188 竜喰らいの異名
意気込んで行ってはみたものの、広場にいる竜があまりいなかった。ここ以外にも自分の寝床がある上、本来気まぐれな性格。
気分に任せ、あっちに行ったりこっちに行ったりと、自由なのだ。
食事が用意されている時もあるので、食べに来る事もあるみたいだったが、こちらの寝床にさえも寄り付かない竜もいる。今日は特に少ない様だった。
ちなみにだが、緊急時には王竜か真珠姫の咆哮で呼び寄せるか、特殊な音がする【鳴り笛】という物を空に放って呼ぶらしい。
本来【鳴り笛】で呼んでも、番以外は来ない事もあるのだが、フェリクス王に代替わりした途端、余程の事がない限り竜は集まるとか……。
フェリクス王……コワイデスネ。
「……竜がいねぇ」
エギエディルス皇子が、ガッカリした様に項垂れた。
厳密に云えば、竜は10数頭はいるのだが……彼曰く、誰かの番か見知った竜以外いない様だ。
「お兄ちゃんはいるよ?」
莉奈は数十メートル離れた所にいる宰相様を見つけた。
先程別れたシュゼル皇子が、自分の番【真珠姫】の背中に鞍を着けていた。どうやら遠出するらしい。
なるほど……竜にも馬に着ける様な鞍を着けるのか。
莉奈は感心した様に大きく頷いていた。裸のままでは乗りづらいどころか落下するだろうしね。
「シュゼ兄なんかがいても、意味がない」
しょんぼりしていた。ヒドイ言われ様に莉奈は笑うしかない。
意味がないって……今は兄よりも竜にしか興味がないらしい。
「エディ」
弟のあまりの言い草が聞こえたのか、シュゼル皇子が困った様に笑っていた。
「お出……仕事ですか?」
お出掛けですか? と訊くのも変だなと感じた莉奈は、言い直した。
「この国の南にある、街の魔法壁が崩れたと報告が……ね?」
と意味深な微笑みを見せた。
静かに……静かにだが瞳の奥に怒りが見える。
「南ってフォールドか? あの壁ってシュゼ兄が――」
エギエディルス皇子が言いながら、何かに気付いたらしい。顔が険しくなった。
「魔石を盗ったバカがいるんだな?」
声が低くなった。兄の言葉ですべてを察した様だった。
魔物から人家に被害をもたらせない様、村や街の周りには囲む様に壁を造る。完全な人力だけでは限界もある上に時間も掛かる。だから、魔法によって手早く造る事が多いのだ。
その壁……兄シュゼルが造った魔法壁が、まだ数年しか経っていないのに崩れた。他の魔法使いが造った壁だとしたら、魔法が安定しないため数ヵ月や数年で、崩れる事もあり得る。
―――なのに崩れた。それは、埋め込まれてある魔石が盗まれた……という意味を持つに等しい。
魔法で造った壁は、魔石を埋め込まないと数週間も保たない。だから、街を守る魔法壁には必ず魔石を埋め込み、安定させるのだ。
定期的に魔力を注ぐ必要はあるものの、それで壁は何年何十年と保たれる。だが同時に、貴重な魔石は売れば金になる。
簡単には取りだせないとはいえ、取れない事もないので盗難も多々あるのだった。
「お灸を据えに行かなくてはなりません。陛下には伝えてありますが、しばらく留守にします」
「わかった。気を付けて」
エギエディルス皇子がそう言うと、シュゼル皇子は弟の頭を優しく撫で、後は任せましたよ……と微笑んだ。
「あっ……リナ」
真珠姫の背に華麗に乗ると、今気付いた様に莉奈を見た。
「はい?」
「この子に【真珠姫】と付けたみたいですね?」
と自分の竜を見ると、にこやかに微笑んだ。
「……」
莉奈はビクリとした。
そうだった。勝手に愛称なんか付けてしまった。
微笑みからは何も読めないが、口調からは怒っている様子は感じない。……が謝罪は必要だ。後手だが謝る事にする。
「申し訳あり―――」
「謝る必要はありません。竜を喰らう娘よ。良き名です」
莉奈の謝罪を被せ気味に、真珠姫が割って入ってきた。
……え?
はぁぁ~?……竜を喰らう娘……って、ちょっと~!?
「リナは竜までも食べるみたいで……恐ろしいですね? 真珠姫」
シュゼル皇子は、面白そうに真珠姫をチラリと見てから、莉奈をチラリと見てクスリと笑う。
「この国の王よりも、恐ろしい娘だと皆も怯えている。私がいない間……減らさぬ様に」
真珠姫はクスクスと笑っていた。
……え? 減らすって何を?
「リナは……竜を食べるのか」
近くにいたアメリアが、あまりの事に瞠目していた。
どうやら、あの時あの場に彼女はいなかったので、今初めて耳にし驚愕したらしい。莉奈が竜を喰らうと。
「いやいやいや……何言ってんのかな? 真珠姫達の冗談だから!!」
莉奈は慌てて手を振って、違うとアピールする。いらん事をどうして吹聴するかな? ってそもそも、何故信じるのかな!?
「食わねぇ様に見張っとく」
エギエディルス皇子が面白そうに言った。
「食べないよ!!」
減らさぬ様にって竜の事か!!
竜なんか食べないよ!!
「よろしくお願いしますね?」
シュゼル皇子はクスクス笑いながら、真珠姫とゆっくり、ゆっくりと優美に空に溶けて行った。
◇◇◇
「……最悪だ」
莉奈は呟いた。竜にまでからかわれるハメになるとは。
「お前が、考えなしに言うから」
エギエディルス皇子は笑っていた。
あの緊迫した状況で、あんな事を言うから竜にまで色々言われる事になるのだ。莉奈が悪い。
「口がすべ――あっ」
莉奈はそんな事を言いながら、ふとある事を思い出した。
「エド、魔石を埋め込まないと魔法が安定しないんだよね?」
だから、魔法で造った壁には埋め込むと……。
「あぁ」
「エドが前に造ってくれた、お風呂の浴槽……あれ魔石ないけど大丈夫なの?」
今気付いたけど。以前彼に造ってもらった浴槽も土の魔法。
あれも壁みたいなモノだ。魔石が埋まってないけど大丈夫なのかな……と。
「大丈夫じゃねぇな」
エギエディルス皇子も今気付いたのか、少し考えた後にポツリと言った。
魔法を安定させる魔石が埋まってない。だから、いつ崩れてもおかしくはない。
「エ――ド」
そしたら何かね? 入ってるとき壁が崩れたりしたら、私は裸で床に流されていたのかな?
「忘れてたんだってば!! 後でちゃんと埋めとく!!」
莉奈が睨むものだから、エギエディルス皇子は慌てて言った。
本当に後で埋めるつもりでいたのだ。ただ、後回しにしたせいで、完全に忘れてただけなのだ。言われなければ、全く思い出さなかっただろうけど。
「……」
莉奈に不審そうに見られ、エギエディルス皇子は、今度はしっかりと約束をするのであった。




