248 フェリクス兄弟の帰還
―――朝食後。
莉奈は【白竜宮】に来ていた。
これから魔竜討伐に向かうシュゼル皇子は……大丈夫だから心配はしていないけど。昨日、竜の棲み家に向かったエギエディルス皇子は心配しかなかった。
兄フェリクス王がいるとか、いないとかではない。気持ちの問題である。胸がソワソワして仕方がないのだ。
「おはようございます。シュゼル殿下」
フェリクス王達はまだ戻ってはいなかったが、これから入れ替わりで向かうシュゼル皇子がいたのだ。
「おはようございます……心配ですか?」
莉奈が、自分を気にして来た訳でない事くらい、お見通しである。
「少し」
魔竜討伐に向かう自分の、見送りではないのに、微塵も怒らないらしい。エギエディルス皇子だったら、きっとふて腐れそうだ。
シュゼル皇子と、番を見つけに行った弟皇子の話をしていると、近くにいた真珠姫がチラリと空を見た。
夜はすでに明け、朝もやがうっすらとかかる空。莉奈も視線を向けて見たものの、空には雲1つなかった。
「戻って来ましたね」
シュゼル皇子は、真珠姫と同様に何かの気配に気付いていた。
「……え?」
まったく何も感じないが、どこに見えるのかと空をキョロキョロ。
数分も経たないうちに竜の宿舎の方角、空高くに黒い竜の姿が見えてきた。だが、良く目を凝らすと……その少し後方に薄紫色の小さな何かが付いて飛んでいる。
「見つけた様ですよ」
真珠姫が目を細め、降りてくるのを優しそうに見守っていた。
すでに気配を感じた時、後方に続く何者かの存在も感じ取っていたに違いない。
「あっ!!」
近付くに連れ徐々に全貌が見えてくると、それが何か分かった。いや、もっと早くに気付くべきだった。
王や王竜がいて、魔物を連れて帰るなんてあり得ないのだ。
薄紫色の小さな何か……それは竜だった。
王竜が優雅に、バサリと広場に降り立てば、地面には小さな震動と砂煙が舞い上がる。地面が砂場だったら、砂嵐が起きるに違いない。
そして、それに続いて薄紫の竜がフワリと降りた……が、少しバランスを崩してトテリとよろけている。
超可愛い~~っ!!
「……ほぁ~っ」
莉奈はランランと瞳が煌めいていた。
薄紫色の竜が、可愛らし過ぎるからだ。身長は首を伸ばして2mくらいか。翼を広げても、軽トラック程の横幅があるかないか、くらいの小さな竜である。
まだまだ子供の幼い小竜など初めて見た莉奈は、興奮しかない。
「無事の御帰還。お待ちしておりました」
シュゼル皇子がにこやかに言えば、いつの間にかいた近衛師団長達が、一斉に両膝を落としフェリクス兄弟を迎えた。
「あたっ!」
「お前は……挨拶もねぇのかよ」
フェリクス王は、優雅にのんびり歩いて来ると、莉奈の頭をコツンと叩いた。
自分に見惚れる女は数多くいるが、ガン無視する女はかつてない。
本心はどうでもイイと思っていたが、挨拶くらいしろと叩かずにはいられなかった。叩けば叩くで今度は、自分の抱えている弟に視線を落とし、自分には目も合わせなかった。
ずっと小竜に見惚れていたと思えば、次は弟、ここまで自分に興味がない女は初めてである。
「あっ! これはこれは、大変失礼致しました。陛下の無事の御帰還、心よりお待ちしておりました」
莉奈は頭を叩かれたりガン見され、やっと気付いたのかハッと慌てて両膝を地につけた。
普通なら断罪ものだが、皆も慣れたものだった。以前なら恐怖で膝も震えていただろうが、今は違う。フェリクス王は莉奈には決して危害は加えない。
だから多少はヒヤヒヤするものの、一部の近衛師団長達からは小さく苦笑が漏れていた。
「あからさまな嘘をつくんじゃねぇ」
「イタッ」
恭しく言ったものの今更過ぎである。莉奈はもう1つペシリと頭を叩かれていた。
「陛下がいなくて、涙に明け暮れていました」
とさらにヨヨヨと嘘の涙を拭って見せれば
「ドコまでも白々しい。お前は黙って飯でも用意しろ」
フェリクス王は小さく笑って、地に膝を着いている莉奈の首根っこをむんずと掴み、ペイッとゲオルグ師団長に向かって放ったのである。
「なっ!? か弱き乙女を放り投げるなんて、あり得ない!!」
莉奈はフラりとしたが、ゲオルグに支えられつつ王に猛抗議。
ネコみたいに首根っこを掴むのもあり得ないが、放り投げるなどもってのほかだと。
フェリクス王に反論している莉奈に、皆はビクビクとしていた。いくら危害は加えないとしても、このやり取り自体が綱渡りの様で、怖くて仕方がないのだ。
立ち去ろうとしたフェリクス王は、莉奈の暴言に怒りもせず面白そうに振り返った。
「ほぉ? か弱き乙女? なら後で、胸の大きく開いた深紅のドレスを贈ってやる。着てこい」
「っ!? なら、陛下はパンイチで待っていて下さいね!!」
絶対にからかっていると確信した莉奈は、頬が真っ赤になりつつも、それはセクハラだとさらに猛反論する。
畏れもせずに王に反論してみせる莉奈に、皆は心臓がバクバクしつつも "パンイチ!?" と眉を寄せていた。
「……クックッ」
フェリクス王は背を向けながら、くつくつと肩を震わせ笑っていた。ドレスで来いと言う言葉に対して、パンツ一丁。
そんな反撃が返ってくるとは、微塵も思わなかった。なんなら、顔を赤らめモジモジするかと、勝手に想像していたのである。
予想の斜め上を行く莉奈の攻撃に、面白くて可笑しくて仕方がなかった。莉奈はそんな可愛らしい女ではなかったと、改めて思い出す。
「ドレスに対してパンイチ。割りに合わねぇにも程がある。酒も用意しとけ、じゃねぇと、しばらく石の床に寝かしてやるからな」
覚悟しとけよ? そうフェリクス王は、脅迫めいた台詞を放つと、指をパチンと鳴らし消えたのであった。




