492 砂糖は奥深い
「マジか」
「スライムが美味しいの!?」
「え、うそ〜! リリアンの味覚がオカシイとかじゃなく?」
「いや、だってリナが作ってんだぞ?」
「そうだよ。好みの問題はあっても、不味い事はないよな」
リリアンが黒スライムミルクティーを食べた事で、厨房は一層ザワついていた。
リリアンの味覚は信用していないが、莉奈が作ったモノには興味がある。個人の食の好みで賛否が分かれる事はあっても、全員が不味いと不評の料理はなかったからだ。
「貰っていいか?」
ザワめいている中、リック料理長が挙手してきた。
魔物肉を食べる機会が増えて、魔物に対して嫌悪する壁が低くなってきたのである。しかも、莉奈もリリアンも目の前で食べていたのだ。
食を司る料理長として、ここは食べるべきだと探究心が勝った。
「スライムだけでいく?」
「い、いや、ミルクティー」
とは言え、スライム単品でいく勇気はまだないらしい。
莉奈は小さく笑いながら、黒糖タピオカ風ミルクティーをリック料理長に手渡せば、厨房には息を飲む声が聞こえた。
リック料理長は1度息を吐くと、意を決した様子でストロー代わりのルバーバルに口を付けた。
「……っん!?」
ほんのりルバーバルの塩気の後に、濃いミルクティーと一緒にサイコロ状の黒スライムが、スポッと口に入ってくる。
ルバーバルの味は良く知っている味。普段はあまり飲まない濃いミルクティーも、想定内の味だ。
だが、その後にミルクティーと一緒に独特の風味が口一杯に広がった。
甘いのは、砂糖水に浸けていたから。しかし、この不思議な風味はなんだろうか?
黒スライムの風味なのだろうが、何故か嫌ではなかった。
スライムだと思うと嫌悪感は否めないが、違う食べ物だと考えて噛んでみれば、想像と違いモッチリしている。
食感で言うなら、この間食べたいももちに似ている気がした。
「スライムだと思うからアレなだけで、この不思議な風味の香りと甘さと食感は堪らないな」
「でしょ?」
「ルバーバルの塩気が、ミルクティーを塩キャラメルの様に引き立てて……この食べ方というか飲み方は面白い」
一口食べてしまえば後は気にならないのか、リック料理長はモグモグとしっかり咀嚼して味わっていたのだった。
リリアンだけでは半信半疑だったが、リック料理長は別だ。リック料理長のその表情を見ていると、口にしてみたくなってきたのか、皆がそわそわとし始めていた。
「そういえば、黒糖タピオカとかって言っていたが、本来はどうやって作るんだ?」
莉奈が作ったのは既製品ではなく類似品。
本来の物がどんな物か、リック料理長は知りたかった。
「えっと、キャッサバっていう植物の根茎のデンプンがタピオカ粉で、その粉に黒糖を混ぜて練ったのが黒糖タピオカ」
「黒糖って?」
「黒い砂糖? しらん」
「え?」
「しらん」
「「「……」」」
タピオカの原料は詳しく知っているのに、黒糖は良く分からないと言う莉奈に、リック料理長達は唖然としていた。
莉奈の知識の境界線が分からない。
皆が唖然としていたので、莉奈は思わず笑ってしまった。
「確か……サトウキビの絞り汁を煮詰めた物が黒糖だよ」
「「「知ってるのかよ!!」」」
皆は思わずツッコんでしまった。
莉奈の言う"知らないの基準"が、自分達とまったく違うのだ。普通知らないと言ったら、何も分からない事である。
知らないと言いつつ、莉奈は実は知っている事が多い。ただ、確証がないだけの気がしてならない。
「あれ? "モラセスシロップ"も黒いけど……ひょっとして同じなのか?」
「モラセスって何だっけ?」
リック料理長が顎を撫でながら言った呟やきを聞いて、莉奈は前に説明してもらった様な気がするが記憶になかった。
「サトウキビの廃糖蜜だよ。砂糖代わりにも使うけど、コレでラム酒とか造る」
「あ〜廃糖蜜か。なら、なんか違う気がする」
「ん? どういう事だ?」
「えっと……」
マテウス副料理長も興味があるらしく、棚から瓶に入っているモラセスシロップを出して、簡単にモラセスとは何かを説明してくれた。
その説明を聞いて、莉奈も段々と思い出してくる。
いや、厳密に言えばこの記憶として浮かぶ事も、もしかして技能なのかもしれないなと、莉奈は何となく感じていた。
「モラセスシロップは、サトウキビから砂糖を作る時に出る廃糖蜜から作るみたいだけど、黒糖はサトウキビの絞り汁をまんま煮詰めた物なんだよ」
「なるほど。言い方は悪いけど、コレは出涸らしか」
「だね。丸鶏スープか鶏ガラスープみたいな違い?」
莉奈の最初の説明で理解したのは、リック料理長とマテウス副料理長。後者の説明で理解したのは、他の料理人達だ。
ただ、リリアンの頭だけには、ハテナが浮かんでいる様だった。
白い上白糖があるのだから、その砂糖を精製する時に出る液糖から作る"三温糖"もありそうだが……あれは確か日本独自の砂糖だったハズ。
この世界にも米の酒"ホーニン酒"があるのだから、三温糖まである可能性はある。となると黒糖だって……。
そもそもモラセスシロップは、どうやって造るのだろう?
ーーと何気なく考えたら、頭に詳しい情報がパッと浮かんできた。やっぱり莉奈には【鑑定】以外の何か、技能があるみたいだった。
ーーがである。
浮かんできたからと言って、その全てを理解出来るかは別だ。
情報を得ても読解力がなければ、1㎜も理解出来ず……この技能はまったく意味がない。
極端に言えば、字を読めるようになった子供に、専門書を見せるようなモノ。あるいは足し算がやっとなのに、オイラーの等式と解き方を見せるようなモノ。もはや、怪文か暗号文に近い。
莉奈には、使いこなせなさそうなこの技能。だが、シュゼル皇子にあれば? とチラッと思った。
……が余計な技能を持たせて、これ以上甘味に執着されても怖いので黙っておこう。だってあの方、人の技能を複写出来ちゃうからね。
しかし、【鑑定】と同じなら、この技能も魔力を使用するのだろう。なんだか知恵熱に似ていて頭が少し熱っぽいし、ズキズキしてきた気がする。
【鑑定】や【検索】など頭を使う魔法は、莉奈にはあまり合わないらしい。使い過ぎると、大なり小なり体調に影響がある様だ。
なら、使わなくて済むなら使わない様にしようと、莉奈は思うのだった。




