186 ゲオルグ師団長の執務室
ゲオルグ師団長の執務室は、白竜宮の5階にあった。
だが、階段は1段も上っていない。何故か? それは、転送の間が5階にもあるからである。1階と5階の2ヶ所に設置されてあるみたいだった。だから、スゴい楽チンである。
ゲオルグ師団長の執務室は、剣やら斧やら武器が壁に飾ってあった。正確には飾ってあるのではなく、いつでも使用出来る様に壁に掛けてあるのかもしれない。だってコレ、よく見たら飾り用みたいに刃が潰されてない気がする。
殺風景といってもいいフェリクス王の執務室とは違い、武器が掛けてあったりして、面白……ゴホン。ゲオルグ師団長らしい執務室である。
「お~良く来たなリナ嬢」
エギエディルス皇子に挨拶した後には、両手を上げて歓迎してくれたゲオルグ師団長。え? 胸には飛び込みませんよ?
まだ全然交流がないのに、何故ここまで親切で、優しいのか良く分からない。王族に近付く不審な女として、扱われても致し方ないのに不思議だ。
「まぁ、座れ座れ」
執務机の前にあるソファに2人を勧め、秘書らしき男の人に紅茶を出すよう指示していた。
「……はぁ」
とソファに腰を降ろしてふと、視線が斜め前にいる女性に動いた。
20代の若く背の高い、綺麗な女性だ。線が細い感じだが服の上からでも、肩や二の腕には無駄のない筋肉がついてそうに見えた。
侍女はここには出入りしないのだから、彼女も近衛師団の兵なのだろう。
「あぁ、彼女は――」
莉奈の視線の先に気付いたゲオルグ師団長が、彼女を促す。
「アメリア=ピアゾンと申します。気安くアメリアと」
素早く足先を揃え、ピシッとキレイなお辞儀をしたアメリア。さすが軍部。お辞儀がキビキビとしている。
「先に名を名乗らず、不躾に失礼致しました。リナ=ノハラと申します。以後リナとお呼び下さい」
莉奈は立ち上がると深々と頭を下げた。初めて女性の近衛師団を見た事もあるし、あまりにも綺麗な人だったから、ジロジロ見てしまった事を詫びた。
「あなたがリナさんか……いつも美味しい食事をありがとうございます」
さらにアメリアは頭を下げた。
莉奈と聞き、食事の改善、改革をしている異世界の少女だと気付いた様だった。
「え? いやいや、私はほとんど作ってませんから」
好き勝手にやっているだけ。なんだったら皆の分なんて作ってはいない。実際に作っているのはリック料理長であり、軍部にいる料理人達である。
そのすべてを自分の功績なんて、おこがましい。
「ご謙遜を。あなたのお陰で食事が大変美味しくなりました」
アメリアはニコリと笑った。本心から言っているみたいだ。
自分にしたら、この国の食事が口に合わず勝手にやり始めただけだから、お礼を言われる筋合いはないのだが。
結果的に、改善されて喜ばれているなら良い事ずくめである。
「それは実際に作っている料理人達に言ってあげて下さい。喜ぶと思います」
だって、私は自由にやっているだけ。それを大変な思いで作っているのは料理人の人達だから。お礼は彼等達に言ってあげて欲しいと伝える。
「お優しいんですね」
アメリアは眩しいくらいの微笑みを返してくれた。謙遜しているとでも勘違いした様だった。違うのだけど……。
堂々巡りになりそうだから、そういう事にしておこう。
◇◇◇
ゲオルグ師団長が、上座のソファに座ったので本題を……と思ったのだが。よくよく見れば特注品なのか一回り大きい気がする。
2メートル超えの彼が普通のでは座れないから、特注品らしい。フェリクス王の執務室の、上座のソファも大きかった気がするから、自分に合わせて作らせているのだろう。
だから、エギエディルス皇子も勧められた時、断ったのだ。でなければ、上座は彼が座るのが定石だ。
座ると必然的に足がプラプラするから、避けたのかもしれない。
「今日はどうなされましたか?」
ゲオルグ師団長は、エギエディルス皇子に訊いた。
まぁ、普通に考えて用があるのは彼だと思うよね。
「俺が用がある訳じゃねぇよ。コイツ」
とチラリと莉奈を見た。普通のソファでも足が少しプラプラしてるから、やっぱりゲオルグサイズは大きいよね。
「昨日頂いた、ブラックベリーで苺バターを作ったので、討伐に行った皆さんに配ろうと持って来ました」
莉奈は、魔法鞄から苺バターの入った小瓶をカタカタとテーブルに置いた。
「とりあえず、苺バター30、後ガーリックバターを30です」
テーブルの上に小瓶が60個。これを1瓶ずつ分けるのか、皆で食べるのかはゲオルグ師団長達が各々決めればいい。
「苺……バター」
「ガーリック……バター」
座らずにゲオルグ師団長の脇にいたアメリアと、秘書らしき人が呟きゴクリと生唾を飲んだ。
莉奈が作る物が美味しいのは、皆が周知している。その新作ともいえる物が目の前に置かれれば、匂いはなくとも興味が湧く。
「アメリアさんと……そちらは?」
目がもの欲しそうに見ているので、とりあえず名前を訊いてみた。
「これは失礼、マック=ローレン。補佐官をやっております」
ゲオルグ師団長の補佐官をしている文官のローレンが名乗った。茶色がかった金髪の眼鏡を掛けたタレ目の優しそうな人だった。
「えっと、ローレン様?」
「様は結構ですよ」
様を付けて呼んでみれば、結構だという。
この国の人達、いわゆる貴族様が多く働いているのに、意外とフレンドリーで気さくな人が多い。自分としては楽だけど、貴族なんて気位が高いイメージがあったから驚きでしかなかった。
実のところ莉奈は知らないが、皆は別にフレンドリーな訳ではない。
莉奈のしてくれている食事改善に敬意を示していたり、教祖事件、そして王族といつもいる。だからこそ、敬称や敬語を使わなくても許されているだけで……普通の一般人、平民だったらアウトなのである。
「では、ローレンさん」
「……はい」
「そしてアメリアさん」
「はい」
「ここで会ったのも何かの縁ですから、苺バターとガーリックバターを1瓶ずつどうぞ?」
と莉奈は、皆の分とは別に魔法鞄から2瓶ずつ取り出して、近くに瓶をコトリと置いた。
たまたまここに、いただけなのだろうけど……それも "運" だろう。だからお近づきの印に渡してみる。別名 "賄賂" 。
「……え!?」
と嬉しそうに顔を綻ばせたのはアメリアだ。貰えるとは思わなかったから嬉しそうだ。何もしていないのにイイのか、ゲオルグ師団長やエギエディルス皇子に、お伺い立てている。
「マジか」
と目を見張り呟いたのは、ローレン補佐官だった。
ん?……今、マジかって言わなかった?
嬉しい申し出に思わず素が出たみたいである。
この人、立場上敬語なんか使ってはいるけど、実は顔と言葉にものスゴいギャップのある人なのかもしれない。
「マ――ック」
ゲオルグ師団長がゴホンと、咳払いをした。言葉使いが素に戻っていたから注意した様だ。
「いや……失礼。いや、しかしマジか」
謝罪はしたものの口を押さえつつ、あまりの嬉しさに言葉が正せないでいた。
「マジですよ。ローレンさん。ただし、見つからない様に……」
と莉奈は笑いながら、鼻先に人指し指を立てた。
竜騎士団は討伐に行ったからヨシとしても、ただ居合わせただけの2人が貰えたとなれば、騒ぐに決まっている。
騒ぐだけならいいが、たぶん収拾がつかないくらい集られるに違いない。
「「わかりました」」
その瞬間、神妙な表情をして2人は小さく頷いた。
バレて少なくなる事を想像し、口にはしっかりチャックをする。
「ちなみに、魔法鞄に入れておかないと、あまり日持ちしませんから、冷蔵庫か何かに入れてお早めに……」
と莉奈は注意しておく。
苺バターの方は特に日持ちしない。生の果物を入れているから傷みやすいのだ。なるべくなら今日、明日中に食べて欲しい旨も伝えておいた。
2人はそれでも嬉しそうに頷き、大事そうに瓶を手に取っていたのだった。




