25 りんごとビンでパン酵母
扉越しに見た時も、かなり広いなとは思ったけど、中に入ると いよいよその広さに圧巻だ。
さすが、王宮。まさにそれに尽きる。
学校の教室2つ分はあるオープンキッチン。
ざっと見た感じだと、冷蔵庫、オーブン、なんでもありそう。
右側の壁に見える小窓は、隣り合わせにある食堂と繋がってる様だ。
たぶんだけど、宿舎にいない警備兵、警護兵とかはそこで受け取って食べるのだろう。食堂の広さは、体育館かそれより、少し小さいくらいかな。
「…………リナ……どうしたの?」
「……え?」
ふいに、かけられた声に驚く。
「……あれ?……ラナ?」
そこには、ラナ女官長がいた。いつも いない時は、何処で何をしているのか知らなかったが、まさかこんな所で会うと思わなかった。
「……逢い引き……?」
まだ昼前だ、厨房に食事を取りに来るには早いかな……と。
ーーーパコン
「……あたっ」
「……な訳ないでしょう!?」
ラナ女官長に、頭を叩かれた。
……ラナも容赦がなくなって来たな……。
これが、本来のラナなのかな……と思うと嬉しい。
「じゃあ、何してたの?」
「……リナ……いつも食事する時、微妙そうな表情してるから……私に何か出来ないかと思って……」
すいません……表情に出てましたか……。
「……ラナが気にする事ないのに」
莉奈は、その優しさに感謝する。
食生活、生活習慣なんて、その国その地域それぞれだ。仕方のない事だと思っていた。
「でも、私に出来る事なら何かしてあげたいと思うし……」
「……ありがとう」
皆には、異世界から "飛ばされて来た" 可哀想な少女って事になっている。政治的な関係でそうしてあるのだ。けして、誘拐隠蔽と言う訳ではない。
そのうち話す事もあるだろうと云うことで、今は割愛する。
ラナ女官長は喚ばれた事を知る数少ない人だ。
同情してくれているのだろう。それでも有り難い気遣いだ。
「……ところで、リナこそどうしたの?」
「ん?……あ~そうだ。りんごとりんごが丸っと入る、ビンちょうだい?」
思わぬ遭遇に、目的を忘れる所だった。
「……りんごとビン?……何するの?」
やっぱり、気になりますよね~。
「え~と……パン酵母?……パンを柔らかくする素? を作ろうかな…と」
説明が難しい。"天然酵母" なんて言っても分からないだろうし。
「……? パンを柔らかくする素?」
やっぱり分からないのか頭にハテナが見える。
「りんごでパンが、柔らかくなんてなんのかよ」
エギエディルス皇子も、胡散臭げに莉奈を見た。
「……わからん!!」
莉奈は、胸を張って言った。
確信的な自信はあったが、そう言われると正直わからない。
「………お前なぁ」
「だって、こっちで初めて作るんだもん、分かる訳がないでしょう?」
「「…………」」
さも当然の様に言った莉奈に、二人は黙った。
それもそうだ……と、思わずにはいられなかった。
「……ちなみに、りんごとビンを、どう使うか訊いても?」
この中で、一番偉いだろうと思われる男の料理人が、莉奈にりんごとビンを、渡しながら訊いてきた。
「……ありがとうございます。えっと……切ってビンに……」
莉奈は、りんごとビンを受け取りキョロキョロと包丁を探す。
「ナイフなら、ここに……」
何を探しているのか、察してくれた料理人の一人が教えてくれた。
莉奈は、その人にお礼を言うと、りんごをざっくり切り皮ごと八等分にしビンに入れる。
興味深げに見ている皆をよそに、水道らしき物を見つけ、りんごを入れたビンに水を3分の1程度入れた。
これで、準備完了だ。後は、上手く発酵して酵母が出来る事を祈るだけ。
……どうでもいいけど、水の魔石って凄い便利だなと……改めて思う。
触れれば蛇口から水が出るし、止めたければもう一度触れればいい。こういう物があるお陰で、自分の世界との不便さを感じない。
魔法が "電気" "ガス" "水道" すべてを賄えてる……凄い世界だ。
「……で? それ、どうすんだよ?」
まだ、胡散臭げにエギエディルス皇子は言う。
まぁ、そうだろう。自分でもそう思う。
皆もそう思っているのか、興味半分、胡散臭さ半分といった感じ。
「ん?……終わり」
「……は?」
「だから、終わり」
本当に、もうやる事はない。しいて言うなら、1日1回空気の入れ替え、軽く攪拌ぐらいかな?
とにかく、今はやる事はない。
「……お前、バカにしてるのか?」
半ば怒る様に言ってきた。
まぁ、知らない人間からみたら、そう思われても仕方がない。
「え? バカになんかしてないよ?」
だって、胡散臭いけど、このやり方であってるし。
「お前、ビンにりんごと水 突っ込んだだけだろう!?」
「そうだよ?」
「それが、なんでパンが柔らかくなる素なんだよ!!」
エギエディルス皇子は、さらに怒る。
皆もそう思っているのか、莉奈を胡散臭げに見ている。
「……しらん!!」
またも莉奈は、堂々と言い放った。
「………! お前なぁ」
さっきから、わからんしらんの一点張りでいい加減にしろと目が言っている。
「……エドだって、人類の誕生の訳を説明しろって言われたら出来ないでしょ!?」
莉奈はそう言い返した。世間では逆ギレともいう。
……うん……実に壮大だ。
だって、酵母だ細菌だって説明したって分からないだろうし、説明のしようがない。
莉奈自身も、なにがどうして発酵して、酵母なる物が出来るのか知らない。
リンゴの周りに、パンの酵母菌になる物か、酵母菌その物がついているのかもしらない。
「……よくわかんねぇけど……そういう次元の話って事なんだな?」
エギエディルス皇子は、それだけで理解してくれた様だ。
すごいなキミ……自分で言っといてだけど…私だったら、お前何をいってるんだって怒るか呆れるよ。
「そういうこと……まぁ、4、5日待ってくれるかな?」
発酵にはそのくらい掛かる。
そして……たぶん……出来る……ハズ。
「んなに、掛かるのかよ!!」
すぐに出来るとでも思っていたのかもしれない。
「……美味しい物は、時間が掛かるものなのよ」
と莉奈は苦笑いする。
ここまで、豪語したのだ。出来ませんでした……じゃ済まないだろうな……と、少し後悔した事はナイショにしておく。




