456 ピリッと
「ゲオルグさんに殺されるところだった」
莉奈はやっと息が出来たと、深呼吸していた。
死因がまさかの、人による圧死か窒息死になる所だった。
「リナは大袈裟だな」
「大袈裟違う」
ゲオルグ師団長は莉奈には加減をしないのか、それともコレが通常で、奥さんのジュリアは平気なのか分からない。
「いやぁ、しかし、またジュリアに惚れ直されちゃうかな」
莉奈を離した後も、妻を思いデレデレのゲオルグ師団長。
喜んでくれるのはいいけど、表現が妙に激しいよね。まるで、竜みたいだなと莉奈は独り言ちる。
そんなゲオルグ師団長を置いて、散策を続行しようとしていたのだが、隣にはゲオルグ師団長が。
なんと付いて来たのだ。まるで忠犬かの如くである。
「なんで付いて来るかな?」
「お前は1人にしておくと色んな意味で危険だ」
そう言ってゲオルグ師団長は豪快に笑っていた。
"危険"とは何か。失礼極まりない。
「どこに行くんだ?」
フェリクス王の許可を得てないので、王城の外でない事だけは確かだが、方向が銀海宮や竜の広場ではなさそうだ。
「正門」
「正門? そんな所に何しに行くんだ?」
軍部にいるゲオルグ師団長は、警備の状況を確認する為に行く事があるが、莉奈には用のない所である。
ゲオルグ師団長は、疑問の声を上げていた。
「城壁の上って行った事がなかったなと思って」
行くなとは言われていた訳ではないが、邪魔してはいけない雰囲気のある場所だ。
警備隊の人達と仲良くなったから、見学くらいイイかなと思った。そこから森や街を見てみたかった。
「城壁には変な水を掛けるなよ?」
「失礼極まりない!」
揶揄っているのか真面目になのか、そう言うゲオルグ師団長に、莉奈は思わず頬を膨らませたのは言うまでもなかった。
◇◇◇
城壁は一軒家より高そうだから、10mは軽く超えるだろう。
魔物が迂闊に侵入しない様になっているのだ。だが、飛行系は壁などお構いなしだが。しかし、それも街や村での事。
ここは、魔王様のいる城だ。
その魔王ことフェリクス王がいる上に竜もいる。万が一があっても、近衛師団も警備兵もいるので、滅多な事で魔物が侵入する事はなかった。
城壁の上は警備兵達が行き交う事が出来、門扉の両脇には四角い建物があり、その中に上へ登る階段や見張り台、休憩所が兼ね備えてあるのだ。いわゆる詰め所となっている。
中に入ると意外と広く、コンビニ店よりある。その脇に上下の階段が設置されていて、地下には瞬間移動するための魔法陣がある様だ。
以前、街から来たバーツ師匠やアーシェスは、ここから来たのだろう。
ここで、警備兵達に身元確認と所持品など、色々調べられてやっと入城が許可される訳だ。
莉奈の身元を知らない人は王城にはいないけど。
「あれ? リナじゃん」
1階の詰め所に入れば、休憩中の警備兵達が莉奈の存在に少し驚きつつ、背後にいるゲオルグ師団長に慌てて目礼や会釈をしていた。
「どうした?」
「魔物を食うだけじゃ飽き足らず、とうとう狩りに出るのか?」
「でも、食えそうな魔物は、あまりこの辺には寄り付かないぞ?」
「狩らないよ!!」
何故、魔物を狩る方向になるのかな? 街に行くという選択肢はないのか。
だが今や莉奈が、真珠姫を蹴り倒したのを知らない者はいない。
食う魔物は、自らの手で狩るまでになったのかと、警備兵達が一斉に笑っていた。もし、仮にそうだとしても、莉奈なら本気で狩り獲って来そうだと皆は思っている。
召喚された直後ならまだしも、現在は竜騎士団にも所属している莉奈に、誰もか弱き少女だと思う者はいなかった。
「なら何しに来たんだ?」
珍しいと警備兵達が訊いた。
来てはいけなくはないが、もの珍しい物はないからだ。
「ここからなら、生きた魔物でも見られるかなと」
1年近くいるが、生きた魔物という魔物を見た事はない。食料となった死骸なら、いくらでも見ているが……。
動物園やサファリパークではないが、安全な所から1度くらい動いている魔物を見てみたかったのだ。
莉奈がそう言えば、皆が顔を見合わせこう言った。
「「「陛下がいる時は無理だな」」」
さすが魔王様ですな。
竜がいるのも理由ではあるけど、主にフェリクス王が王城内にいると、何故か魔物は寄り付かない様だった。
強者は強者を感じ取るのだろう。弱者は恐怖で寄り付かない。寄り付くのは、怖い物知らずの魔物のみ。
それを注意して退治するくらいだと、警備兵達は苦笑いしていた。
1番護らなければならない国王陛下が、自分達より遥かに強いので、警備兵としては複雑な様だった。
こんな平和だと、ダラダラしていざという時に動けないので、たまにはヒリつきたいとボヤいている。至極贅沢な悩みだ。
警備兵達が、そんな話を和やかにしていたらーー。
「あ、陛下だ!」
莉奈が、おもむろに警備兵の後ろを指差した。
「「「……っ!?」」」
途端に、緩みきっていたその場の空気が、痛いくらいの緊張感でピリッと引き締まり、警備兵達は一斉に背筋を伸ばした。
飛び出しそうな心臓を抑え、皆は莉奈の指を差した方を見る。
「「「……」」」
だが、誰もいなかった。
そう、莉奈の冗談である。
「あはは」
「なっ!? 笑い事じゃねぇ!!」
「「「冗談でもヤメてくれ!!」」」
緊張で汗ダクになってしまった警備兵達が、汗を拭いながら莉奈に叫んでいた。
気配もなく現れる御方であるが故に、実際に現れたのかと思ってしまった。
だが、実際はピリッとどころではなく、異様な緊張感と緊迫感で息が詰まったのであった。
「でも、ちょっとヒリついたでしょう?」
皆の心情をよそに、あっけらかんと言う莉奈。
笑う莉奈を見て、皆はかいた汗が一気に冷えるのを感じ、今度は頬が引き攣り始めていた。
莉奈の存在は、フェリクス王と違った意味でヒリつく……と。




