センチくらいの間隔を置いて1本ずつ並行にしているではないか。
莉奈がしていたのは、ワインと菜箸で漢字で言うなら井の形だ。
料理中なのに、急に工作なんてやり始めるとは思えない。リック料理長達には、莉奈が何をしたいのかサッパリ分からなかった。
何の作業かと再び訊ねようとしたのだが、莉奈は唐突に声を上げた。
「あ!! そうだ。オランデーズソースだ!!」
「「「はぁぁ??」」」
突然、ハッとした様に声を上げた莉奈に、皆は目を丸くさせるしかない。
何がオランデーズソースなのか、まったく理解出来ない。
「オランデーズソース!!」
「へ??」
「急にどうしたの!?」
「何が?? まさかコレが?」
「オランなんとかってソースになるの?」
「違う違う。今朝作ったソース。あれオランウータンじゃなくて、オランデーズソースだった」
「「「……」」」
お前は何故、このタイミングで思い出した?
莉奈の言っているのは、エッグベネディクトにかけたソースの事だろう。
そのソースは莉奈が適当に命名していたが、オランウータンソースでない事ぐらいは、皆も分かっていた。だから、バターソースでイイかぐらいで納得していて、もうオランウータンの存在は忘れてかけていた。
なのに、ハッとした様に思い出し声を上げた莉奈に、皆はビックリしたと同時に唖然となったのだった。どういう状況で思い出すのだと。
「あ〜スッキリした」
皆が唖然としている横で莉奈は、思い出せた事で頭のモヤリがスッキリし、満足していたのであった。
スッキリしたところで、デザート作りに集中する。
「ここには氷の魔術師がいない。なので、水の入ったボウルを用意しておく」
あいにく、氷魔法が使えるトーマスがここにはいないので、水で代用しよう。
「水でいいのか?」
「大丈夫」
マテウス副料理長が、水の入ったボウルで平気なのか心配をしてくれたが、水でも大丈夫だ。なんなら、なくても出来る。
一気に冷やすか、ゆっくり冷やすかの違いだからね。
「準備が出来たら、水と砂糖を入れた小鍋を火にかける」
「カラメルを作るの?」
「違うよ? まぁ、見てて」
材料は同じだから、そう思ったのだろう。
だが、同じ材料で違う料理が出来るのも、料理の面白いところだ。
「さて、ここからは時間との勝負になる」
莉奈は左手に鍋、右手にフォークを持ち構えた。
その言葉に、リック料理長達は莉奈の手元を真剣に見始めていた。
「この砂糖水がフツフツして、色が少し茶色に変わり始めた瞬間に火から下ろして、ボウルの水に鍋を一瞬浸ける」
「一瞬」
「これ以上火を通さないようにするんだよ。カラメルを作りたい訳じゃないからね?」
「なるほど」
時間との勝負だと聞いたので、リック料理長とマテウス副料理長はいつも以上に真剣に見ていた。
「フォークで掬って上から垂らしながら、固さを見極める」
「どのくらいがベストなんだ?」
「感覚で言うなら、少しトロミが付いたら? まぁ、固すぎなければ大丈夫」
固くなってしまったら温め直せばいいのだが、それを繰り返すとカラメルみたいに茶色くなり苦くなる。
だから、温め直しは一回程度にしたい。
「トロッとしてきたら、さっき2本置いた菜箸に糸の橋を掛ける様に、左右にコレを絡めていく。ボウルに油紙を貼ってそこに編み目状に垂らせば、固まるとドーム状になってオシャレになるよ?」
「なるほど、ボウルか」
「それ、絹糸みたいで綺麗だな」
光沢がある細い飴が、光を反射すると絹糸の様に見えた。
ただの砂糖と水が、莉奈の手にかかれば、見た事のないお菓子に変わる。それが、リック料理長達には魔法のように見える。
「そう。だからコレ"糸飴"っていうの。ちなみにオシャレな言い方なら、"シュクレ・フィレ"」
「「シュク?」」
「シュクレ・フィレ」
確かそんなオシャレな名前が付いていたハズ。
馴染み深い名前ではないから、本当に? と言われたら自信はないけど。
「で、この糸飴をある程度作ったら両端をハサミで切って、コレをさっき作ったデザートの上にふわっとのせれば"タンバルエリゼ"の完成!!」
強いて言うならタンバルエリゼ風だけど、まぁいいでしょう。
ラング・ド・シャは器にして、この糸飴をドーム状に被せてはいないけど、材料的にはタンバルエリゼだ。正式な作り方は、後でリック料理長達に教えておけば、彼らの事だからチャレンジするだろう。
「「「……」」」
華やかな仕上がりに、皆感嘆を漏らしていた。
ただでさえ贅沢なお菓子の集合体なのに、この糸飴がのるとさらに豪華になった。料理とは見た目の演出から、すでにご馳走なのかもしれない。
皆は、見た事もないオシャレなデザートに釘付けであった。
「この糸飴は、湿気を吸いやすいから早めに仕上げて魔法鞄にしまわないと、ベチョッとしてパリパリ感がなくなるからね……って聞いてる?」
莉奈は説明を淡々と続けていたのだが、皆は惚けていた。
「もしも〜し?」
ダメだこりゃと思った莉奈は、放っておいて自分の作業をする事にした。
シュゼル皇子とエギエディルス皇子の分、後は予備に数個ほど用意しておきたいからね。
それに旅行……もとい出張中は、店すらない場所に行く可能性もあるし、食事は出来るだけ快適にしたい。
ーーパリパリッ。
菜箸に残った糸飴はパリパリ、時々カリッとして美味しい。
だって、細いベッコウ飴みたいな物だもの。
鍋に残った物も固まっていたので、お玉の底でガンガン割れば、ベッコウ飴の出来上がりだ。お玉の底で手荒く割ったから、割れたガラスの様に少し歪で粉々の部分もあるが、それはそれで食感が楽しくて美味しい。
莉奈は、惚けている皆の前にタンバルエリゼを二つ程置き、歩きながら口に出来るお菓子とかも作っておこうと、1人いそいそと作業し始めたのであった。




