192 何故信じる?
先程まで旋回をしていた竜が、歓喜の唄を唄い終えると、ゆっくり1頭、また1頭と去っていってしまった。
「歓喜の唄……か」
莉奈はそんな様子を見ながら呟いた。
もう空には青空しか見えなかった。
だが、先程まで確かに竜は唄を唄っていた。あれは、竜が新たな番を見つけた "歓喜の唄" だとエギエディルス皇子が言っていた。
「掟を変えやがって」
フェリクス王は複雑そうに、笑いながら言った。
それは、怒っているのではなく、仕方がないといった感じであった。フェリクス王自身は、ひょっとしたら王竜と同じ考えだったのかもしれない。
「理不尽な掟なんて、ない方がいいんですよ?」
莉奈は笑った。
確かに、女性を労る、尊いと言ってくれるのは有り難い。
でも、それは王命や掟で縛るのではなく、乗せる竜自身に決めさせればいい。
「お前が証明しちまったしな」
莉奈の頭を、クシャクシャと撫で回していた。
竜が決めたのなら仕方がない。それを止める権利はない……と。
「アメリアも、これで番が持てる様になる―――え?」
竜を持ちたいと言っていたアメリアを、振り返って見れば……何故か片膝を折っていたのだった。
近くにフェリクス王がいるからか、と納得し莉奈は歩み寄る。
「毎日来てみれば、いつか見つかると思うよ?」
と腰を曲げてアメリアに伝えれば、遠くに立っていたハズの女性の近衛兵が、莉奈の前に走り寄って来た。
何故かフェリクス王達に向かってではなく、莉奈に一斉に片膝を折り曲げて頭を下げ始めたのだ。
「……へ? 陛下は向こうだよ?」
莉奈は間違っている女性達に、陛下はそっちだと手のひらを向けた。
「リナ。あなたに感謝する」
アメリアがそう言うと、皆も深々と頭を下げてお礼を言ってきた。莉奈には、何が何だかさっぱりであった。
「感謝って……え? 何に?」
「あなたのおかげで、私達にも "番" が持てる希望が生まれた。リナ……ありがとう」
アメリアだけでなく、ここにいるすべての女性の近衛師団兵達が、涙を浮かべていた。
もしかしたら……この事で同僚の男性に、からかわれたりしていたのかもしれない。
「感謝は、番が持ててからにしてよ。まだ希望でしょ?」
莉奈は苦笑いしていた。
希望が出来ただけで、確証出来た訳ではない。気まぐれな竜の事だから、なんとも言えない。
「ああ。だけど、礼を言いたいんだ。ありがとうリナ」
莉奈が希望を作ってくれた。それがただ、純粋に嬉しかったのだ。アメリア達は、涙を拭って笑っていた。
―――ツンツン。
「ん?」
アメリアとの、ある意味感動的な空気の中、莉奈の頭を突っつく何かがいた。横を見れば……自分の番だった。口の先で突っついていたみたいである。
「私にも……名を」
「は?」
「私に名を」
空色の竜は莉奈に、名を付けろと言っていた。
んん? 王竜はこの間言っていなかったか? 犬や猫ではないのだから、名などいらぬ……と。
「名前なんて付けられるの嫌じゃなかったの?」
莉奈は驚き目を丸くさせた。名を求めてくるなんて思いもしなかったのだ。想定外で頭が働かない。
「 "真珠姫" ……綺麗な名です」
空色の竜は、うっとりとしていた。
莉奈がシュゼル皇子の白い竜に付けた名が、大層気に入っていたらしい。だから、自分にも付けろと言っているみたいだ。
「はぁ」
莉奈は気のない返事を返していた。
そんな事を急に言われても、何も思い浮かばない。
「「…………」」
空色の竜は、キラキラとした期待を込めた眼差しで莉奈を見ていた。
莉奈は、何も思い付かない浮かばなかったので、ボケ~としていた。
―――ぐぅぅぅぅ~。
妙な沈黙の中、変な音が鳴り響いた。
……うっわ……マジかよ。超恥ずかしい。
それは、自分の腹の虫だった。
莉奈はものスゴく恥ずかしくなり、下を向いてお腹をさすった。
なんで、この静まり返った空気の中でお腹が鳴るかな?
―――ガサッ。
その瞬間、土か草の擦れる音がした。
音がした方向を見ると、空色の竜が驚愕し戦きジリジリと後ずさりし始めていた。
「……わ……私を……私を食べる気ですか!?」
莉奈の番は、莉奈の鳴らした腹の虫を自分を見て鳴らしたと、盛大に勘違いした様である。
「へ?」
この番は何を言ってるのかな?
そんな都合良く、腹の虫は鳴らないし、別に竜を見て美味しそうだと思った訳でもないんだけど……。
「わ……私を食べる気ですか!!」
「は? いやいやいや。竜なんか食べないし」
莉奈は慌てた様に、手を左右に振った。
え? なにコレ。何回、竜とこのやり取りするの?
コラコラ、何故後ずさる? 食べる訳ないでしょう!?
そもそも自分が選んだ番を信じろよ!!
莉奈が呆気にとられていると、背後から面白そうな声がした。
「喰われるぞ?」
フェリクス王が、空色の竜を見てニヤリと笑った。
「……っ!?」
このクソ王は、何を言うのかな!?
莉奈はフェリクス王を振り返り、思いっきり睨んだ。
だがそんな中、番はさらにズリズリと後ずさり……ゆっくり羽ばたき始めていた。どう考えてもその姿は……逃げる準備をしている様にしか見えない。
「はぁ? ちょっと~!?」
莉奈は慌てて自分の竜には弁解を、フェリクス王には猛抗議した。竜なんか食べる訳がないと。
必死に弁解していたものの、莉奈の番はトンと軽く地を蹴ると、バサバサと羽ばたき脱兎の如く、空に溶けて行ってしまった。
「…………」
……マジか。莉奈は唖然呆然である。
契約した数分後に番が逃げるとか……どういう状況だ。
―――くっくっくっ。
場の空気を乱す、くつくつと笑う声が響く。
睨んで見れば、フェリクス王その人であった。
―――こんの、クソ王!!
莉奈はさらに睨んだ。
あの空気の中、腹を鳴らした自分もどうかと思うけど……。
何も知らない竜をからかう、フェリクス王はもっとどうかしている。睨んだ処で、何も変わらないが睨まずにはいられなかったのだ。
しかし、王竜もフェリクス王も何が愉快なのか、同じ様にくつくつと笑っていた。
――叩きたい。
どっちの王の頭も、叩きた―――――っい!!




