322 こわっぱ
ほぼ、強制的にフェリクス王の執務室に連れてこられた莉奈は、ヘロヘロだった。
執事長イベールの凍てつく視線がなかったら、気合いも入らずフラフラしていたに違いない。
「あれ?」
フェリクス王に挨拶をした莉奈は、客がいる事に気が付いた。
執務室のソファに2人の先客がいたのだ。
1人はシュゼル皇子とはまた違ったタイプの、女性の様に美しい男性。
つい先日会ったばかりの……アレ? 名前はなんだっけ?
「アンディさん」
「誰がアンディよ。アーシェス」
そうだ。アーシェスさんだった。
頭文字しか合っていない莉奈に、アーシェスは苦笑していた。イイ加減にも程がある。
「お久しぶりです。えっと?」
フェリクス王が呼んだのは彼が来たからだろう。
だけど、アーシェスの隣にいるお爺さんは知らない。
歳はたぶん、60過ぎ。背丈は莉奈より少し高いくらいか。だが、歳の割に筋肉質で、フェリクス王顔負けの目付きの悪い爺さんだ。
「あぁ、師匠のーー」
「お前が、コイツに包丁なんぞ造らせた娘か」
不機嫌そうな声がアーシェスの言葉を遮り、爺さんがソファに座ったまま莉奈を睨みつけた。
「お初にお目に掛かります。リナと申します」
例の師匠かと理解した莉奈は、カーテシーではなくお辞儀で挨拶をした。
貴族には見えないし、カーテシーが逆に嫌味になる様な気がしたからだ。
「フン、不細工な小童めが。武器職人に包丁なんぞ造らせおってからに」
完全不機嫌丸出しのお爺さんだった。
ーーブサイクなこわっぱ。
そんなあからさまな言葉(悪口)を言われるのが久々だった莉奈は、憤りを感じ……たりはしなかった。
むしろ、真っ向からの悪意に感動さえしていた。
「何がオカシイ」
笑みさえも溢していた莉奈に、逆に怪訝な目を向けた爺さん。反論の一つでも返ってくると思っていた様だ。
「馬鹿でデブ。醜女で不細工。チビでブタ。どうぞお好きな様にお呼び下さい」
莉奈は満面の笑みを浮かべた。
陰では言われていたのかもしれないが、この世界に来てからは明確な悪意はなかった。
日本では、聞こえる様に言う陰口は当たり前。デブだなんだと好き勝手に言われていた。
家族が事故で亡くなっているのを、知らない人達の悪意ある言葉。知っている人達の憐憫の目。すべてが辛く反論する気力も湧かなかった。
だから、日本では黙ってやり過ごしていたのだ。
だが今は、優しい皆のお陰で元気を取り戻せた。
そのおかげで、久しぶりの悪意が妙に懐かしく、新鮮で笑えたのである。
召喚されてすぐ、エギエディルス皇子が言ってきたあの"デブ" と言う言葉。
目も逸さず真正面から、あの忌憚のない言葉をぶつけられ、思わず怒った莉奈も言いたい事を返せてスッキリと出来た。
良くも悪くも、鬱憤をぶつけた形となったのだ。
たぶん、あのやり取りがなかったら、今も鬱として腐っていただろう。エギエディルス皇子様々である。
「アーシェス。この女。気持ちが悪いぞ」
あからさまな悪口に対し、ニコニコと返す莉奈。
爺さんは理解が出来ず、眉を寄せて不気味がっていた。
「師匠」
アーシェスは苦言を飲み込み、苦笑を返していた。
女性に対して言った暴言もそうだが、それを怒らない大人の対処をする莉奈。
これでは、どちらが "子供" なのかが分からない。
「あなたに頼まれた "包丁" を造って来たわよ」
アーシェスに勝手に付いて来た師匠に苦笑いしながら、包丁の入っている木箱を鞄から取り出した。
「やったぁ!!」
フェリクス王に、さっさと座れと促された莉奈は、アーシェスがテーブルの上に出した木の箱を見て、素直に喜んだ。
お礼を言って早速開けて見れば、綺麗な包丁が入っていた。
「両刃か」
莉奈は包丁を手に取り、刃を傾けて呟いた。
フェリクス王の対魔物用の刀が、スゴく綺麗だったため片刃を期待していたのだが、王宮の厨房にある様な両刃の包丁だった。
「小童、なんだって!?」
「あ、なんでもないです。スミマセン」
呟きが聞こえていたのか、アーシェスの師匠がギロリと莉奈を睨んだのだ。
そうだよね。造って貰っといて文句は失礼だった。
「スミマセンはイイ。今オメェはなんて言ったよ?」
「はい?」
「 "両刃" がどうとか言ってなかったと訊いとるんだ」
「え? あ、はい。言いましたけど」
怒っている訳ではない様だけど、睨まないでくれますかね? 怖いから。
「何故、そんな事を言ったんだ」
「何故?」
「そうだ」
「片刃の包丁だったらイイな〜なんて?」
ゴメンなさい、と莉奈は謝罪した。
勝手に期待した自分が悪いのだ。
そんな言葉を言うのは、造ってくれたアーシェスに失礼過ぎて申し訳がなかった。
「「片刃」」
アーシェスと師匠が顔を見合わせていた。
完全に素人だと思っていた莉奈の返答が、想定外の言葉だったらしい。
「包丁を片刃にしてなんになる?」
師匠が食い気味に訊いてきた。
剣同様に両刃の包丁しかないのか、片刃にする理由が分からない様だった。
「片刃だと薄く切る作業に向いているので、えっと、例えばこんな作業するのに?」
と莉奈は魔法鞄から、碧空の君用に常備してある野菜や果物の盛り合わせを出した。
もちろん、これを作ったペティナイフは細工には向いているけど、野菜を切るには片刃の方がやり易い気がする。
大根を桂むきにしたり皮を剥く時は両刃より、片刃の方が断然薄くキレイに剥けると個人的には思う。
特に魚を捌いたり刺身にするなら片刃。両刃だと魚を下ろす時に骨に身が残り易いし、切り身が潰れずにキレイに切れるからね。
まぁ、自分はプロではないから、どっちでもイイんだけど。
「「「…………」」」
莉奈が出した物を見て、フェリクス王も含め全員目を見張っていた。
そう、莉奈が出したのは……葉や花に見立てた果物の盛り合わせだったからだ。
「なっ!?」
師匠、絶句である。




