39 氷の麗人
「お……おはよう……ございました」
沈黙に堪えきれず、氷の神……氷の麗人と言った方が合いそうである。その氷の麗人の目の前にいた人が言った。
「もうすぐ、夕方だというのに……頭に蛆でも湧きましたか?」
その場違いな挨拶に、ピクリともせずさらに無表情に冷たく言い放つ。怒ってるのか、バカにしてるのか何も読めない。
「…………」
誰もが怖いのか、何も言えないらしい。顔色をなくしていた。
おはようございました……も、どうかと思うけど、頭に"蛆"ってその返しもスゴいな。
蛆湧いた人が作る食事はちょっと……。
莉奈は、こんな凍てつく空気の中、違う意味で一人ゾッとしていた。
「もうすぐ、陛下の御膳の御時間です、それは……?」
氷の麗人は、莉奈の作ったフレンチトーストを見つけさらに冷ややかに言う。まぁ、これだけ甘い香りがしていれば、遅かれ早かれ気付かれた事だろう。
「シュゼ兄が、全然食事を摂らないから、リナが作ってくれたんだよ」
エギエディルス皇子が、莉奈の前に出て庇う様な姿勢で言った。
ん? エドが私を庇う。
そして、この異様な空気。
この人、ヤバイお人ですか?
「異世界から来た "娘" がですか……何を?」
作ったのか……と最後まで言わない。値踏みする様な絶対零度の眼がすべてを語る。この人、不穏な芽は早急にバッサリ消すタイプだ。
「……何をって……」
エギエディルス皇子が、口を開きかけた時、莉奈は皇子より半歩前に出た。
「異世界から来た "娘" こと、野原莉奈と申します。シュゼル殿下が余り御食事を口にしないとの話を聞き、及ばずながらと異世界の甘味 "プリン" "フレンチトースト" を作らせて頂きました。失礼ながら、貴方は……?」
庇われるのは違う……と莉奈は、絶対零度の前に自分で返答した。
ここでもし皆に庇われたら、この人に舐められる。それではダメなのだ。
「執事長ならびに国王陛下の食事を管理しておりますイベールと……家名はありません」
「わざわざの御挨拶ありがたく頂戴致しました」
以後宜しく的な事を言わない、という事はあまり宜しくしたくはないのかもしれない。そして "家名" はないと言った。
王の回りに家名のない一般人なんてめずらしい。もの凄く出来る男がこの若さで成り上がった……って事もありえそうだが。
家名を捨てた可能性もある。後者だとしたら関わりたくはない。
「シュゼル殿下に、御献上する予定の "プリン" なる甘味ですが、宜しければ1つ……御賞味下さい」
莉奈は、丁度いい具合に冷え固まったプリンを、イベールに差し出した。勿論器についた水滴はキチンとふきんで拭きました。
それを見ていた、脇の料理人が何も云わずともスッと小さいスプーンを渡した。しかも、両手に添えて。
1つ減るだろう!!って誰かが言いそうなものだが、あれだけ騒ぎまくっていた全員が、冷や汗さえ見え隠れする程黙り込み、なんだったらこの素早い対応。
逆らったらイカン御方だと、何もわからない莉奈でも分かる。
「…………」
皆が固唾を呑むなか、イベールは眉一つ動かさず、無表情で出来立てホヤホヤなプリンを、スプーンで一片すくい一口。
「………………っ」
一瞬、ほんの0・1コンマだった。だが、眼が揺らいだのを莉奈は見逃さなかった。
イベールは、何事もなかった様に冷血無慈悲な表情のまま、プリンをゆっくりと飲み込んだ。
そして、次もすくうのか……と思いきや、腰に着けている魔法鞄にそっとしまった。
よっしゃぁ~~~!!
莉奈は無表情のまま、心の中でガッツポーズを出した。
だって、こういうタイプの人なら、不味ければ絶対突き返す。
しなかった……という事は、少なくとも食べる価値ありと判断されたに違いない。
「……御口に、合いませんでしたか?」
わざとらしいのは分かっているが、訊きたくて仕方なかった。
口端が上がるのを抑えつつ、あくまでも無表情に訊いた。
「いえ……ただ、陛下を待たせております故」
「……そうでしたね」
と、言いつつ莉奈は内心フフと笑う。
要するに、こんな注目を浴びながら食べるのではなく、後でゆっくり味わいたい……と解釈した。
よっしゃっ!!
なんだかしらないけど、気持ちがいい。
いつか、この人を食べ物で笑顔にさせてやるぞ……と意気込む莉奈だった。




