265 これも愛
「陛下!!」
報せに行ってから10分も経たない内に、1人の男性が慌てた様子で走って来た。歳は60代くらいだろうか。
その男性を見て莉奈は思った。絶っっ対にゲオルグ師団長の父親だと。
ゲオルグを短髪にさせ、身長を低くして老けさせたらこの人の出来上がり……なくらい似ている。
「息災か?」
息を切らせてきたビクトール=ガーネット侯爵を見て、王は苦笑していた。
「息災も息災。王城に比べたら暇過ぎですな」
ハハハと豪快に笑った。笑い方までゲオルグに似ている。
「なら、戻るか?」
「御冗談を。老害は大人しく引き込もっていますよ」
自身を老害扱いしたガーネット侯爵は、再び軽やかに笑った。
この話し方からして、以前は王の身近な重鎮の1人だったに違いない。しかも、ちゃんと分を弁えている。
本当の老害は自分を知らないし、自らを老害なんて決して揶揄出来ないと思う。
「お嬢さんがウワサの……良く来たね」
王に挨拶程度の会話をした後、ガーネット侯爵は莉奈に手を伸ばした。
「リナ=ノハラです」
カーテシーで挨拶しようと気構えていただけに、変な肩透かしを食らった。高貴な雰囲気はあるのだが、ゲオルグの父親なだけあって、スゴく気さくで話しやすい。
握手しつつ、手がデカイな……と妙な所で驚く莉奈だった。
「美味しいご飯を作る娘だ」
「からあげの娘だ」
ガーネット侯爵の後ろに控えていた者達が、にわかにザワめいた。名前を聞いて、莉奈が何者かが分かった様である。
"からあげ" の娘
莉奈は苦笑いが漏れた。
どこへ行っても、食べ物の娘として浸透しているらしい。私のウワサは食べ物以外にはないのか。それはそれで、なんかイヤだな。
「リナ嬢。ここを我が家だと思って、いつでも来るといい」
ガーネット侯爵はそう言って、高々と笑った。
「……」
リナ "嬢" 。そんな呼び方までソックリだよ。
ゲオルグもそうだけど、気さくを通り越して、ナゼ故にここまで親切にしてくれるのかが分からない。部外者は入るなって追い出したりする方が、普通ではないのかな?
「ビクトール。悪いが小1時間、コイツを預かってくれ」
フェリクス王は、莉奈の襟首をヒョイと掴んでビクトール侯爵に渡した。
ネコじゃないんだから掴むな!! と横で抗議する莉奈を無視して、2人は話を進める。
「御意に」
「武器屋!! 武器屋はどうした!!」
あれほど行きたいと言ったのに、完全に無視しサクサク決めるフェリクス王にさらに抗議をした。
フェリクス王は、そんな莉奈を見てニヤニヤと笑う。
「メンテナンスには時間が掛かる。後で連れて行ってやるから、大人しくしてろ」
ネコどころか、暴れ馬な莉奈が面白くドウドウと抑える。
「絶対ですよ!?」
噛みつかんばかりの莉奈に、フェリクス王は笑っていた。
仮にも女である莉奈が、武器防具の何がそんなにも、興味を惹いたのかが分からない。
分かった分かったと片手をヒラヒラとさせ、王は街に出るために、屋敷とは真逆の方に向かって行くのであった。
◇◇◇
フェリクス王が見えなくなると、ガーネット侯爵が邸宅へと案内してくれた。
一般市民の莉奈を、まるで賓客の様に迎え入れてくれるガーネット侯爵家の人々。
莉奈は頬がピクピクと、ひきつりまくっていた。
王の連れというだけでは説明が付かないくらい、ナゼ厚待遇なのか。裏が無さすぎるのも逆に怖い。
何十畳あるの? ってなくらい広い応接間に案内されて、フカフカのソファに座った莉奈。
紅茶の味なんて感じないくらい緊張……はしないけど、恐縮してしまう。
「オルちゃんは元気ですか?」
莉奈が紅茶を飲んで一息吐いていると、脇から女性が声を掛けてきた。
「オル……?」
誰だよソレ?
自分と背丈が同じくらいの可愛らしい女性が、にこやかに微笑んでいた。
「私のオルちゃん。ゲ・オ・ル・グ」
フフッと口に手を添え、上品そうに微笑む。
―――ブフッ。
オルちゃんって。
莉奈は思わず紅茶を吹き出すところだった。
「オル……ゲオルグさんは元気ですよ? 奥様によろしく……溢れんばかりの "愛" を届けてくれと言われました」
"オルちゃん" って呼ばれているんかい。
この人が奥さんだと気付いた莉奈は、笑わない様に気を付けつつ、ジュリアにゲオルグの大き過ぎる愛を伝えた。
「まぁ、嬉しい」
ポポッと頬を赤らめるジュリア。
その可愛らしい姿からは、ゲオルグを食べた様にはまったく見えない。
「浮気とか……してたりは?」
モジモジしながら、ジュリアはチラリと莉奈を見た。
「する訳がないと思いますよ?」
だって、ジュリアさんとかの話をするゲオルグさん、軽く引くくらいデレデレだもん。浮気なんて絶対にない。
「ならイイのだけど……万が一……万が一だけど、女性の影がチラついたりしたら……」
ジュリアが不安そうな表情をしながら、スカートをゆっくりとたくし上げた。
はい? 何してるのかな? 足はキレイだけど。
突如スカートをたくし上げたジュリアに眉をひそめつつ、スラリとした脚はキレイだな……と見惚れていると。
「これでプスリとヤっちゃって?」
太股に着けてあるガーターベルトからナイフを取り、莉奈に手渡そうとしてきた。
「へ?」
―――怖っ!!
こわいコワイ怖い恐い!!
ジュリアさん超コワイんですけど!?
なんでそんな所に、ナイフなんか隠し持ってるのかな!?
「いやいやいや……ゲオルグさん浮気なんかしませんって!!」
っていうか、プスリとヤっちゃって、って私がヤルんかい!!
「万が一……もあるから」
受け取れとばかりに、グイグイと超食い気味にナイフを押し付けるジュリア。
「万が一も二もないですって!!」
全身で拒否する莉奈。ヤダヤダ恐いよ、この人!!
ヤルにしても自分でヤって下さい!!
「 "三" がある」
そう言ったジュリアの目は、暗殺者の様だった。




