29 魅惑の鶏コンソメスープ
やっと……やっと……完成です。
でも、まだスープのみ。
具が入ってない……。
「お前……おせぇし!」
「……エド、実はヒマでしょう?」
図書館で、本を読んだり庭を歩いたりと時間を潰して、厨房に来てみるとエギエディルス皇子がそこにいた。
「じゃねぇよ!……って3時間後って言ってただろ?」
いつから、待ってたのかは知らないが、立たせて待たせるのも……と誰かが思ったのか、扉の脇にイスやテーブルがある。
紅茶を飲みつつ足を組み、優雅に待っていた様だ。
誰だよ、イスとか持って来たの……。
隣に食堂あるんだし、勝手に待たしとけばイイのに。
……ってダメか……皇子だし。
「3、4時間……大体なんで待ってるかな? ゴミが気になるの?」
呆れ顔の莉奈。散々 "ゴミゴミ" 言っといて、すごい気にしてるからだ。
「お前が、アレからスープが出来るってほざいたんだろ? 見届ける義務がある」
とソレっぽい、言い訳をしている。素直に興味があるって言えばいいのに。
まったく、そんな義務いつ発生したんだか……。
「そんな義務が、ありましたか……それはとんだ失礼をエグゼブティブ皇子」
莉奈は、素直になれないエギエディルス皇子を、可愛いなと思いつつ頭を下げた。
「お前……マジで牢屋に入れるぞ?」
相変わらずの莉奈に、笑いながら冗談半分で言う。
扉越しで、そんな会話を耳にしていた料理人達は、冷や汗ものだった。二人がどういう関係かもよく分からない上に、やり取りが危うさを秘めているからだ。
エギエディルス皇子が本気になれば、莉奈とて牢獄行きは免れないのだ。
「……失礼します……」
ノックを一応して入った莉奈に、いつもの二人が目につく。
「……モニカまでいるし……二人共、仕事サボり?」
「「違うわよ!!」」
見事にハモって否定した。
「なら、どうしたのよ?……夕食には、まだ早くない?」
なんだったらオヤツタイム的な時間だ。
「リナが、なんかしてるって言うから……」
とモゴモゴ言いながらラナ女官長をチラリと見たモニカ。
「休憩時間なのよ。業務はしっかり終わらせてるから!」
サボりと思われたくはないのか、強めに言った。
「……さいですか……」
と莉奈は笑った。言い訳が面白かったのだ。
結局、みんな興味津々なのね。
「あっ、イイ感じに出来てる」
厨房に入り、ずっと弱火で煮ておいた鍋を見た莉奈。
しっかりアクを、取っておいてくれた様で、澄んだ琥珀色をしている。
良かった……。久しぶりに作る物だから、失敗してたらどうしようかと思っていた。
だって、あれだけ注目されて失敗してたら最悪だ。
「んじゃ……味見」
莉奈は、棚にあった小皿を取ると、お玉で鶏コンソメを少しよそった。見た目、香りは完璧。後は味だ。
「……うん、上出来」
味付けこそまだだが、鶏コンソメスープの味がちゃんとする。
「……はい、味見」
2つ程小皿によそうと、ラナ女官長 モニカにそれを渡す。
「「…………えっ?」」
自分達に、そんな大役が回ってくると、思わなかったのかビックリしている。
「鶏肉嫌い?」
鶏嫌いなら、この鶏コンソメはツラいかも……と訊いてみた。
「嫌いじゃ……」
「むしろ……好きっていうか……」
ラナ女官長 モニカが、ポソポソ言う。
要は、自分が毒見的な役目はイヤだと言う事か。
「んじゃ……リックさん、代わりにどうぞ?」
莉奈は、クルリと身を翻して反対側にいた、料理長に差し出してみる。
これでダメなら、もうしらん。
別にイヤイヤ食べて欲しくはない。
「……では……」
料理長は、少しだけ躊躇いを見せたが、小皿を受け取りゴクリと飲んだ。
「…………っ!」
どうですか?なんて訊く必要はないみたいだ。
一口入れた瞬間、目をカッ開いて固まったからだ。
「…………っ」
飲み干してもなお、小皿を名残惜しそうに見ている。
よしよし、美味しいみたいだな……。
莉奈は、料理長の表情で出来を納得すると、鍋からもう用のなくなった鶏の骨や野菜をボールに捨て始める。
これから、仕上げなければならないからだ。
「……ねぇ……?ちょっと…? なんで黙ってるのよ! なんか、感想は!?」
料理長が、いつまでも小皿を見て呆けているので、奥さんであるラナ女官長がシビレを切らして詰め寄った。
「……えっ……? あぁ……」
「あぁ、じゃなくてどうなのよ!」
我に返ってもなお、どこか呆けている料理長にさらに詰め寄った。
「訊くより、飲んでみたら?」
さっきよそった小皿を、温かいのに入れ直しラナ女官長に渡す。
「えっ……?」
「だって、飲んだ方が早いでしょ?」
どのみち、美味しいと言ってくれたらくれたで"くれ"と言うに決まっている。
「あのっ……!!」
と復活したリック料理長が、申し訳なさげに……そして期待を込め両手を添えて小皿を差し出してきた。
ん? おかわりって事かな……?
そう理解した莉奈は、お玉でもう一口分入れてあげる。
「ありがとうございます!!」
仰々しいくらいに頭を下げる料理長。
その行動を見た、ラナ女官長はスープの入った小皿を口に運んだ。旦那のいつにない嬉々とした声に何かを感じ取った様だ。
「…………っ!!」
ゴクリと飲んだラナ女官長も、初めて飲む鶏コンソメスープに目をカッ開いて固まった。
ラナさん……?
目から、ビームでも出そうで怖いよ? そのカオ……。
「……オイ?」
いい加減二人が二人共、何も言わずに舐める様に飲む姿に、エギエディルス皇子は眉宇を寄せている。不審がってるとも言えるが。
「……はい、エド」
ウンともスンとも言わず、恍惚として固まる夫婦に苦笑いしつつ、エギエディルス皇子にも小皿を渡す。
「あ゛?……あぁ………」
小皿を素直に受け取り、皆が注目するなかエギエディルス皇子もそれを一口飲む。
「……っ!……う……まっ!!」
リック夫妻と違い、エギエディルス皇子は感じた事を素直に声に出した。
その瞬間、ざわめきと喉を鳴らす音が、どこからともなくし始めた。自分達よりも舌の肥えた皇子が "旨い" と声を上げたのだ、美味しいに決まっている……と確信したらしい。
「リナ! リナ!」
私にもくれとモニカが、催促する。
だから、さっき味見をあげた時、素直にしとけば良かったのに。
莉奈は、呆れつつそれを横目に作業を続けた。モニカにあげれば、他の人にもあげなければいけなくなる。
結果的に全員で味見なんかしたら、量が半端なく減る。
「ちょっと~~」
モニカは、莉奈の袖をツンツンと引っ張る。
「はいはい。もうすぐ美味しいスープが出来るから、待ってましょうね?」
「えーーーーーーーーっ!!」
と長い長いモニカの落胆する声が厨房に響き渡った。
だから、さっき素直に味見すれば良かったのに……。
莉奈は、笑いつつ……皆の熱い期待を込めた視線を、背中にヒシヒシ感じながら仕上げに取り掛かるのであった。




