242 アメリアとエギエディルス皇子
「リナ―――っ!!」
軍部の白竜宮に着くと、背後から嬉しそうな声と、走り寄る音が聞こえた。
エギエディルス皇子に気付き、慌てて深々と頭を下げた近衛師団兵のアメリアは、飛び付く様に莉奈に抱きついた。なんだか、ものスゴい興奮している。
「どうしたの? アメリア」
「私にも番が……番がついに出来たんだよ!!」
「本当に!?」
「本当だよ! 本当!!」
彼女は嬉しそうにそう言って、瞳いっぱいに涙を浮かべていた。
「おめでとう! アメリア!!」
莉奈は心から、お祝いの言葉を掛けた。
彼女がずっと持ちたかった竜なのだ。その念願だった竜、番を迎えられたのだ。こんな嬉しい事はない。
これで彼女も晴れて竜騎士団の一員である。
「ありがとう! ありがとう、リナ!!」
アメリアは莉奈を抱き締めたまま、嬉しさに震え泣いていた。
嬉しくて嬉しくて仕方がなかった様である。
「何色の竜なの?」
「黄色だよ。黄色!! 今思えば、あの子はずっと私を見ていたんだよ!! チラチラ良く目が合っていた気がするし。近くに寄っても怒らなかったし……あぁ……本っっっ当にリナのおかげだよぉぉ」
その時の歓喜が甦ったのか、アメリアはさらに強く莉奈を抱き締めるとワンワンと泣いていた。
莉奈は、苦しいなと思いつつも優しく背中を叩いてあげていた。竜の歓喜の唄を、聞きそびれたなと内心ガッカリしたのは内緒である。
「今はちょっと宿舎にはいないけど、絶対に紹介するから!!」
「うん」
「部屋はリナの竜とは違う宿舎で、今、部屋を頑張って飾ってるんだ」
「というと女の子?」
今、メスの竜は絶賛リノベーションブームだからね。オスなら飾ったりしないだろう。
「そうなんだ。スゴく可愛いんだよ。リナが言ってた鱗がジョリジョリって良く分かった!!」
アメリアは興奮した様に、次々と色んな事を話してくれた。どうやって番になったのか、念話を初めて聞いたとか、話をしたくて仕方がないみたいである。
そんな、子供の様に喜んでいるアメリアに、莉奈が苦笑いしていると、肩の隙間からふと目の端に小さな皇子が入った。
なんだか、下を向いてショボくれている。また先を越されたので、ショックを受けている様子である。
「それで、それで!!」
まだまだ、話したい事がたくさんあるアメリアには、そんな皇子の姿は視界にまったく入っていなかった。興奮覚めやらんとばかりに、莉奈にもっと聞いてくれと畳み掛けてくる。
しかし、アメリアには悪いけど、これ以上は今はムリだと莉奈は判断した。
「ごめん、アメリア。話なら後で聞くよ。シュゼル殿下に用があるし」
シュゼル皇子を理由に話を切り上げた莉奈。ポンポンとアメリアの腕を叩いて宥めた。
これ以上、アメリアの番の話をここでしていたら、エギエディルス皇子が泣きそうな気がする。
「……良かったな」
それでも一生懸命ポソリと、アメリアに祝いの言葉を掛ける皇子。
その健気な姿が可哀想過ぎて、莉奈は胸が痛くなってきた。アメリアには悪いけど、早急に退場してもらわなければ、彼はますますイジけてしまいそうだ。
一瞬、え? という顔をしたが莉奈がチラリと視線を動かしたので、やっとエギエディルス皇子の様子に気付いた。
「え。あっ、うん!! また後で!!」
まだ番を持てていない彼の前で、アメリアは無神経にはしゃいでしまった。自分本意の行動だったと、慌てていた。
だがここで、大袈裟に謝罪する方が無礼にあたると感じ「失礼しました」と軽く頭を下げ、彼女は逃げる様に走り去ったのであった。
◇◇◇
「エド。エドも絶対に番が見つかるから」
落ち込み始めたエギエディルス皇子を、莉奈は慰める様にそっと肩に手を置こうとすれば、パシリと叩かれてしまった。
「同情はいらねぇよ」
「同情じゃないよ」
最近気付いた事が1つある。エギエディルス皇子が来ると、竜達はチラリと見て、なんだか嬉しそうに目を細めている気がするのだ。
だから……エギエディルス皇子は、竜には絶対に好かれてはいる。後はキッカケだけな様な気がしてならなかった。
「エギエディルス。心配で見に来てくれたのですか?」
「番がいるヤツの、心配なんかしない」
弟がここに来た事に気付いたシュゼル皇子が、歩いてこちらに来た。今日明日にでも、魔竜討伐に向かわなければいけなくなった自分を、心配で来てくれたのではと思っていたのだ。
だが、エギエディルス皇子はふて腐れる様に、プイッとそっぽを向いた。
あちゃ~、これ……完全に拗ねている感じだ。
「あ~、えっと。アメリアに先を越されたので……その」
シュゼル皇子が自分に答えを求めたので、おそらくそうではないのかな? 莉奈は答えた。
「エディ。そんなに焦って番を見つける必要は―――」
「慰めかよ」
いよいよ、むくれてしまった。
同情されたと感じた様だ。こうなると番を持つ莉奈やシュゼル皇子がどうこう言った所で、ひねくれまくるに違いない。
「エディ」
兄のシュゼル皇子は、どうしたものかな……と小首を傾げていた。シュゼル皇子的には、焦って番を見つけなくてもいいと思っていた。なんなら、番など持たなくても構わないのだ。
だが、自分が持っていて、必要ないですよ? とは決して言えない。
うーんと悩んでいると、廊下の空気が一気にピリピリとしたモノに変わった。
「暇そうだな? シュゼル」
監視に来たのか、たまたま用があったのかは知らないが、国王陛下のお出ましだった。だから、空気が凍り付いたモノに変わったのだろう。
「明朝には向かいますよ」
別に遊んでいる訳ではない。すぐ向かえと言われたものの、緊急性はない。真珠姫の翼を休ませる時間は必要だと、手入れをしてあげたりしていたのだ。
「お前もシュゼルなんかに構っていると、碌な目に遭わねぇぞ?」
フェリクス王はそう言って、傍にいた莉奈の頭をクシャクシャと撫でた。
「時すでに遅しです」
いつもより優しく頭を撫で回す、フェリクス王の大きな手に莉奈はドキドキしていた。
犬がなんで頭を撫でられて喜ぶのかが、良く分かる。なんだか知らないが、心地良くて堪らない。
嬉しそうな表情こそ顔には出さないが、今 莉奈が犬だったのなら、絶対にシッポを振っていたに違いない。
「……で? お前は何を拗ねているんだ?」
そんな莉奈を見て小さく笑った後、次に弟の頭をグリグリと捏ねくり回したフェリクス王。
「……」
ものスゴく不機嫌なのか、3人に同情されてさらに不機嫌になったのか、頭に触れるフェリクス王の手を、ペシリと払った。
あまりない末弟のその行動に、王は怒る処かくつくつと笑っていた。分かりやすいくらいに、拗ねている弟が可愛くて仕方がないのかもしれない。
「ゲオルグ!」
フェリクス王は、ふて腐れて何処かに行こうとする弟の頭を掴み、近衛師団長のゲオルグの名を呼んだ。
「はっ!!」
何処にいたのか知らないが、素早くゲオルグが現れた。
「明朝まで、城を空ける。シュゼルがいるから問題はねぇだろうが、魔竜も現れている。警戒しとけ」
「御意に。して、どちらに?」
「竜穴に入らずんば竜児を得ず。コイツの番を探して来る」
フェリクス王は面白そうにそう言うと、エギエディルス皇子はギョッとして何か言い始めていた。だが、そんな騒ぐ弟をいとも簡単に、王は脇に抱えてしまった。
それでも尚、バタバタと抵抗する弟をガッチリとホールドし、俵みたいに脇に抱えたまま、竜の広場に向かっていた。
暴れる弟とは対照的に、フェリクス王は実に愉快そうな表情をしている。
どういうこと?
【虎穴に入らずんば虎児を得ず】って事?
えぇっ? 文字通り竜の棲んでいる所に行くって事!?
「お気を付けて」なんて、シュゼル皇子とゲオルグ師団長が頭を下げて見送っているけど……えぇェェ―――――っ!!?
「りゅ……竜の棲んでいる所に行くんですか!?」
莉奈が驚いていると、フェリクス王は自分の番を呼んで、鞍も着けずに裸の王竜に飛び乗っていた。エギエディルス皇子は、ここからは良く見えないけど、何かすでにグッタリしている。諦めの境地なのかもしれない。
「1番てっとり早いですからね」
シュゼル皇子は弟の事など心配していないのか、相変わらずほのほのとしていた。
てっとり早いって……竜の棲んでいる "ネグラ" って、人が立ち入れない場所、険しい崖にあるんじゃなかった?
フェリクス王が付いてはいるけど、エギエディルス皇子は大丈夫なのだろうか。
"可愛い子には旅をさせよ" って事?
どちらかと言うと……"獅子の子落とし" じゃないのかな?
フェリクス王に子供が生まれたら……アメに対してのムチがスゴそうだな……と、莉奈は1人でゾッとしていたのであった。




