500 ゴリゴリと
「お菓子作りって、なんか楽しいんだよな」
「分かる〜」
料理作りとはまた違った感覚が、面白楽しい。
ただ、お菓子作りは工程が大変な事が多くて、イヤにもなるけど。
「卵白を冷やしている間に、卵黄に牛乳とふるった薄力粉を入れてよく混ぜておく」
本当はここにベーキングパウダーを入れたいところだけど、ないから仕方ない。メレンゲをしっかり立てておけば、同じようにふんわりになるから、リック料理長にも気合いで頑張ってもらおう。
「では、冷やしておいた卵白には、砂糖を何回かに分けて加えながら、ラナが怒った時に生えるツノみたいに、しっかり泡立てる」
「……そ、その表現ヤメてくれ」
しっかり固めのメレンゲにしなくてはならないから、冷凍庫からキンキンに冷えた卵白を取り出しながらそう言えば、リック料理長の表情が曇っていた。
怒ったラナ女官長を思い出した様だ。
「あ、メレンゲで思い出した。メレンゲで作ったマヨネーズ、面白かったよ」
「面白いし、美味しかったよな」
銀海宮で言ったメレンゲ入りマヨネーズが、こっちの白竜宮にも広がっていたらしい。
ご褒美待ち組が夕食の準備をしながら、そう言っていた。
機密情報はさすがに広がらないけど、こういう情報や莉奈のやらかしなんてあっという間に広がる。
「そのマヨネーズ、パンにのせて焼いて食べてみた?」
「「「やってない!!」」」
「大きめのパンにマヨネーズで土手を作って、その真ん中に生卵をのせる。好みでさらに、粉チーズを振って焼くと美味しいよ?」
「「「マヨネーズを塗るんじゃなく?」」」
「たっぷりのっける」
だから、"塗る"ではなく"のせる"である。
塗るなんて可愛い量ではないからね。
「何それ〜!?」
「超旨そうなんですけど!?」
「夕食のパン、それも作っちゃおう」
「「「おーーっ!!」」」
新たな楽しみに、皆は湧き上がりを見せていた。
マヨネーズ好きには堪らないパンだろう。焼いたマヨネーズって、酸味が少しマイルドになって美味しいのだ。
しかし、タルタルソースもそうだけど、卵のソースに玉子の組み合わせって面白いよね。だけど、最強のコンビネーションだ。
「リナ」
「ん?」
「悪リナに変わってるぞ?」
莉奈のその笑みで、絶対太る食べ物だと、リック料理長は悟ったのだった。
◇◇◇
「ものスゴい固さ」
これでどうだ? とリック料理長が見せてくれたメレンゲは、ボウルを逆さにしても少しも揺るがない。衝撃の固さのメレンゲである。
「完璧過ぎて、ラナの怒りを感じる」
「ヤメてくれ」
リック料理長が、ここにはいないハズのラナ女官長に怯えていた。
その怯えた姿に、皆は苦笑いが漏れていた。
「で、そのメレンゲを少し掬って、さっき白い粉を混ぜた卵黄に入れ、よく混ぜる」
「「「白い粉」」」
耳だけこちらを向けていた罰ゲームチームが、莉奈の言い方に一斉に振り返っていた。色々な意味で気になるみたいだ。
「混ざったら残りのメレンゲを入れて、泡を潰さないように全体をふんわり混ぜる」
「この混ぜる感覚、やっぱり好きだなぁ。堪らない」
「多少、混ざりきらなくても大丈夫だよ」
「了解」
リック料理長が生地を混ぜながら、嬉しそうな表情をしていた。
お菓子作りでしか味わえない、独特な感覚だよね。
「ちなみにコレ、スポンジケーキと作り方とか似てるけど、スポンジケーキとは違うのかい?」
「似てるけど違うね」
言われてみれば、材料も作り方もほとんど同じだ。
シフォンケーキ、スポンジケーキ、そして今作ろうとしているコレ。基本的な材料や作り方は一緒なのに、似て非なる物だよね。
料理って奥が深くて、とても不思議だ。
「生地が出来たらフライパンに油をひいて、この生地を手の平サイズくらいにこんもり盛る」
「スポンジケーキみたいに、全部は入れないんだな」
「だね」
スポンジケーキを焼いた時みたいに、フライパンに生地をたっぷり入れて焼いてもいいけど、焼く方法が変わるのと、やたら時間がかかると説明した。
リック料理長が、応用や他のやり方を知りたそうな表情をしていたからだ。本当に勉強家である。シュゼル皇子のチョコレートに対する熱意に近いものがある。
「生地を入れたら、フライパンの傍から熱湯を少し入れて蓋を閉め、弱火で数分間蒸し焼きにする」
「なるほど、蒸し焼きか!」
こんな厚さのある生地にどう火を通すのかと思ったら、オーブンではなく蒸し焼きだと聞き、リック料理長は納得した様子だった。
ちなみに、慣れたら熱湯なしで焼く事も出来る。
注意点は必ず弱火。後は蓋が必須な事だけ。
「片面が焼けたら、ひっくり返してまた蒸し焼き」
「リリアンにやらせたら、平たく潰れるな」
莉奈に教わりながら、リック料理長が呟いていた。
リリアンは基本的に大雑把。オマケに豪快な性格だ。
力加減も知らないから、このふんわりした感じが、ペラッペラになってしまうだろう。そうなると、必死に泡立てたメレンゲの意味がない。
「両面焼けたら平たいお皿に盛るよ〜」
2個くらいのせた方が、なんとなくオシャレに見えるよね?
というか、シュゼル皇子は1個じゃ足りないとか言いそう。口ではなく目でだけど。
「生クリームと好みのジャム、後は"白い粉"をかければ"パンケーキ"の完成!!」
莉奈が作っていたのは、そう"パンケーキ"である。
そのパンケーキの周りに、切った果物を散らしたり生クリームを添えたりすれば、見目にも鮮やかに。そして最後に、表面が薄っすら茶色に焼けたパンケーキの上に振りかけた"白い粉"が粉雪のようで、綺麗に仕上げれば、華やかだけど上品な仕上りになったと思う。
「「「パンケーキ!!」」」
「「「白い粉!?」」」
出来上がったパンケーキに一同釘付けだったが、莉奈が魔法鞄から取り出して、最後に振りかけた"白い粉"に眉根が寄っていた。
「なぁ、リナ」
「何?」
「この白い粉は何??」
莉奈が手に持つ白い粉が入った瓶を、リック料理長は凝視していた。
小麦粉や片栗粉ではなさそうだが、塩でもない。
リック料理長の頭の中は、クエスチョンで溢れていた。
「あぁ、コレ? "ふんとう"」
「"ふんとう"?」
「ザックリ言うと、粉状にした砂糖だよ」
ここには粒子の粗い砂糖しかないから、莉奈が自分で作ったのである。
お菓子に粉糖をかけるだけで、オシャレで華やかに見えるからだ。
「粉状にした砂糖」
莉奈から受け取った瓶を、マジマジと見て目を見張っているリック料理長。
砂糖をさらに粉にする発想がなかったらしい。
「粉糖は湿気を吸いやすいから、保存するならコンスターチを混ぜるか、魔法鞄にしまっておいた方がいいよ?」
莉奈はそう説明して一瓶、リック料理長に手渡した。
ただでさえ、湿気を吸い易いのが砂糖なのだが、粉状にするとさらに湿気を吸収しやすい。だから、何もしないで置いておくとガチガチに固まる。
「コレ、どうしたんだ?」
「え?」
「どうやって手に入れたんだ?」
「手に入れ……ん? 作ったんだよ?」
「え、作った!?」
「うん」
粉糖がないのは皆も知っていた。なのに普通にあるから、どうしたのかと莉奈に訊いたら、作ったと言う。
そんな事をサラッと言う莉奈に、皆は驚愕していた。
「作ったってどうやって?」
「えっと、石臼?」
「……石臼??」
「うん。石臼でゴリゴリと?」
石臼なんか王宮にあったのか? と皆の頭はクエスチョンマークでいっぱいだ。例えあったとしても、使う機会も発想もない。
「石臼なんてどこにあったんだ?」
「なんか……部屋にあった?」
「「「石臼が??」」」
シュゼル皇子が勝手に置いて……くださった石臼。
だが、事情を知らない皆は、どうして石臼が莉奈の部屋にあるのか謎しかなかった。
莉奈も石臼を見た時、唖然となったが好奇心がうずっと。
まったく使い方を知らない莉奈は試しにと、砂糖を入れてゴリゴリしてみたら、この粉糖が出来た訳だ。
すり鉢や薬研でも出来るけど、石臼があったから石臼でやってみた。コレでやると、一気に石器時代にタイムスリップしたみたいで面白かった。
まぁ、面白いのは初めの内だったけど。後は重いし疲れるしで、2度とやりたくない。
アッチの世界なら普通に買えるし、フードプロセッサーやミキサーを使えば簡単に作れるのに……この世界は何をやるのも地獄だ。
「お前、それ夜中にやらなかったか?」
話を聞いていたマテウス副料理長が、それで何かに気付きハッとした様だ。
「やったかも?」
思い立ったが吉日だから、夜中にやり始めた気もする。
莉奈は首を傾げていた。
「やっぱり。だから、侍女達が「夜中に変な音がする」って怯えていたのか」
マテウス副料理長が、笑うような眉間にシワを寄せるような、なんとも言えないような表情をしていた。
謎が解けて、ホッとした様子も混じっていた。
どうやら、莉奈の部屋からゴリゴリと響く怪音に、ラナ女官長達が怯えていたらしい。
そりゃあ、夜中に聞いた事のない奇妙な音が響けば、震えるよね?
人がいなければ、雑音はなくなるから、あの低い音は余計に響く。
包丁を研ぐ音も怖いけど、何かを石で摺る奇怪な音も怖い。昼間に聞くのと夜中に聞くのでは、まったく違う。
原因が分からないのであれば、まさにホラーである。
碧月宮の怪七不思議になるところだった。
聞けば答えたのにと、莉奈は1人笑っていたのであった。




