236 招かれざる客
シュゼル皇子に捕まった莉奈を見ていた皆は、憐れみよりも苦笑いしか出なかった。
ハゲ散らかしてとか、チャコレート皇帝とか、言い訳がお粗末過ぎる。ここにいる誰もが信じない話を、宰相様が信じる訳がない。
「どんな甘味なのですか?」
莉奈という獲物を、完全にロックオンしたシュゼル皇子。
微笑みが彼女を逃す事はないだろう。今さら知りませんとは言えない。
「ど、どんなお菓子かというと……」
「いうと?」
莉奈が諦め説明をしようと、口を渋々開きかけた瞬間―――――
――――――ドス――――ン!!
と激しい地響きがした。その振動で一瞬だが身体が浮いた気がする。
何の音かは分からないが、食堂の外に何かが落ちた様な激しい音だった。隕石が落ちたとしたら、こんな音がするのかもしれない。
「シュ―――ゼ――――ル――――ッ」
落下したか降りたのか、外から何かの声が響いた。
そのモノが声を上げると、その声の微振動と風圧で食堂の窓ガラスがバリンと一斉に割れた。キレイに粉々である。
莉奈は突然起きた大惨事に、目も口もアングリさせていた。
エギエディルス皇子は莉奈の隣で、頬をひきつらせている。厨房にいた料理人達は、驚愕し恐怖で腰を抜かす者もいれば、白目を剥いて倒れた者もいる。
その割れた窓ガラスの隙間からは、見知った白い顔が覗いていたからだ。
――――真珠姫である。
いつもなら、降りる音などほとんどしないくらい、ふわりと優雅に降りて来る。だが、機嫌が超絶悪いのかお構い無しであった。
真珠姫の名の通り、白く綺麗なハズの鱗は胸元がドス黒く染まっている。以前、白竜宮で王竜とヤリ合おうとしていたみたいに、真っ黒なのだ。
誰が見ても顔も険しい。ガチギレしている様子である。
「真珠姫、ダメでしょう? あなたのせいで窓ガラスが粉々です」
その姿を見たシュゼル皇子はほのほのと、割れた窓ガラスから覗くガチギレ真珠姫に歩み寄る。自分の番が激怒していても、怖くはないのか表情1つ変えてはいなかった。
「5分で連れて来いと言ったハズ」
「モノには順序があるのですよ? おとなしく―――」
「何がおとなしくですか!! 小1時間は待っていましたよ!! なのに……っ! そこにいるではないですか!!」
真珠姫は、食堂の奥にいた莉奈を見つけた。
莉奈を見つけた彼女の目は、血走っていて怖い。獲物を標的にでもした様な瞳である。
「そこの娘! 人を喰らう娘! 早急にこちらに来るのです!!」
血走った目を向け、莉奈を呼びつける真珠姫。
……へ?
ナニ?……"人" を喰らう娘って……。
「お前……とうとう人喰いの称号まで」
エギエディルス皇子が、遠い目をしている。莉奈の称号にも、真珠姫の挙動にも引いていたのだ。
もはや、見境がないと言ってもイイ。生き物ならなんでも喰らう、化け物誕生の瞬間であった。
「恐ろしくて、泣きそうだよ」
莉奈は、騒ぎ立てる真珠姫を無視して空笑いしていた。
私がいつ人を喰らったよ。竜の前での失言から大分経ったが、沈静化どころか、日を追うごとに最悪である。
「人を喰いし娘。早急に来なさい!!」
人なんか喰うか――――っ!!
大体、首の回りの鱗を逆立て、胸を真っ黒にし……血走った目で睨む竜の眼前に、誰が行くと思うかな?
喰われそうで怖いんですけど?
あ~っ、そういえば私。元、竜を喰らう娘でしたっけ。
『真珠姫、うるさいと食べちゃうぞ~?』
アハハ……莉奈は渇いた笑いが漏れていた。
「真珠姫。リナは私との話が終わってから連れて行きますから」
シュゼル皇子が、真珠姫を宥める様に優しく諭す。
莉奈は天を仰いだ。どうやら、どちらからも逃げられないみたいだ。何コノ災害級なコンボ。精神がフルボッコだよ。
「あなたとの話など、後回しにしなさい!」
「真珠姫。ワガママは良くありませんよ?」
「黙りなさ―――」
―――パチン。
真珠姫が、まだ何かを言おうと口を開けた瞬間、静電気に似た小さな破裂音がした。
そして、何事か分からない内に、窓際にいた真珠姫がグラリと揺れ崩れる様に倒れた。
「……は?」
莉奈は、何が起きたのか分からずアホみたいに口を開けていた。
どういう状況なのかが、さっぱり理解出来ないのだ。
真珠姫の鼻先を、宥める様にシュゼル皇子が撫でていた気がするが……破裂音は何?
隣にいるエギエディルス皇子は、怖いくらい顔がひきつっていた。
―――ヨシ。逃げよう。
寒気しかしない莉奈は、ゆっくりと後退り咄嗟に逃げる事にした。
シュゼル皇子は、真珠姫に向いている。この隙に逃げるしかない。
「ごぼべっ!!」
莉奈は急いで逃げようと、出入り口に向かおうと翻した瞬間、何故か目の前にあった壁に、顔面を激しく打ち付けた。
そう……【壁】にだ。
はぁぁァァ――――っ!?
なんで、こんな所に壁があるのかな!?




