510 オランウータンソース??
「とりあえず、具材の準備は出来たのでソースを作ろう」
コレはソースがメインと言っても過言じゃない。
個人的には、このソースを茹でたアスパラガスに付けて食べるのが1番好き。
「ソース? マヨネーズみたいな物か?」
莉奈が卵を割り始めたので、近くにいた料理人が訊いてきた。
「乳化させるって事は似てるけど、別物だよ。味見したいならーー」
「「「じゃがいもだ!!」」」
ここで速攻でじゃがいもが出るあたり、皆が進化しているよね?
口にした事がないけど、何が合うかすぐに想像出来るのだからスゴい。食の探究心に感心する。
「まず、鍋に水を入れてお湯を沸かす。沸く間にボウルに卵黄、レモン汁を入れて良く混ぜておく」
「お湯も使うのか?」
「ボウルを重ねて湯煎するからね」
ボウルが重なるくらいの小鍋で、莉奈はお湯を沸かしておいた。
鍋が小さめだとボウルはお湯にしっかり浸からないし、逆に大き過ぎると蒸気や熱気でボウルを抑えている手が熱くなるから、鍋の大きさは意外と重要だ。
「で、もう一つのボウルにはバターを入れて、こっちも湯煎で溶かす」
「バターも使うのか」
「うん。今作ろうとしているのはバターを使った……オラ……オラ」
オラなんだっけ?
「オランウータン? 違うな。オラオラソース? オレンジでもオランダでもないし……なんだっけ?」
卵黄とレモン汁を混ぜ終えた莉奈は、バターを湯煎で溶かしながら首を捻っていた。
日本食なら馴染みがあるので記憶に残りやすいが、海外の料理の名前は聞き慣れないので覚えていない事が多かった。
皆は知らないのだから適当に付けて教えてもイイのだろうけど、それもどうかなと思わなくもない。
「オランウータンだけは違うのは分かるよ」
近くで工程を見ていた料理人が笑っていた。
オランウータンは動物だ。動物の名前がソースに付かない……とは言い切れないが、莉奈の呟きから絶対違うと感じたのだ。
「まぁ、とにかくお湯が沸いたら、この鍋の上にボウルを重ねて湯煎しながら攪拌する」
莉奈はそう説明しながら、卵黄とレモン汁が入っているボウルを、お湯の張った鍋の上にのせ泡立て器で攪拌させ始めた。
この時、お湯はグラグラさせない。ボウルは回しながら八の字を描くように混ぜるのが上手くいくポイントだ。
「慣れない作業だから、初めのうちはここに大さじ一杯くらいの水を入れておくと、失敗しづらい」
水を入れておくと、卵黄がゆっくり温まるので失敗しにくいとか。
まぁ、失敗する時は何をしてもするけど。保険はあった方がイイよね?
「攪拌させていると、卵黄が泡立って全体的にふっくらしてくる」
「ちょっと白っぽくもなってきたよね」
「うん。そうしたら、一旦湯煎から外して、ボウルの底からしっかり混ぜる。で、また湯煎にかけ攪拌。外して攪拌。これを何度か繰り返していくと、緩めの生クリームみたいにもったりとなる。ここまで混ざると、泡が均一になって卵臭さもなくなるんだよ。こんな風に」
莉奈が泡立て器をボウルから少し外し、垂れてくる泡立てた卵黄を八の字を描くように動かした。
泡だった卵黄で、八の字がなんとなく描ければ大丈夫だ。
泡立て器から卵黄が落ちなければ湯煎のし過ぎ、逆に緩ければ泡立て器を持ち上げてもくっついてこない。なので、加減は必要だ。
「さて、こうなったら湯煎から下ろして、今度はここに溶かしバターを入れていく」
「ここでバターなんだ」
「初めから入れないのは?」
「卵黄が泡立たないからだよ。後はマヨネーズみたいに乳化しないからじゃない?」
全部いっぺんに入れ混ぜても、マヨネーズが出来ないようにコレもダメな気がする。
それを感覚で知っている莉奈は、失敗しそうな料理に関しては、レシピを無視して作るなんて事、滅多にしない。
ある程度慣れたら、やり方を無視したり工程を飛ばしたり、あるいは違う方法からも出来るけど……コレは無視したら絶対失敗する気がする。
「溶かしバターは、上澄みの透明な部分だけ使う」
透明なベッコウ色で綺麗な部分だ。下の白い部分は使わないのがポイント。
「上だけ?」
「そう。上の"澄ましバター"だけを使う」
「「"澄ましバター"」」
「ちなみに下に沈んでいる白い部分はーー」
「バターミルクでしょ? バター作りの時に出来るから知ってる!」
バター作りの工程を知っている料理人から声が上がった。
彼女は、何かで知るキッカケがあったのだろう。
バターミルクに限らず、大抵の人達は既製品しか買わないから、何かキッカケがなければ知らないままの事も多い。
初めから全く興味がないとか、訊いても頭に残らない……リリアンみたいな人は置いとくとして、知る環境もなければ情報は入らないからね。
だって、マグロや魚が、スーパーで売られている切り身〈柵 〉の状態で海を泳いでると、本気で思っている子供もいるって聞いた事がある。
要は知る機会がなければ、そう思い込んだまま大人になるかもしれないって事だ。その事実を知った莉奈は、ものスゴイ衝撃を受けたのを覚えている。
どうしてそう思ってしまったのか。どんな環境で育つとそうなるのか。莉奈は衝撃のあまり、弟に「これは魚を切った姿だからね?」って刺身を指で差して言った事があった。
『え? そんな事、知ってるよ?』
大丈夫お姉ちゃん? と逆に心配されたのが懐かしい。
「澄ましバターだけ使うのは何で?」
「バターミルクも入ってると、乳化しづらいと聞いた気がする。分からなければーー」
「「「試さないよ!?」」」
確かに試した方が理由は分かりやすいが、失敗する可能性しかないのにやりたくない。
料理人達は速攻でツッコミを入れたのであった。
「で、ボウルの底に残ったバターミルクは、パン生地を作る時に混ぜると美味しいよ?」
ソースに使うのもアリだけど、パンが主食な世界だから、パン生地に入れるのが1番ではなかろうか。
「パン生地にか!」
なるほどと、料理人達が頷いていた。
パンに塗って食べてはいたが、生地自体には入れた事はなかったそうだ。
「話が逸れたけど、泡立てた卵黄に温かい澄ましバターを、糸のように少しずつ入れる」
「マヨネーズの時の油と同じなのね?」
「そう。1度にドバッと入れちゃうと終わる」
そうなると、いくら混ぜてもマヨネーズ同様に乳化せず、分離して失敗する。まぁ、そこからもう一度、乳化させる方法もあるけど。
失敗した材料をそのまま、新しく用意した卵黄に少しずつ混ぜていけば、また乳化して固まるんだよね。マヨネーズも失敗したら、捨てないでそうやり直せば大丈夫。
マヨネーズの時に失敗しなかったから教えてなかったけど、リリアンみたいに適当な人がいるから、後で教えておこう。だって、失敗したからって捨てちゃうのはもったいないからね。
「上手く乳化させるには、バターを垂らす所を集中して混ぜるのがポイントかな? しっかり乳化させたその部分を中心に、後は混ぜる感じ」
「なるほど。マヨネーズでその工程は慣れてるから、出来そうだな」
やり方を教わりながら、手の空いている料理人達は自分でもやってみようと、材料を用意し始めていた。
百聞は一見にしかずである。
「ソースが出来たら、仕上げに塩や胡椒、カイエンペッパーとか好みの調味料で味を整えたら出来上がり。酸味が好きな人は、レモン汁はこの段階で入れるとイイ。ちなみに、レモン汁じゃなくて白ワインビネガーを入れると、風味がガラッと変わるよ?」
「「「白ワインビネガー」」」
なら、断然白ワインビネガーだと、料理人達は用意し始めるから莉奈は笑ってしまった。
白ワインビネガーは酒精分はほとんどないけど、敏感な人だとこの微量でも気になるんだよね。
お菓子に風味程度で入っている洋酒も、弟はすぐに気付いたくらいだし、苦手な人なら余計だろう。
だから、エギエディルス皇子の分は当然レモン汁で作る。
シュゼル皇子はこのくらいなら平気だと思うけど、何かあったら怖いのでレモン汁の方でいこう。フェリクス王は断然白ワインビネガーだろうから、後で作っておかなくてはと思う莉奈だった。




