366 塩むすび、キュウリの浅漬け、そして玄米茶
塩むすび、キュウリの浅漬け、そして玄米茶。
ここに味噌汁があれば、文句なしだが味噌がない。異世界なんだし大豆味噌はなくても、味噌がなる木でも生えてればいいのに。
莉奈は心の中でブツブツいいながら、その3点セットを持って厨房の隅に行った。勿論、試食するために。
「よっこいしょ」
厨房の隅にある箱の上に座った莉奈。
リック料理長達が、その言動に呆れていた。
「お前、そこはテーブルでも椅子でもないんだぞ?」
マテウス副料理長が、その妙な掛け声と座った場所に苦笑いをしていた。
莉奈は食堂へ行ったのではなく、ゴミ箱の上に座ったからだ。
いくら蓋が付いているとはいえ、下はスライムが入ったゴミ箱だ。よくそんな所で、寝たり座ったり食事が出来るなと皆は呆れていた。
「ん〜。懐かしい香りだ」
炊き立てのご飯の香りが、こんなにも懐かしいと感じるなんて、考えた事もなかった。
昨日まで当たり前だった事が、突然当たり前じゃなくなる。
当たり前過ぎてなくなるなんて事、想像もしなかった。
「お母さんの味がする」
おむすびを一口頬張った莉奈は、口からポロリと漏れた。
小学校の遠足の時には、決まっておむすびだった。
鮭と梅干しのおむすび、甘い卵焼き、からあげ、それに水筒の麦茶。我が家の遠足のお弁当は、これが定番中の定番だ。
今、食べているのは具は入っていない塩むすびだけど、それが余計に懐かしい。
2個あるおむすびの内、片方が具なしだった事もあった。
だから、夕飯近くに母が帰って来た時に、頬を膨らませて莉奈は文句を言った。
『お母さん、片方のおむすびにしか具が入ってなかったよ?』
『え? あら? 入れ忘れたのかしら?』
遠足の日の朝ご飯は、決まっておむすびだ。
2人の子供と父の支度、色々とやりながらの朝食だから忘れる事もあるだろう。
だけど、楽しみにしていた遠足の昼食が塩むすび。
莉奈はショックだったのだ。
『もぉ、何も入ってないとか』
内心は仕方がないなと、そこまで怒ってなかったけど、つい口調が怒り気味になってしまう。
『ゴメン、ゴメン。でも、"愛情" はたっぷり入れといたからね?』
笑いながら、莉奈の頭をクシャリと撫でる母。
『愛情なんかに味なんてないもん』
莉奈が口を尖らせれば、母は莉奈を優しく抱き締めてくれた。
今度は忘れないから!
そう言った次の遠足のお弁当も、やっぱり具のない塩むすびだった。
それすら懐かしい。
「リナ」
「リナ」
「え? あ、ラナ」
気付いたら、ラナ女官長の腕に包まれていた。
家族を懐かしんでいたら、頬に涙が伝っていた様だった。
心配してくれたラナ女官長が、莉奈の辛さもすべて包み込んでくれる。ラナ女官長の母の様な温かさが、優しくて愛おしい。
まだ、家族との楽しい時間は自分の中で思い出として、しまいきれないみたいだ。
「あなたは1人じゃないからね?」
「うん」
皆は、薄々気付いているのかもしれない。
莉奈が家族の話をしている時は、必ず過去形で話している事に。
それは、元の世界に還れないからそう話しているのだと思っていた。だが、本当はいないから、過去形なのかもしれない。
だとしたら、莉奈が本当に帰りたい場所など、どの世界にもないのだろう。
◇◇◇
「あら? この塩むすび? って言うの? 味がないかと思ってたけど、ほんのり甘くて美味しいわね」
莉奈の隣で塩むすびを頬張るラナ女官長。
母みたいなラナ女官長に、塩むすびのおすそ分けをしたのだ。
勿論、浅漬けと玄米茶も付けたけど。
「この塩むすびの中に、塩鮭とか梅干しとか、色々入れて食べても美味しい」
「そうなの。それで、これがリナのお母さんの味なのね?」
「うん。お母さんの味っていうか、故郷の味? コッチでいう、固いパン?」
「あぁぁぁ〜」
莉奈がそう言ったら、ラナ女官長達が苦笑いしていた。
美味しいと言われたら微妙だけど、確かにあの固いパンは懐かしい味である。
莉奈の作るご飯は勿論美味しいけど、あれはアレで妙に恋しくなる。
「白いご飯は苦手な人もいるのかもしれないけど、お米に味のついた炊き込みご飯、パエリア、ガパオライス、炒飯、エドが好きそうなオムライス。食べ方はいっぱいあるよ?」
エギエディルス皇子は絶対、ふわトロの卵が載ったオムライスは好きな味に違いない。
デミグラスソースもケチャップも、今はないけど。
「名前だけ聞いても全然ピンとこないけど、リナが作れば美味しいんでしょうね」
ラナ女官長は、玄米茶を飲みながら言っていた。
別に作れと催促している訳ではなく、名前だけではどんな料理か分からないから、素直に口に出したのだろう。
「あ」
「「「あ?」」」
莉奈の"あ" が出たと、皆は身構えた。
良い事と悪い事の両方でも口に出るのが、その言葉だ。
「お米で思い出した。"サケティーニ" が作れるじゃん」
塩むすびを食べていて思い出したけど、日本酒で作るカクテルがあったのだ。
日本酒自体はないけど、全く同じのホーニン酒がある。
絶対、フェリクス王は喜ぶに違いない。
「「「 "サケティーニ!!" 」」」
隣にいるラナ女官長まで、目が爛々としていた。
"サケ"ティーニだもの。まんまだから、お酒だと分かるよね。
酒好きな皆がソワソワするから、莉奈は笑ってしまった。
「お米から作ったお酒で作るカクテルなんだけど」
「なんだけど!?」
「お米から作ったお酒が、少ししかない」
「「「えぇぇーーっ!?」」」
皆は、新しいカクテルだと嬉々としていた表情をガックリとさせ、肩を落としまくっていた。
確かに、初めて聞いたお酒だ。酒倉にもない。
ーーとなれば、莉奈が所有している数しかないのだ。
「あの米から、酒が作れるのか」
家畜の餌なのに、とマテウス副料理長が呟いていた。
彼は先程、食糧庫にあるお米を見たからだ。
皆は米から作られた酒がどんな物か想像していたが、何かに気付いて声を上げ始めた。
「あ、思い出した!! 米の酒って、この間ここに来ていたジイさんが、ガバガバ飲んでたヤツじゃないか!?」
「そうだ!! あの角瓶のヤツか!!」
「確かに、見慣れない酒だった」
「言われみれば、あのジイさんから匂う酒の香りも、なんか嗅いだ事のない匂いだった!!」
「「「アレが米の酒か!!」」」
クソ、あの時に気付いていたら、売って貰うか仕入れて貰ったのにと悔しそうにしている。
しかし、お酒を飲んだ人の香りで、なんのお酒か分かるなんてドン引きなんですけど。
アーシェスが包丁を造って持って来てくれた時、師匠がアホみたいに呑んでいた酒だと、皆はやっと気付いたみたいだ。
お姉ぇのアーシェス。莉奈並に口の悪い師匠。両方のインパクトが強過ぎて、飲んでいるお酒が知らない酒だと想像もしなかった様だった。
「「「米の酒ぇぇーーっ!!」」」
皆は、師匠も酒もココにないと知り、絶望していたのであった。




