45 どうする?
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ーーーカチャカチャ……。
王の書斎に、食器にスプーンがあたる音が響く。
「「………………」」
フェリクス王とエギエディルス皇子は、なんとも異様なその光景に顔を見合わせた。
あのポーションドリンカーの、シュゼル皇子が一生懸命 食事を摂っているのだ。それは青天の霹靂か嵐の予感か……ある意味、非常事態に違いない。
脇に控えているイベールでさえ、微妙だがその異変を感じていた。
「…………」
幾度となく、進言しても食べなかったあの皇子が、自らの手で食べ物を口に入れている。どんな魔力でも込めてあるのか?と疑いたくなる様な食べっぷりだ。
「ふぅ……食べましたよ? エディ」
一仕事終えた様なため息だ。そして、見てみて? と云わんばかりにお皿を傾けて満面の笑みを見せたシュゼル皇子。おそらく食事を摂り始めてからの快挙と言ってもいい。
「「…………」」
その仕草に言葉が出ない。今までコイツに食わせようとした努力は、一体なんだったのか。
「……エディ?」
シュゼル皇子は、ほのほのと微笑んでいる。自分なりにやり遂げたと満足したのかもしれない。
……なんだ、コレ。
……結局、不味そう美味しくないから、今まで食べなかっただけなのかよ……。
エギエディルス皇子は、次兄シュゼル皇子に呆れていた。
「エディ……?」
反応のない弟に、もう一度声をかける。まさか、自分が完食した事に呆気にとられているなどと、思っていないらしい。
「あ……あぁ、イベール出してあげて」
なんなんだ、この兄は……と思いつつ、我に返るとイベールに甘味、デザートを出す様に指示をした。
イベールは空になった食器を片付けると、今度はカタンカタンと、心地良い音をたて、シュゼル皇子の前にプリンとフレンチトーストを置いた。
初めて嗅ぐ香しい、バターと砂糖の甘い甘い甘美たる匂いに、シュゼル皇子は目を細める。
「……これが……」
「右がプリンで左がフレンチトーストな」
シュゼル皇子の問う声に、エギエディルス皇子が応えた。
「…………」
初めて目にするデザートに、シュゼル皇子はそれはそれは嬉しそうに微笑んでいた。スプーンで触れるとふるふると揺れるプリン。ナイフを入れるとふわりと切れるフレンチトースト。そして、この甘美な匂い。シュゼル皇子を見た瞬間から虜にさせていた。
「んん~っ。美味しい!!」
いただきますと、まずはプリンを一口食べたシュゼル皇子は、歓喜の声を上げた。そう、彼が初めて食べ物で歓声を上げたのだ。
「……うっま~!! なにコレ。すげぇなめらかで甘くて旨い!!」
エギエディルス皇子も、プリンを一口食べ、同じように声を上げる。同じ卵でこうも変わるのか……と、驚いてもいたのだ。
「ねぇ、エディ……美味しいですね~」
シュゼル皇子は、ゆっくりと味わう様に口の中で転がしていた。
「なっ!! 卵でこんなの出来るなんてな!」
ここにある料理は、すべてに卵が使われている。茹でるか炒めるかただ焼くか、くらいな選択肢しかなかった今までとは全然違った。牛乳や砂糖と混ぜて蒸す。同じ焼くでもこんなにもふんわりと仕上がる、まったく違った。
「……匂いが甘ぇ……」
口を、鼻を押さえる様な仕草をしているフェリクス王。甘い物が好きな二人はともかく、フェリクス王にはこの部屋に充満する甘ったるい香りに渋面だった。
「あっ、フェル兄には酒のツマミ? 肴があるよ?」
兄にと渡されたツマミを思い出しイベールをチラリと見る。
「ワインによく合うと……」
カリカリチーズの載った皿をテーブルに置く。二人の食べている甘い匂いには負けるが、出した瞬間ほんのりチーズの香ばしい匂いが鼻を擽る。
ーーーカリッ。
フェリクス王は、それを一片口に入れた。
「…………ワイン」
出せ……と、イベールに一言放つ。やはり塩気が酒を欲する様だ。
「ダメですよ、兄上」
シュゼル皇子が、ほのほのと咎める。一応まだそんな時間ではない。職務の真っ最中である。
「少しぐらい、いいだろうが」
「全然良くありませんよ?」
「お前の甘味も下げるぞ?」
「横暴ですよ? フェリクス王」
小さな攻防が繰り広げられる。だが、"酒" と "甘味" では分が悪い。
「イベール」
とフェリクス王が言えば
「イベール」
とシュゼル皇子も控える様に言う。
相変わらずの無表情の奥に何を思うか……。
片や寄越せと睨みつけ、片やダメだと微笑んでいる。普通の神経なら冷や汗ものだろう。王の意見を尊重するか、宰相の意見を尊重するか。イベールはどうする?
「……どうなさいますか?エギエディルス殿下」
末弟に、丸投げした。
「…………ぶふっ!?」
食べていたプリンを吹き出す所だった。まさかの丸投げにエギエディルス皇子は、目を見開き傍観を決める事が出来なくなった。思わず心からの叫びが口から大きく出る。イベールを睨みつけたが顔を背けられた。
……このヤロウ!!
エギエディルス皇子は、危うく暴言を吐く所だった。
「「エディ?」」
今度は、妙に優しく兄二人に名を呼ばれイヤな汗を掻く。出せ、出すなと目が伝えてくる。
…………え~~~~~?
愛称で呼ばれる事がこんなにも、不安になる日が来るとは夢にも思わなかったエギエディルス皇子なのでした。




