485 ミルクワーム
簡単に説明するとーー。
【ミルクワーム】とは、外見はほぼミミズな巨大な芋虫である。
碧空の君いわく、ほんのり甘くて栄養が豊富な"食べ物"だそうだ。この姿は幼虫だが、成虫になるとまったく違った形に変態し、表皮は硬い身体になり身は苦くなるとか。
莉奈はその外見から拒否しまくったため、【鑑定】を掛けて視る事はなかった。
ハッキリ見た訳ではないが、見た目は"ミールワーム"とも"ミルワーム"とも言われる幼虫の、超巨大版の様だった。
莉奈の世界では人は食べない。聞いていないから分からないが、おそらくこの世界の人も食べないだろう。
莉奈の記憶が確かなら、主に魚の餌やペットの餌になる事が多い虫だ。
今まで莉奈は、竜に果物しかあげていなかったが……フェリクス王が以前、竜は昆虫類も食べると言っていた気がする。
そんな姿を見た事はなかったため、その事をスッカリ忘れていた。
ひょっとしなくても、宿舎にいない時に普通に食べていたのかもしれない。今改めて碧空の君達は、こんなモノまで食べるのかとゾッとした莉奈なのであった。
あのフェリクス王にも噛み付く莉奈が、あんなモノに怯える意味が碧空の君には分からなかったが、あまりの形相にミルクワームを見えない所に置いて来た。
どっかにやらないと、話を聞いてくれなさそうだったからだ。
ミルクワームを見えない所に置いて来た所で、話となった訳だが……。
どうやら、真珠姫が泣いているらしい。
関わりたくないが、嫌がらせをされても困るので〈碧空の君は好意だと思っている〉とりあえず見に行くだけ見に行く事にした。
◇◇◇
真珠姫の宿舎に着けば、泣いている真珠姫に会うのは憚れたのか、外から心配そうに見守る竜達がいた。
莉奈が来れば安心したのか、パッと表情が明るくなった。
そんな期待の目で見られても困るのだけど……。
とにかく、そっと覗いて見ようと莉奈は中にゆっくり入って行く事にした。
「うっ、ぇっ」
近付くにつれて真珠姫の泣き声が聞こえてきた。
シクシクと泣く竜の姿に莉奈は、人も竜も泣き方は一緒なんだなと独りごちていた。
何が悲しいのか今の所分からないが、真珠姫の瞳から大粒の涙がポロポロと流れ落ちている。
ーーうっわ。もったいない。
そんな真珠姫を見ても、普段から彼女に色々と被害を受けていた莉奈は、同情より探究心が優ったのである。
魔法鞄を素早くあさりながら、莉奈は真珠姫の流す涙の真下に歩み寄った。
「何をしているのですか?」
さめざめと泣いていた真珠姫が、莉奈の姿に気付きその涙を止めた。
「え? いや、あの?」
手に持っていた寸胴鍋を、莉奈は慌てて魔法鞄に戻した。
「私が悲しんでいるというのに、何をしていたのです?」
「何を嘆いているのかな〜と、観察……じゃなかった、考えていました」
「"鍋"を持って?」
「鍋を持って?」
慌てて隠したものの見られていたらしく、真珠姫は莉奈の行動を完全に怪しんでいた。
寸胴鍋を手にして、竜を見るなんて碌な考えではない。それが莉奈なら余計である。
しばらくの沈黙の後、真珠姫は莉奈の顔を噛まんとばかりに、大口を開けた。
「どうどう、真珠姫」
「私は馬ではありません!」
宿舎の中を覗いていた竜達は、そのやり取りにヒヤヒヤしていた。
不機嫌な真珠姫に莉奈は全く動じず、いつも通りなのだから怖い。竜でさえ真珠姫には気を遣うのに、人である莉奈の方が堂々としている。
何かあったらどうするのだと、竜達はビクビクしていた。
ちなみに、何かあったらの"何か"とは、莉奈だと考えていないのが、竜達の莉奈への認識の可笑しな点であった。
「何で泣いてたの?」
まさか、竜の涙が何かに使えるかと思って、急いで寸胴鍋で受け止めていました……とは言えない。
なので、寸胴鍋から気を逸らすため、莉奈は何事もなかった様に話を進めた。
豪胆でノープランで生きている莉奈は、まぁ、喰われたら喰われた時だろうと、内心思っていたのである。
「……」
話を逸らされた真珠姫は、一瞬押し黙っていた。
だが、莉奈の隠した寸胴鍋より、自分の話を聞いて欲しかった真珠姫は、それをなかった事にした様だった。
カクカクしかじかでとは端折り過ぎだが、真珠姫曰く原因は爪にあると。
ーー前足、人でいうところの右手の爪を見せられた。
その大きな爪には、キラキラとした瓶の欠片……ではなく、リンゴやバナナなどの果物がくっ付いていた。
ガラスの欠片はないが、綺麗なガラス瓶も何個かくっ付いている。
だが、竜に施すネイルアートは、ガラス瓶の欠片を天然の水晶のように、トゲトゲと立体的に飾るから綺麗な訳で……これは違うと莉奈は思った。
【エリクサー】
ありとあらゆる傷や病を治す魔法薬。
瀕死状態でも正常化させる。
神樹の実から、特殊な方法で作られた物。
別名"神々の妙薬"。
「……」
マジか。
なんか見た覚えがあるなと、真珠姫の爪にくっ付いているガラス瓶を何気なく【鑑定】したら、まさかのエリクサーだった。
【高級ポーション】
身体の大きな欠損や傷を、ほぼ正常に治す魔法薬。
マナの葉とエーテルを特殊な配合で作った物。
なんなら違う瓶は、莉奈も見た事のない高級ポーションだった。
こんな物を、竜の爪に貼り付けるシュゼル皇子の意図が分からない。
「何故」
莉奈はつい口からポロッと漏れてしまった。
本能に赴くままに行動する事はあっても、何も考えてないって事はあの宰相様に限ってない……ハズ。美意識やセンスはさておき、何か考えがあってこういうモノを付けたのではと、莉奈は思った。
「万が一の事を考えて……と」
そう言って真珠姫は、再びメソメソと泣き始めてしまった。
「……万が一」
リヴァイアサンまで倒せる種族の万が一とは?
それはもはや、世界の終わりではないのか?
莉奈は唖然とするのであった。




