238 嵐は去った
―――嵐は去った。
超絶不機嫌なフェリクス王も、執務室に戻られ……食堂には平穏が戻ったのだった。
食堂には、ガシャガシャと割れた窓ガラスを掃除する音が響いていた。ラナ女官長とモニカ達侍女数名が片付けているのだ。彼女達も仕事とはいえ、ある意味とばっちりである。
「お前がチョコレートとか言うから……」
掃除をしている侍女達を見ながら、エギエディルス皇子が呟いた。まさか、あの場面でああくるとは思わなかったのだ。
「だって……こういう色、チョコレート色とかキャラメル色って言うんだもん」
莉奈は口を尖らせブツブツ文句を言った。
自分だってあんな軽やかに、口から出るとは思わなかった。今は後悔しかない。
「チョコレートってこういう色なのかよ?」
エギエディルス皇子は、兄に貰った魔法鞄を莉奈に見せた。彼の選んだのはチョコレート色。
いわゆるブラウン、茶色だ。
「そうだね。カカオの量にもよるけど」
カカオの含有量にもよるが、概ね茶色である。
チョコレートの話なんかしたから、口が甘い物を欲し始めたよ。
「キャラメルは、リナの鞄みたいな色なの?」
侍女のモニカが、ガラスを片付けながら訊いた。
まだ貰えると決まった訳でもないのに、期待に満ちた瞳で見つめている。
莉奈が貰ったのは、キャメル。黄土色である。エギエディルス皇子に貰った魔法鞄ごと、とりあえず新しい鞄に入れておいた。
ちなみにだけど、シュゼル皇子がくれた果物は、莉奈の分以外は食糧庫に備蓄してある。砂糖や蜂蜜もたっぷり貰ったよ。
「う~ん。ミルクかビターにもよるけど……って作らないから」
ラナ女官長も含め、皆が一斉にキラッとした瞳で見てきたのだ。
「「「え~~っ」」」
途端に残念そうなガッカリした声が漏れた。
もれなく、隣からも小さく漏れていた。エギエディルス皇子も、なんだかガッカリした様子が見てとれる。
「エドも食べたかったの?」
莉奈は苦笑いしながら、エギエディルス皇子の頭をポンポンと優しく撫でた。ラナ女官長達は可愛くはないが、彼は可愛い。
「お前が、甘いモノの話をするから……口が甘さを求めてるんだよ」
「アハハ」
自分と同じ心境らしい皇子に、莉奈は笑ってしまった。
あれだけシュゼル皇子に説明していたのを、横で聞いていれば頭や口が甘味でいっぱいになるよね。
「そういえば。魔堕ちしたとはいえ、同族ともいえる竜を倒す事に、真珠姫達は抵抗ないの?」
莉奈は気になったので訊いてみた。
意志の疎通は出来ないが、魔竜は元同族であるのだ。人間同士だったら、絶対に抵抗がある。
「ない。そこは、人間と違って割りきってる。むしろ、楽しんでる処もある」
「楽し……あ~そう」
そうだった。竜は好戦的な性質だと、誰かが言っていたのを思い出した。魔物同士は共食いがあるとも、耳にした事がある。
共食いまではしないのだろうが、戦う分には気にならないのかもしれない。
「シュゼル殿下、すぐに竜を倒しに行くの?」
「いや。さすがにすぐは無理だろ。だけど、フェル兄怒らせてんし……明日には行くンじゃねぇか?」
さっきの今なのだから、さすがにシュゼル皇子もすぐには行動に起こさない。だが、訳の分からない事を言い出して、兄王を怒らせたのだ。今日中には無理でも、早急である必要がある。
機嫌を取り戻さないと、本気でお菓子が禁止になる事だろう。
「ふ~ん。ンじゃ……時間もあるし、殿下のためにキャラメルでも作って渡しますか」
莉奈は腰に手をあて、気合いを入れた。
カカオ豆を探すとは思ってはいたが、明朝から世界にと言うとは思わなかった。決断と行動の早さには感服するが "いってらっしゃい" なんて、誰が言うと思うのかな?
鉄拳と魔竜の討伐なんて、ものスゴい代償を払ったなと同情……はしないけど。
自分も食べたくなってきたし、可哀想な気がしなくもなかったので、作る事にした。
「!?」
その瞬間、エギエディルス皇子の瞳がキラッとした。
さっきは作らない的な事を言っていたのに、莉奈が作る気になったからだ。
「やっぱり、作るんだな!?」
「だって食べたいんでしょ?」
「うん!!」
ワクワクした皇子は、ものスゴく可愛い。
手間しかないけど、キャラメルなら簡単に出来るしイイかなと、考え直したのだ。
「「「やったぁ~っ!!」」」
ラナ女官長達やリック料理長達が、嬉しそうに声を上げた。
まぁ、砂糖はたっぷり貰ったし、ここにいる人達の分も作ってあげますか。
◇◇◇
「……」
厨房に入った莉奈は、皆と作業台を見比べ顔がピクリとひきつった。引いているともいう。
莉奈がお菓子を作ると聞いていたのだろう。作業台にはボウル、泡立て器、ヘラ、砂糖、卵、牛乳、小麦粉……何かを言う前に、必要だろうと想像した材料や道具が、ズラリと準備されていた。
リック料理長達は、満面の笑みで作業台に促す。「さぁ、どうぞ」と云わんばかりである。
「足りなきゃ言ってくれ」
リック料理長が、にこやかに言ってきた。
あげたとしても、奥さんのラナに取られちゃうんじゃないのかな?
「足りるよ。キャラメルの材料は少ないから」
そう言って莉奈は、キャラメルの材料を手に取り、皆にも分かりやすい様に並べた。
「材料は、バター、砂糖、生クリームの3つ」
「え? それだけ?」
マテウス副料理長がビックリした様に訊いてきた。
そんなに少ないとは思わなかったみたいだ。
「それだけ。生クリームがなかったら、代わりに牛乳でも大丈夫だよ。時間は掛かるけど」
「「「へぇ~」」」
驚きと感心と、色々と混じりあった声が聞こえた。
「卵は使わないんだな」
「そうだね」
リック料理長が、大きく頷きながら訊いた。
お菓子もそうだけど、莉奈が作る料理は卵を使う事が多い。だから、卵を使うと思っていたのだろう。でも今回は使わないから、少しだけ肩透かしの様な感じだったみたいだ。
「さてと。今回はシュゼル殿下に砂糖をたっぷり貰ったから、皆にもあげられる様に大量に作りたいと思います」
「「「よっしゃ~~っ!!」」」
莉奈が腰に手をあて、気合いを入れ直すと皆から歓声が沸いた。
お菓子に関しては難しいモノが多いから、すぐに皆には行き渡らない。それに何百人分を一遍に作ると、砂糖もあっという間になくなってしまうから、個数には限度があったしね。
今回は皆も確実に貰えると聞いて、歓喜に沸いていた。とはいえ、1人1個か2個しか行き渡らないと思うけど。
だって、千も2千も作れる訳ないんだし、どう考えても1人1個でしょう?
「でも、作るには手間ヒマが掛かる」
「体力と筋力が必要なんだな?」
リック料理長が、ウンウンと頷いていた。
メレンゲ作りで身に染みた。お菓子は、意外に体力を使うと。
「後は、根気、忍耐かな?」
「菓子作りって……大変なんだな」
エギエディルス皇子がため息混じりに呟いた。
莉奈に出会って、厨房に来る様になった。それまで、自分の食事がどうやって作られているのか、まったく知らなかったのだ。
だから、食事を作る事がこんなにも大変だとは、想像もしてこなかった。
「マジで大変だよ。だから、基本的に作りたくないのに……お兄ちゃん……カカオ見つけて来ると思う?」
見つけた日には地獄しかない。この世界にカカオ豆が存在しなければイイのに……と切実に願う莉奈だった。
「シュゼ兄が見つけると決めた以上、是が非でも見つけるだろうよ」
「……あ~そう」
断言したエギエディルス皇子に、莉奈は天を仰ぐ。
他国なら、移動手段が限られているからイイものの。あの方、竜がいるものね?
自家用機を持ってるのと一緒だよ。しかも強いから、魔物なんか出ても関係ないだろうし……。文字通りに、あっちこっちと飛んで行ける。もう、最悪だよ。
シュゼル殿下が、カカオ豆を見つけません様に……。
莉奈は、この世界にもいるだろう神様に祈るのだった。
いつも読みに来て下さりありがとうございます!
゜+.ヽ(≧▽≦)ノ.+゜
見て下さるのが、作者唯一の執筆糧となっております。




