356 デビルフィッシュとタコのからあげ
「ん、タコ、柔らかっ!!」
胡散臭いと言っていた料理人に、塩茹でしたタコを味見させれば、余りの柔らかさに目を見張っていた。
自分の村のやり方だと、適当過ぎて硬いのだと改めて感じたのだ。大根は村にはないが、種か苗さえあれば村でも作れるかもしれない。
戻る機会があったら、大根の苗を持って教えてあげたいと、思うのであった。
「タコの吸盤って、なんかキモいよねぇ」
「頭なんてブヨブヨで、もっと気持ち悪い」
タコに縁のない人達から、不安な声が聞こえていた。
確かに、見慣れない人からしたら、そういう意見も出るよね。
「ちなみに、タコはからあげにすると、酒が進むよ?」
油や塩気が、飲み物を欲するのだ。
弟や私は、お酒は飲めなかったがツマミは大好きである。だから、両親の晩酌中に2人でお邪魔して、ジュースを片手に楽しんだものだ。
「「「酒」」」
皆の目がキラキラと光った。
苦手なモノでも、プラス酒となれば苦手意識が弾け飛ぶみたいだ。
「味付けや作り方は色々な方法があるけど、揚げ過ぎさえ気をつければ、柔らかくて美味しいよ? ちょっとだけ作ってみせるよ」
見せなくても皆なら、出来るとは思うけど、完成品を見せるのが手っ取り早くて分かり易い。
莉奈は、ボウルを用意して、ぶつ切りにしたタコを入れた。
「ボウルにぶつ切りにした茹でタコ、擦りおろした生姜……はない。ホースラディッシュとニンニクを入れる。そこへ、白ワインも少し入れ良く揉む。ここにレモン汁か酢を入れると、タコがさらに柔らかくなるんだけど、別に入れなくても構わない」
そこまで、タコに柔らかさを追求する必要はないからね。
本当は日本酒があれば日本酒がベストだけど、今のところ米から作ったホーニン酒は貴重なので使わない。白ワインでもイイでしょう。
生姜は見当たらなかったので、ホースラディッシュで代用してみた。
そして、その調味料をタコと一緒に良く揉み込む。
塩、胡椒は揚げた後の方が、個人的に好きなので後かけにする。
「からあげの衣も、好みかな。薄力粉だけでもいいし、片栗粉だけでもいい。もちろん混ぜても美味しい」
「あ、なら、鶏のからあげみたいにバジルを混ぜてもイイのか」
「うん、そういう事」
さすがはリック料理長である。
すぐに、アレンジを思い付いた様だ。タコのからあげには、青のりがあったら青のりがイイけど、ないからね。
ーージュッ。
油に入れた時のこの音が堪らない。
まずは、ジュッ。次にジュクジュク、ジュワジュワ。最後はパチパチと、耳に堪らない音が襲撃してくる。
揚げ物特有の香ばしい匂いも、鼻腔を擽り、喉が渇いてもないのにゴクッと動く。
さっきピザを食べたハズなのに、お腹がスペースを作るから不思議だ。
この閉鎖的だった厨房も、パン工房を造ったついでにリノベーションしていたらしく、両サイドに小窓を数個だけ残し、中央部分をお店の様なカウンターにしたので、もうオープンキッチンだ。
そのカウンター越しから、腹を空かせた警備兵達が数名覗いている。
揚げ物の匂いは、虫ではなく人を呼ぶよね。
「皆、仕事は終わったの? ただの休憩?」
莉奈が警備兵にそう訊けば、元気良く「終わり!」と返して来た。
夜勤明けらしい。ご苦労様である。
「なら、白ワインも付けてあげるよ」
「「「よっしゃあっ!!」」」
莉奈が笑ってそう言うと、警備兵達は拳を握って嬉しそうに声を上げていた。
◇◇◇
「うっま。タコうんまっ!!」
「何がデビルだよ。すげぇ旨いじゃん」
「アレだ。ロックバードが美味しかったみたいに、 "デビルクラーケン"とか "ミリオンオクトパス" も美味しいんじゃね?」
「うっわ、あり得そう」
「だけど、アレを捕獲するのは至難の業だろう?」
「でも、奇跡的に獲れたら食べてみたいな」
警備兵達はお酒も入り、実に愉快そうに話していた。
足が船に絡み付いて、海に沈められるから最悪だとか、吸盤が張り付くと鬱血するとか、様々だった。
莉奈は、エギエディルス皇子やラナ女官長が、海にも魔物がいると言っていた事を思い出した。
「デビルクラーケンってイカ?」
クラーケンといえば、ゲームや小説、映画ではもれなくイカだ。しかも、巨大で人を襲う魔物。
タコはオクトパスだから、クラーケンはイカなのかなと思った。
「いや、イカでありタコだな」
莉奈の目の前に、ヒョコっとエギエディルス皇子が現れた。
「うっわ! びっくりした」
忍びも真っ青なくらい、気配を隠すよね。
「食い物に夢中過ぎるだろう。お前」
周りの人達は早々に気付いて頭を下げるのに、お前はどれだけ夢中で食っているんだと、一応注意する。
「で、何食ってんだ?」
自分に気付かない程、何を食べているのかなと、莉奈の手元を見たエギエディルス皇子。
からあげっぽく見えたので、少しテンションが上がった。
「タコ」
「げっ。デビルフィッシュかよ」
エギエディルス皇子の眉間のシワが増えた。
からあげはからあげでも、ぶつ切りにしたタコのからあげだった。エギエディルス皇子のテンションは、ダダ下がりである。
そんなエギエディルス皇子をよそに、莉奈は小さなフォークとタコのからあげを渡した。
確かにロックバードは魔物とはいえ、一応鳥だけど、タコは得体が知れないものね。少し抵抗があるのかもしれない。だって、皇子様だもの。
「あ、そうだ。クラーケンってイカじゃないの?」
タコのからあげを見て、食べようか悩んでるエギエディルス皇子に、莉奈は改めて訊いた。
そう言えば、さっき両方とか言ってなかったかと。
「え? あぁ、クラーケンってのは、タコでもイカでも巨大な海の魔物なら、まとめてそう言うんだよ。だから、イカとは一概に言えない……ちなみに、王都じゃイカも"デビルフィッシュ" って言われてるからな?」
「え? イカもデビルフィッシュなの?」
「だな。エイもデビルフィッシュ」
「え、タコだけかと思ってた」
どうしてそう呼ばれる様になったかは知らないが、主にその3種類が王都近郊では"デビルフィッシュ" と呼ばれるみたいだ。
「お前の世界ではどうなんだよ?」
「知らない」
「うっわ、出たよ」
莉奈の世界はどう呼ばれているのか、気になり訊いたのだが、相変わらずの返答に、エギエディルス皇子は呆れ笑いをしていた。
莉奈は知っている様で、知らない事が多いのだ。偏りも多くて中途半端。
それが、普通だと言われればそれまでだが、聞かされるこちらとすれば、なんかモヤモヤするのである。
「まぁ、基本的にはタコの事をそう言ってた気がする。でも、タコもクラーケンって言うんだね。巨大なイカだけを言うのかと思ってた。……エド、気になるなら食べてみなよ」
話しながらも、しきりにタコのからあげを見て悩んでいたエギエディルス皇子に、莉奈は笑いながら勧めた。
「わざわざ、デビルフィッシュを食う意味が分かんねぇよ」
ブツブツ言いながらも、エギエディルス皇子は試しに一つ口に放り込んでいた。
皆が注目しているから、全力で断るのは負けた感じがして嫌だったのだろう。
「っ!!」
噛み締めた途端に、鶏とは違う味わった事のない不思議な旨味。それが、口いっぱいに広がりエギエディルス皇子は驚いてしまった。
魚とも貝とも全然違う味と弾力、なんだコレはとエギエディルス皇子の手は、自然ともう一つに伸びていた。
「吸盤はコリッとしていて美味しいでしょ?」
頭の部分は、弟も気持ち悪いと手を付けなかったけど。
「食感が気持ち悪いのにウマイ」
「気持ち悪いのか。ナマコっていう海の生き物も、見た目は気持ち悪いけど、コリコリッとしていて美味しいよ?」
フォルムは最悪だけど、ポン酢ダシに付けて食べると、あのコリコリッとした食感が堪らなく美味しい。コリッジュワ? 食感だ。
薄切りにすると、チクワみたいに真ん中が小さく空いているから、可愛い? いや可愛くはないか。
嫌いな人も多いけど、母は好きだったから、家では良く食卓に載っていた。弟は「気持ち悪い」って絶対に食べなかった珍味。
「なんだよ。ナマコって」
「え〜と、ナメクジ? みたいなーー」
少しだけトゲみたいな物が生えたナメクジ? なんだろう。
「「「ナメクジ〜〜ッ!?」」」
「うぇェェ〜〜ッ!! キッモ!! アレ食うのかよ!!」
莉奈が考えながら説明していたら、ナメクジで反応した皆から、悲鳴が上がった。
村でタコを食べていた料理人からは、えずく声が上がった。
その言い方からして、ナマコは見た事はあるが食べないらしい。
「食うよ? ナマコの "このわた" なんて珍味中の珍味だよ?」
初めて食べた時は、吐いたけど。
イカと和えてあって、なんか美味しそうに見えたんだよね。
莉奈が小さい時、祖父が酒の肴に美味しそうに食べていたから、「ちょうだい」って興味本位でつまんで、気持ち悪くなったんだ。
匂いはほとんどなかった気がするけど、味はクセがものスゴく強くてダメだった。
「なんだよ "このわた" って」
エギエディルス皇子が、お爺ちゃんみたいにシワを寄せて訊いてきた。
興味はあるが、恐怖もあるらしい。
「ナマコの内臓」
「「「うえぇェェーーッ!! 気持ち悪っ!!」」」
莉奈がシレッと答えれば、想像でもしたのだろう。
全員悲鳴混じりの叫び声が上がったのであった。
ちなみに家には、ナマコのぬいぐるみがあります。
お尻から、このわたが出ているぬいぐるみ。(笑)
(´・ω・`)
誰が考えたんでしょう?




