395 結局、何をしていたのだろう?
「こんな夜更にいかが致しましたか?」
莉奈がそんな事を考えていたら、心配してくれたのかシュゼル皇子が顔を覗いた。
シュゼル皇子の顔が近付くと、ふわりと甘い香りがした。
天然無自覚の魅了の様だなと、妙にドキドキする。
「あ、ちょっと変に目が覚めちゃいまして……」
そういうシュゼル皇子こそ、何故ここに?
月夜の晩のシュゼル皇子はいつも以上にキラキラして見える。目や心臓に悪い。
「こんな夜更に女性の1人歩きは危ないですよ?」
「え? 王城内なのに?」
王城の中は安全ではないのかと莉奈がキョトンとすれば、シュゼル皇子は苦笑いしながら小さくため息を漏らしていた。
世間に比べれば、王城内の規律は当然厳しい……が絶対ではない。
人気のない時間にウロウロするなんて、もっての他である。
「……そういえば」
シュゼル皇子は莉奈に何か言うのを諦め、徐に莉奈の首にぶら下がっているペンダントに手を伸ばした。
「え?」
莉奈が何だろうとペンダントを凝視していると、それは仄かに光り輝いた。
このペンダントは魔導具なのだから、きっと魔力を注いだので光ったのだろうと解釈する。
「何をしたのですか?」
不安というより疑問を感じた莉奈は、シュゼル皇子に何をしたのかと訊いてみた。
シュゼル皇子は「ん?」と呟いた後、莉奈を見てニコリと笑う。
「魔導具はたまに魔力を注がないと、何の役にも立ちませんからね」
「えっと、ありがとうございます」
でも、莉奈はあまりこの魔導具を使っていない様ですね? と笑われた。
瞬間移動は確かに楽しいが、いざという時に魔力切れで使用出来ないのも困る。
それに、のんびり歩いて行くのも楽しいので、ほとんど使っていなかったのである。
「ついでに、私の宮にも行ける様にしておきましたからね?」
と満面の笑みを見せたシュゼル皇子。
「え゛?」
莉奈は思わず、声が裏返ってしまった。
確かに、この魔導具ではシュゼル皇子の紫雲宮には移動出来なかったが、何故行ける様にしたのかな?
「寂しくて眠れないのなら、私の所に来て下さいね? 子守唄代わりにこの世界の歴史でも延々と話し聞かせてあげましょう」
「……いえ、遠慮します」
うっわぁぁ、延々となんて地獄ではないか。
あぁ、でも全く興味なさ過ぎて、すぐに眠れそう。
莉奈は頬が引き攣るのを我慢出来なかった。
「ふふっ」
莉奈がキッパリと断ったのにも関わらず、シュゼル皇子は気にした風もなく小さく笑っていた。
想像通りの返答だったのだろう。
「リナにフラれちゃいました」
これでもモテるのにと、シュゼル皇子はショックを受けた様な口ぶりで、ほのほのと莉奈の頭を優しく撫でていた。
他の国の王族は知らないけど、この美貌だものね。見慣れているハズの侍女達も、油断すると頬を赤く染めて惚けているし、莉奈も気を抜くと美貌に見惚れてしまう。
人当たりの良い言動がまた、女性には堪らない。
まぁ、フェリクス王の方が……って、今自分は何を考えたかな!?
「……シュゼル殿下も眠れなかったんですか?」
莉奈は慌てて雑念を消し去り、誤魔化す様に訊いた。
元ポーションドリンカーのシュゼル皇子は、女性より儚げで眠りは常に浅そうだ。
「いえ。月夜が綺麗なので、散歩に」
そう言って、空を見上げるシュゼル皇子は、月の女神か精霊の様に美しかった。
「いくら王城でも、王族の1人歩きは危険ですよ?」
莉奈は何も考えず素直に思った事を口にした。
だって、誰が何をするか分からない。
今現在、ヴァルタールは皇国から王国に改革途中だと耳にした事がある。フェリクス王は皇帝を名乗らないのが、その確たる証拠だ。
にわか程度にしか分からない莉奈でも、政務を行う貴族がこの王宮に余りいないのは知っている。
フェリクス王達が極力登城させない様にしているせいだ。
大きな改革の裏には、必ず大きな反発がある。今がまさにその時だろう。
ならば、今までの制度を変えようとしているフェリクス王達は邪魔だ。
考えたくもないが、フェリクス王達を消そうと、この王城に送り込む者がいるに違いない。
そんな微妙な時期に、人気のない所に1人でフラフラしていたらイカンでしょう。
鴨ネギではないか。莉奈が暗殺者ならプスリである。
「大丈夫ですよ。目の前に竜殺しがいますからね?」
「っ!! シュゼル殿下」
そう言ってシュゼル皇子が片目を瞑るから、莉奈は思わず頬をプクリとさせた。
いつまで、竜殺しの異名が付いて回るのかな!?
「それに、私はこれでも強いんですよ?」
シュゼル皇子は、莉奈を宥める様に頭をポンと叩いた。
そりゃあ強いでしょうよ。魔竜を倒せるのだから。
でも、魔物と人間ではまったく違う。人だと油断するし、相手を傷付ける事を普通は躊躇う。魔物みたいに全力でとはいかず、加減が難しい。
莉奈がまだ何か言いたそうに目を向けると、シュゼル皇子は莉奈の額にキスを落とした。
「……良い夢を」
その声が聞こえるのと同時に、莉奈の視界は一瞬暗くなったのである。
ーーポスン。
だが、次の瞬間ーー。
莉奈の身体は、どこかの部屋のベッドの上にふわりと落ちていた。
「ふぇ?」
莉奈は突然辺りの景色がガラリと変わり、しばらく頭がフリーズしていた。
何がなんだか分からないがキョロキョロして見ると、どこかこの部屋は見覚えがある。
天蓋の付いていない豪華なベッド。その脇の小さなテーブルには、竜の脱皮の皮を被せたランプがあったからだ。
そう、自分の寝室である。
シュゼル皇子に強制的に部屋に帰されたのである。
「……あははっ」
しばらくキョトンとしていた莉奈は、今度は笑いが漏れていた。
ものスゴく強引過ぎる。
だけど、自分を心配してくれたのだろう。
この強引さが妙にフェリクス王と重なり、兄弟なんだなと思うとなんだか笑えるのだった。




