224 ラナ女官長の温かさ
―――そして、厨房も食堂も、静かになった。
後から、甘い甘い匂いに誘われた虫達は、ニコニコしながら食堂に集まり、真っ二つに割れたテーブルを見て絶句した。
――何が起きたのだ?
そして、近くにいる執事長に気付き、彼を怒らせたに違いない……と、勝手に納得し頬をヒクヒクとひきつらせていた。
「アレを私の所業だと思われるのは、至極心外なのですが?」
イベールが冷ややかに莉奈を見た。
後から来る皆が皆、割れたテーブルを見た途端にイベールを見て "あぁ" と妙に納得していたからだ。
「まぁまぁ。お詫びにクッキーでもどうぞ」
日頃の行いじゃない? とは言えない莉奈は、
魔法鞄から皿に載った2種類のクッキーを差し出した。
ちなみに、揉める原因になったクッキーは、すべて莉奈が持っている。収拾がつかないからだ。
メレンゲ作りに参加したリック料理長他4人には、ちゃんと後で渡すけど……。
王宮は食材が豊富にあるから基本的には、後々全員に行き渡る。だが、莉奈の作るモノは別格なのか、すぐ取り合いになってしまう。
特に、まだまだ砂糖は貴重なので、甘味は毎日は出ない。莉奈の作る数も限りがある。取り合い、奪い合いになりがちなのであった。
「……」
イベールはそれをチラリと見ると、無表情無言でそれを受け取り自分の魔法鞄にしまった。
この人、食べたくても下さいとは、性格上言わないだろうしね。
これで、テーブルの弁償もナシにしてくれたら、有り難いのだが……。
「お前……ナンなの?」
エギエディルス皇子が、割れたテーブルを唖然とした表情で見ていた。
テーブルを踵で割る女を初めて見たのだ。それも、目の前で。
嘘ではない、トリックもない。ノンフィクションだ。
「淑女の嗜み?」
「そんな淑女がいて堪るかよ!!」
ホホホ……と、口元を押さえて笑う莉奈に、皇子は呆れまくっていた。
どんな淑女が、嗜みの一貫としてテーブルなんかを割るのか。
しかも、蹴り割ってもケロッとしているのだから驚きである。普通なら割れないし、足を負傷するレベルだ。なのに、ふざける余裕さえあるのだから。
「何か、武道の心得が?」
近くで聞いていたイベールが、話に割って入ってきた。
目の前で見た限り、怒りに任せ思わず突発的にやってしまった様には見えなかった。それはそれは、見事な踵落としだったからだ。
素人ではなく、武道を習っている様に見えたのだ。
「ん~。少し?」
ウソである。ガッツリだ。なんだったら中学時代に、空手の試合で優勝した事もある。それなりに、格闘技の心得なんかもあったりした。
「少しというレベルでは、ない様に見えましたが?」
あの踵落としは、お遊び程度にかじったレベルには、到底見えなかった。イベールの目には、極めた様なフォームに見えたのだ。
「んじゃ、そこそこ?」
「……」
莉奈が言い換えたところで、イベールはますます不審の目で見るだけだった。1ミリも信じていないのだ。
「なんで、武道なんか習ってんだよ?」
不審より疑問を感じたエギエディルス皇子が、今度は訊いてきた。習ってなければ、あんな芸当は到底無理である。
初めて会った時のあの姿からは、まったく想像出来ない。
失礼しかないが、莉奈に武道や武術なんて真逆にしか思えないのだ。
「あ~。小さい頃、変質者に拐われかけて……お父さんが、習っとけって少し?」
空手と言っても、分からないかなと思った莉奈は言葉を濁した。
あまり覚えていないが、幼少期に拐われかけたらしい。それがきっかけで四六時中、自分が付いてはやれないと父が嘆き、空手やら合気道やら、とりあえず身を護れる様にと莉奈に習わせたのだ。
そして、元からハマり易い莉奈は、料理同様に空手にもハマりにハマって究めてしまった。
習うきっかけを軽く説明すると、いつの間にか近くに来ていたラナ女官長が、莉奈を優しく抱き締めていた。
「怖かったでしょうね……リナ」
同じ女として、子供を持つ親として、莉奈の怖さも母の気持ちも痛い程分かる。
最後には結局、自分の身は自分で、守らなければならないからだ。ラナ女官長は、母の代わりの様に慰める様に、優しく背中や頭を撫でていた。
……え? いやいやいやいや。
……そのリナが1番怖いんですけど!?
厨房にいるリック料理長達は、青ざめながら手を左右に振って否定していた。
頑丈なテーブルが真っ二つだ。そんな芸当をサラッとこなした彼女の方が怖いんですが? と。
誤字脱字の報告ありがとうございます‼
あまりにも恥ずかしくて、悶絶しながら直しております。
ア~(゜゜;)(。。;)ア~




