317 以前の侍女達
そんな、王族達の団欒が終わり、しばらくすると侍女達の遅い夕食タイムが始まる。
それでも多少時間差はあるが、業務を終業した侍女達は、侍女専用の食堂に集まり夕食を食べていた。
そこにはもちろん、ラナ女官長やモニカもいる。
ラナ女官長やモニカは黙っていたが、他で見聞きした侍女達は、エギエディルス皇子の番のお祝いに、デコレーションケーキなる物が出たと聞き、ワクワクしていた。
「ハンバーグがない」
モニカは夕食を見て、残念そうにポソッと呟いた。
今朝方、ブラッドバッファローを討伐して来た話を聞いたから、夕食には出ると思って期待していたのだがない。
王族の夕食を見てしまった侍女達は、余計にガッカリしていたのだった。
「陛下達と同じ物を口に出来るだけ有難い事なのよ? 贅沢言わないの」
そんな侍女達に、ラナ女官長は呆れた様子で咎めた。
大体、王族と同じ物が出る方がオカシイのだ。
「でも、リナが来てくれたおかげで食事がスゴく美味しくなったわよね?」
「言えてる〜」
「リナ様々よねぇ?」
牛肉のハンバーグ代わりのチキンソテーを食べつつ、侍女がしみじみと言った。
魔物のせいか瘴気のせいか、食物は育ちにくい。しかも、家畜は魔物の恰好の餌となり、畜産農家は少ない。
歴代の皇帝達は食べ物に興味がなく、金を食費より軍部や自身の贅沢品に充てていたため、料理人達もただの作業でしかなく覇気はなかった。
庶民に至っては悪政に苦しんでいて、食事改革どころではなかった。
調味料や香辛料は今でこそ市民の口に入る物だが、フェリクス王が就くまでは、贅沢品として貴族達がすべて取り仕切っていたのだ。
他国も事情は様々だが、似たような状況の様である。
「白々しい。あんなにリナの事を嫌っていたクセに」
モニカが呆れた様に言った侍女達を睨んだ。
調子が良すぎて怒る気にもなれない。
「い、今は反省しているし、感謝してるもの」
「そうよ。あの時はつい」
「私達も考えなしだったのよ」
侍女達はバツの悪そうな顔をし、モゴモゴと歯切れが悪かった。
そう、今でこそ友人の様に侍女達と仲の良い莉奈だったが、莉奈がココに来た当初はすべての人間に快く迎え入れて貰えた訳ではない。
"異世界から飛ばされて来ただけで" 【碧月宮】に迎え入れられた莉奈に、敵意を向ける人間も少なからずいたのである。
王妃の座も狙って来た侍女達にとって、たかが平民の莉奈が、賓客として迎え入れられるなんて許せなかったのだ。
可哀想だと同情的に莉奈を迎え入れる人達がいる一方で、それを不満に思う人達もいた。
ーーそして、ある日。
抗議した者達がいたのも事実であった。
◇◇◇
「女官長様。お話があります」
王達に直接言えない者達は、ラナ女官長から抗議して貰おうと部屋を訪れたのだ。
「あのリナとかいう娘は、何故あそこまで優遇されているのかが納得出来ません」
「貴族でもないし、他国からの賓客でもない」
「挙句、王族達に無礼を働いていますわ」
態度までが横柄で気に入らないと、侍女達は不平だと言っていたのだ。
「では、あなた達は身分を剥奪した上、バラバラに国外追放させろと、陛下に奏上致します」
「「「は?」」」
「もちろん、身内や知り合いに助けを求める事は一切許可しません」
「な、何をおっしゃって!?」
「いくら女官長の身分があるとはいえ、横暴ですわ!!」
「抗議します!!」
ラナ女官長の身勝手な言い分に、侍女達は激怒していた。
そんな事を言う権利も、決定権もないハズだと。
「リナの境遇とはそれと同様、あるいはそれ以上なのですよ」
「「「…………え?」」」
「確かに王族の対応には幾らか不平不満はあるでしょう。しかし、その対応に彼女は関係ありません。どうして優しくしてあげられないのです?」
「「「…………」」」
「彼女は、習慣も感覚も全く違った世界に何の前触れもなく飛ばされて来ました。親や兄弟、友人や知人、そのすべてを突然奪われココにいるのですよ? なのに、さっさとココから追い出せと? 今は気丈に堪えていますが、あなた達にも冷たくあしらわれたら……心が壊れるか、死を選ぶかもとは思わないのですか?」
「「「……っ」」」
ラナ女官長にそう冷たく言われ、侍女達は目が覚めた様だった。
賓客として扱われる莉奈に憤りを感じ、勝手に怒りをぶつけていた。
だが、ラナ女官長に言われ、今更ながらやっと莉奈の境遇を理解したのだ。
彼女は、見知った人達も庇護もない異世界に飛ばされて来た。泣き叫ぶ事も文句を周りに言う事も一切なかったために、それがどんなに辛い事なのか考えた事もなかった。
だから、どっかポッと湧いて出てきた様な莉奈を、何故貴族である私達が、世話などしてやらなければならないのかと不満があったのだ。
ラナ女官長に言われ考えてみれば、莉奈の境遇はとてつもなく不遇な状況だ。
莉奈が明るくて、歯に衣着せぬ物のイイ様で接するから、つい文句を言いたくなっていた。だが、今まで自分達がしてきた事は、傷口に塩を塗る様な非情な行為だったのでは? と感じ、侍女達は何も言えなくなってしまったのである。
同情であれ寛容であれ、莉奈がする言動を王族達が罰せずに黙認しているのに、自分達が横柄で無礼だと文句を言うそれ自体が本来ならあってはならない事。
「すべてを奪われた彼女に、ほんの少しだけで良いのです。優しくしてあげてくれますね?」
ラナ女官長にそう改めて言われれば、侍女達は黙って頷くしかなかったのであった。
ーーだが、それで素直に納得する者達だけではないのが現実だった。
フェリクス王自身には体が震えて抗議出来ないとしても、宰相であるシュゼル皇子になら言える。
そう思い、数名の侍女達はシュゼル皇子に異議を唱えた。
シュゼル皇子は皆の話を最後まで表情一つ変えずに、優しく微笑んで聞いていた。
その微笑みがどんな意味を持つか知らず、侍女達は溜まっていた鬱憤を、つい口に出してしまっていた。
すべての話を聞き終わると、シュゼル皇子は笑みを深めた。
「あなた方の話は良く分かりました」
「「「では!!」」」
改善して貰えるのですね? と口を開き掛けた瞬間ーー
ーー彼女達の足元に、ドス黒い空間が生まれた。
「「「キャーーーーッ!!」」」
ズズッとゆっくりと何処かに吸い込まれる恐怖に身体が硬直し、叫びを上げる事しか出来なかった。
しかし、彼女達は誰も吸い込まれず何も危害もなく、無事だった。黒い空間も気付けば消えていて、只々侍女達は怯え腰を抜かしてしまっただけだった。
何故、シュゼル皇子がこの様な所業を自分達にするのかが理解出来ず、彼が言葉を放つまでカタカタと震え怯えていた。
「怖かったですか?」
腰を抜かした侍女達を上から一瞬蔑む様に見て、シュゼル皇子はニコリと微笑んだ。
「あ、当たり前です! 何故この様なーー」
「リナも怖かったでしょう」
「「「は?」」」
あまりの突然な出来事に、侍女達は淑女らしからぬ言葉を漏らしていた。
「今起きた事は、先日リナ自身に実際起きた事です」
「「「…………」」」
「その身をもって何を感じましたか?」
そうシュゼル皇子に言われ、侍女達は顔を青褪め押し黙っていた。
何も感じなかった訳ではない。恐怖しかなかった。
「で、ですが!!」
気の強い侍女の一人が恐れずに声を上げた。
それはそれだと言いたかったのだ。
「異世界から飛ばされて運が悪かったですね。しかし、安心して下さい。下女として雇ってあげましょう、とでも言えば良かったですか?」
「…………い、いえ」
「では、飛ばされて来たのは私達には関係のない事。そう言って王城から放り出せば満足でした?」
「「「…………」」」
「あなた達が彼女だとして、それは絶望でしかないのではありませんか? 不安と恐怖を感じている彼女に対し、ココから追い出す様な非情な行為を私達にして欲しい? そんな非情で残忍な王族をあなた方はお望みだと?」
「「「…………ち、違っ」」」
いつもニコニコとして何事にも寛容なシュゼル皇子が怒っていると、侍女達は震え上がっていた。
優しいシュゼル皇子なら自分達の意見や願いを、聞いてくれると勘違いしていた。
彼は優しいだけではないと、今更ながらに身をもって知る事になってしまったのである。
「私はあなた達に、彼女を賓客として扱えとは言ってはいません。異世界から来て心細いでしょうから、年の近いあなた達に支えてあげて欲しいとお願いしているのです」
優しい口調に優しい笑顔でそう言われても、侍女達は身体が震えて顔も上げられなかった。
「確かに、彼女は口は悪いですし豪胆……ですが横暴で傲慢な娘ではありません。現に、彼女はあなた達に無礼な所業を働いていますか? 紅茶を淹れれば礼を言い、身の回りの世話は自分で出来る限りは行っていると。その行為は爵位を持った令嬢より、遥かに身の程を弁えているとは思いませんか?」
シュゼル皇子の言葉は、侍女達の心に跳ね返り刺さっていた。
言われてみれば、紅茶を淹れられても当然だと、礼など言わないのが貴族社会では当たり前。だが、彼女は差別はしない。
手を貸せば誰にでもお礼は言うし、逆に手伝ってくれる事もある。
そして何より、王族と云う絶大な庇護があるのに、全くそれを鼻にかけたり、笠に着たりしない。むしろ嫌がって見せていた。
なのに自分達がした事と言えば、立場を利用した行為だった。
それを一番嫌うのが、現王族達だったのを失念していた。
前皇帝が立場を悪用して、悪政圧政の限りを尽くしていたのをフェリクス王達が粛正や粛清をした。そして、それと変わらない言動をしていた貴族達をも、王城から追放して終わらせたのだ。
なのに今、自分達のやっている事はその貴族達と、なんら変わりがないのではと愕然としていたのだ。
「彼女もまだまだ、不安で分からない新参者です。あなた達が温かく優しく見守ってくれれば、私も嬉しく思います。よろしくお願いしますね? ステラ、メリー、ローズ」
震えて立ち上がれない侍女達の前に、自ら屈んで優しく諭す様にお願いしてきたシュゼル皇子は、いつもよりも更に優しく微笑んでいた。
「「「は……い」」」
ポンポンと1人1人の頭をフワリと叩いて笑ったシュゼル皇子に、侍女達は惚けていた。
自分の名前を覚えていてくれた、とか。自分に笑顔を向けてくれた、とか。頭を撫でてくれた、とか。
気分は舞い上がり今度は恐怖ではなく、シュゼル皇子の微笑みに腰を抜かしていた侍女達だった。
◇◇◇
「あの時は、ほら。陛下か殿下の婚約者に選ばれたのかと思ってたし」
「どこの人かも分からない子に、陛下達が取られると……ねぇ?」
「そうそう。今はホラ、違うと分かったし、大体あの時はリナが異世界から来た怖さを知らなかったから……つい」
侍女達は過去を思い出しつつ、言い訳をしていた。
あの時は仕方がなかったのだと。
今は完全にわだかまりもなく、莉奈と仲良くしている。なんなら、ここにいる誰かとフェリクス王兄弟が結婚するくらいなら、莉奈とくっつけばイイのにとさえ思っていた。
まぁ、もちろんしっかりと妃教育をするならだけど。
「ふんっ、調子がイイんだから」
モニカはそんな事を言っている仲間達を、鼻であしらっていた。
「ちょっと、モニカ! シレッと余りのケーキまで貰おうとしないでよ!!」
ブラックベリーのケーキはホールで渡されていた。
1カットではなく、ホールで渡されれば人数分ピッタリ分けられる訳などなく、3ピース余っていたのだ。
それをモニカがシレッと、話しながら自分の皿に取り分けていたのだから、侍女達は当然文句を言う。
「リナを虐めていた人達に、リナの作ったモノを食べる権利はないでしょ?」
「虐めてなんかないわよ!! 人聞きが悪い」
「陰でちょっと文句を言っていただけじゃない」
「そうよ! 本人には言ってないわ」
「大体、あなたはいつも何かしら貰っているでしょ!?」
モニカが自分が貰うのは正当な権利があると主張すれば、皆もそれぞれの主張をしていた。
「あら、それはリナ付きの侍女の特権じゃない?」
「は? いつまで特権使ってんのよ。イイ加減替わりなさいよ」
「「「そうよ、そうよ!!」」」
モニカがさらに主張をすれば、いつまでも特権なんてズルイと皆から反論が上がった。
「リナを虐めていた人達とは、替わらないわよ」
「「「イジメてないわよ!!」」」
「陰口も立派なイジメですぅ〜」
「「「なんですってぇ!?」」」
ケーキが余分に余ったがために、くだらない言い争いが始まっていた。
モニカVS他の侍女達。
ラナ女官長は、そんな部下兼仲間達を呆れた様子で見ていた。
止めようものなら、余計な火の粉が飛んできそうだと。
「はぁ、甘くてふわふわで美味しい」
激しいバトルを横目に、ラナ女官長はブラックベリーのショートケーキをまったりと味わっていたのであった。




