270 ゲイリー
ヴァルタール王国の首都【リヨン】
王城の南側、山肌に広がる城下町。王都と呼ばれている。
レンガ造りの街並み。人の行き交う整備された街道。夜にはきらびやかに街を照らすだろう街灯。
莉奈の知っているヨーロッパの街並みが、目の前にあった。
「ほぇ~」
莉奈はアホみたいに、口が開いたままになっていた。
小学、中学校の修学旅行は国内。高校に至ってはここに召喚されたから、行ってない。
なにコレ。修学旅行みたいで超楽しいんですけど!?
莉奈はウキウキだった。胸が高鳴るのをどうにも抑えられない。
アッチの世界の、修学旅行の積み立て金がどうなったのか、この期に及んで気になったのはご愛嬌だ。
目の前に広がる城下町に、莉奈は心を奪われていた。
―――今から、約10分程前。
フェリクス王が屋敷に戻って来るなり、莉奈を見て呆れ顔をしていた。
モグモグと何かを食べていただけでなく、小一時間前に初めて会ったばかりのガーネット邸の皆と、仲良くしていたからだろう。
ガタガタと顔面蒼白で膝を折るジュリア達をよそに、王は人差し指をチョイチョイとした。莉奈を呼んでいるのだろう。
「じゃあ。いってきますね~」
残りのマフィンを口に頬張ると、莉奈はパタパタと王の元に向かった。
ビクトール侯爵に借りた馬車に揺られる事、約5分。
ガーネット邸の門扉が開かれ、街に出たのである。馬車は門扉まで、今は降りて街並みを見ていた。
そういえば、今の季節は夏と聞いていたが、日本の夏ほど暑くは感じられない。
街にも木々がたくさんあるし、街のすぐ外側には森が広がっている。そのおかげか、熱風というほどの暑さはない。
カラッとした暑さ。ねっとりとした湿気が、肌にまとわりつかない。日陰に入ればそこそこ涼しい。
「口に虫が入るぞ?」
ポカンと開けたままの莉奈を見て、フェリクス王は笑っていた。
仮にも王宮に住んでいる莉奈が、今さらこんな事で驚くとは思わなかったのだ。瞳を子供の様にキラキラさせている彼女には、フェリクス王もついつい頭に手が伸びていた。
「陛――ブフッ」
陛下と呼ぼうとして、莉奈は大きな手で口を塞がれた。
「街でそう呼ぶとかアホか」
フェリクス王が小さく笑っていた。
「なら、ナンて呼べばイイんですか?」
確かに人が行き交う街中で "陛下" はマズイよね?
定番だと偽名だけど。
「 "フェリクス" と呼べ」
フェリクス王は腰を曲げると、莉奈の耳にそう言ってニヤリと笑った。
―――ボン。
その瞬間、莉奈の顔は真っ赤に染まった。
フェリクス王の声が耳に掛かった事はもちろんだが "フェリクス" と呼べと言われ、何故か無性に顔が火照ったのである。
「リナ」
呼んでみろと云わんばかりに、フェリクス王は口端を上げてみせた。
いつも飄々としている莉奈の表情の変化が、面白くてからかいたくて仕方がなかった。
「な……」
「な?」
「名前だってバレるでしょう!?」
名前で呼べば、市民に王だとバレるのではと反論してみる。
「バレねぇよ。この国じゃあ "フェリクス" なんて良くある名前だしな」
弟のエギエディルスならまだしも……と返ってきた。
「……」
「ほら。呼んでみろ?」
ホレホレと王は莉奈の顔を面白そうに見て、促していた。
このヤロウ。楽しんでるな!!
莉奈は睨んで見たものの、楽しそうな王に撃沈。
言わなければ話が前に進まないどころか、観光もさせない気らしい。
「ゲイリー! そうだ陛……あなたは今からゲイリーだ!!」
莉奈は指を差し、そう勝手に決め付けた。
"フェリクス" なんて恥ずかしくて呼べるか―――っ!!
「あ゛ぁ? どこからゲイリーがきた?」
片眉を上げ不納得な王。
フェリクスでイイと言っているのに、ナゼ偽名。そしてナゼ、ゲイリー。
「ゲイリー顔だから!!」
深く追及しないで欲しいとばかりに、莉奈はそっぽを向いたのだった。




