464 まさか、そんな
「で?」
「え?」
で? とは何だろうか。
莉奈が、なんとなく恥ずかしくて聖樹を見ていたら、フェリクス王がこう言ったのだ。
「また、何かぶっかけに来たのか」
「違う!!」
聖樹に再び何かをかけようと来たのかと、誤解されているので莉奈は即刻否定した。
こんな風になってしまったのに、まさかこれ以上何かしようとは、さすがの莉奈でも考えない。
「なら、何しに来たんだよ?」
当然の疑問といえば、そうである。
この騒ぎの中、当事者がヒョッコリ現れたのだから。
「えっと?」
スライムを干す場所を探しに、銀海宮に来たのだ。
日当たりの良い所はどこかなとキョロキョロしていたら、執事長イベールに出くわした。
運良く彼が、人集りを掃いてくれたので、焼き鳥を焼いたガゼボの近くにでも干そうかなと考えていたのである。
そうこうしている内に、フェリクス王が現れたのだった。
なんとなく、スライムを干しに来ましたとは言えず、考える様子を見せればーー。
ーーガツン!
「痛っぁい!!」
……何故だ。
まだ何もしていないし言ってもないのに、フェリクス王のチョップが頭に落ちて来た。頭がクラクラする。
オカシイ。先程までのフェリクス王の優しさは、いずこですか?
「嘘を吐こうとしてんじゃねぇよ」
莉奈が嘘を吐こうとしていた事など、簡単にバレていた。
だが、莉奈が何をしようとしていたかまでは分からないのだろう。
「で?」
痛さで頭を抱える莉奈の襟首を摘むと、フェリクス王は再び訊いた。
こうなれば、莉奈も逃げられず渋々口を開く。
「えっと……ス、スライムを干しに?」
「あ゛ぁ?」
「だから、スライムを干しに……」
「……」
莉奈が正直に言えば、フェリクス王は一瞬目を見開き、すぐに怪訝な顔に変わった。
フェリクス王の想定していた答えではなかったからだ。
莉奈の事だから突拍子もない理由だと、ある程度は想定していた。だが、フェリクス王の想定範囲を優に超えた返答だった。
スライムを干しに来たなんて、誰が想像する。
いつも斜め上の言動をするのが莉奈だ。なので、この言葉が本気か冗談かも分からない。
フェリクス王は、ここはツッコむ所なのか笑う所なのか、唸るばかりであった。
眉間を揉んでいるフェリクス王はさて置き、莉奈はガゼボの近くにテクテクと向かっていた。
よく分からないが、解放してくれたのであれば、ラッキーである。
日当たりの良い場所に小さなテーブルを、魔法鞄から取り出すと、その上に黒と白色のスライムを並べたステンレスバットを置いた。
ここは風通しも日当たりも良いし、半日くらいで乾きそうだ。
ついでにガゼボでひと息吐こうかと、踵を返した瞬間ーー。
「何を干しているのですか?」
フェリクス王とは違った美声が、莉奈の頭に降って来た。
王族ブラザーズ再びである。
「え?」
「何を干しているのですか?」
「えっと……黒糖……タピオカ?」
先程、フェリクス王に嘘を吐くなと言われたのに、莉奈の口から出たのは紛れもない嘘だった。
「"スライム"と表記されてますが?」
「……」
そうだった。
すっかり忘れていたが、シュゼル皇子も【鑑定】持ちだった。
【鑑定】するくらいなら、聞かなきゃいいのに意地が悪い。
にこやかに返され、莉奈も無意味な笑顔で返してみた。
「ミルクティーに入れると美味しいみたいですよ?」
「……」
そう言ったら、シュゼル皇子は笑顔のまま固まった。
まさか食べるために干しているとは思わなかったらしい。
「食べるのかよ」
さっきまで眉間を揉んでいたフェリクス王が、さらに揉んでいた。
「え、だって美味しいみたいですよ?」
「イカれてやがる」
莉奈が考える様に言えば、フェリクス王は渋面になっていた。
その顔エギエディルス皇子にソックリである。さすが兄弟だ。
「あ、イカれてるで思い出しました」
「はい?」
フェリクス王の言葉で何を思い出したのか、シュゼル皇子が内ポケットから何かを取り出し、莉奈に手渡してきたのだ。
ポーションが入っているみたいな綺麗な瓶に、薄い青色の液体が入っている。
【エリクサー】
ありとあらゆる傷や病を治す魔法薬。
瀕死状態でも正常化させる。
神樹の実から、特殊な方法で作られた物。
別名"神々の妙薬"。
「んん……エリクサー?? えぇ!?」
何故、渡されたのか分からず莉奈は眉根を寄せたが、すぐに【鑑定】して視て、その表記にすぐ驚愕していた。
「リナは危険な生き方をしていますからね。1つ持っていた方がいいでしょう」
「"危険な生き方"」
イカれてるで思い出すなんて、酷すぎやしないだろうか?
莉奈はエリクサーの小瓶を手に、心中複雑であった。
「貴重な薬ですけど、頂いて宜しいんですか?」
エリクサーが必要な状況に陥りたくはないが、あれば安心感がある。
だが、超が付く程の貴重な薬を簡単に貰って良いのかなと。
「リナがこの木を聖樹にしなければ、作れなかった妙薬ですからね」
「……」
ほのほのとシュゼル皇子は言うけれど、莉奈的にはなんだか複雑であった。
嫌味を言っているつもりはないのだろうが、莉奈の僅かながらの罪悪感がチクリと痛む。
「お詫びとお礼に明日、タピオカミルクティーをお持ち致しますね?」
甘い飲み物だから、シュゼル皇子には是非献上しなければ。
コレを乾燥させてシロップ漬けにしてからだから、明日にならないと作れないけど。
「いりません」
「え?」
「いりません」
甘味好きのシュゼル皇子ならと思って言ったのに、何故かにこやかに拒否されてしまった。
莉奈は一瞬、ポカンとしてしまった。
まさか、甘味好きのシュゼル皇子に断られるとは。
「え、だって、甘い飲み物ですよ?」
「リナの言う"タピオカ"とはコレの事でしょう?」
テーブルの上で日干しにしている黒スライムを、シュゼル皇子は指差した。鑑定したのだから、莉奈の言わんとしている事が分かったのだろう。
だが、莉奈はチラッと見た後、否定も肯定もしない。
「モチモチして美味しいみたいですよ?」
「いりません」
「ミルクティーとタピオカは最強のコンビですよ?」
「これはスライムです」
「え? 甘い飲み物なんですよ?」
「結構です」
「え? 結構な量が欲しい?」
「違います。いりません」
美味しさをアピールして勧めてみたが、シュゼル皇子に完全に拒否されてしまった。
甘味好きのシュゼル皇子が、こんなに拒絶するなんて。
明日は槍が降るに違いない。
「あ……初めてだから、黒はイヤですよね。白にしますか?」
「色の問題ではありません」
色がダメなのかな? と白スライムを勧めてみたが、やはりダメだった。笑顔で断られてしまった。
「え? なら、何が問題なんですか?」
「スライムだという事です」
シュゼル皇子なら、絶対に興味があるだろうと思っていたのに、莉奈は衝撃だった。
莉奈が、唖然としていると、背後でクツクツと笑う声がする。
振り返って見れば、莉奈とシュゼル皇子の奇妙な攻防が面白かった様で、フェリクス王が笑っていた。
「あ、お酒に漬ければーー」
「食わねぇよ」
お酒に漬ければとフェリクス王にも勧めてみれば、最後まで言うまでもなく断られた。
「えぇ〜っ!?」
フェリクス王にもシュゼル皇子にも拒否され、莉奈は衝撃の声を上げてしまった。
甘味のシュゼル皇子なら、絶対食べると思ったのに。
莉奈が衝撃を受けている側では……むしろ何故、スライムを食べると思ったのかと、フェリクス王とシュゼル皇子が苦笑いしていた。




