182 笑顔の破壊力
「大変お待たせ致しまして申し訳――」
「待たせた甲斐はあるんだろうな?」
長い足をテーブルから退けると、莉奈の言葉をぶった斬る。
ハードルが上がる様な言葉に、莉奈は顔が若干ひきつる。私が呼んだ訳ではないのに……え? 何かな? この仕打ち。
――――おのれ……シュゼルめ。
と莉奈が思ったかはさておき、フェリクス王の脇に歩み寄る。
「まずは、食前酒として……陛下にはゴッドファーザーとゴッドマザーを」
飲み物は右? 料理は左側から差し出すんだっけ? マナーなどまったく詳しくない莉奈は内心首を傾げながらコトリと出した。
出す時にチラリと執事イベールを見たが、無表情なので多分大丈夫なハズ。ダメなら目が細くなる気がする。
「大層なネーミングですね?」
少しだけ復活したシュゼル皇子が、真向かいに座ってそのカクテルを見ていた。
さすがに鉄拳を喰らった後だからか、この時間にお酒……と注意はしない様だ。
「由来は分かりませんけど、面白いですよね? あっ、シュゼル殿下とエギエゴロス殿下にはブラックベリーのミルクジュースをどうぞ」
と2人の弟皇子の前に出した。
エギまで言って言わない辺り、本当は言えるのでは? とエギエディルス皇子は眉を顰めた。
だが、もはやそんな些細な事などどうでもいい彼は、目の前に出てきたミルクジュースを見て目を輝かせていた。
「ミルクジュースですか?」
シュゼル皇子は、タンコブになっているだろう頭を擦りつつ、ほのほのと微笑んだ。
「ククベリーのやつも旨かったんだぜ!?」
と弟が嬉しそうに言えば「いつ飲んだのですか?」と追求の目が向けられた。あっ……と口を押さえエギエディルス皇子は、助けを求める様に莉奈をチラリと見た。
人の事は言えないけど……キミも失言が多いよね?
「後で御出し致しますよ」
シュゼル皇子が分かってますよね? って表情で微笑んでいる気がしたので、私はこう言うしかなかった。
◇◇◇
「んっま~い!!」
ブラックベリーのミルクジュースを飲んだエギエディルス皇子が嬉しそうに言った。どうやらお気に召したらしい。
苺の味が濃いから牛乳に全然負けなくて、さぞかし美味しいのだろう。自分は後でゆっくり頂きますけど。
「ん……甘酸っぱくて美味しい」
シュゼル皇子がほんわかと、頬を緩ませた。
少し形の残ったブラックベリーが口に入るとまた、なんともいえない食感と旨味が口に広がるのだ。末弟はスプーンでそれを掬って食べているし、相当気に入ってくれたのかもしれない。
「悪くはねぇけど……甘ぇな」
フェリクス王が "ゴッドファーザー" と "ゴッドマザー" を飲み比べしながら眉をひそめて小さくボヤいていた。
アマレットは甘いリキュールだから、口に微かに入る甘さに少しだけ不満がある様だった。
「最後に、口直しで辛口のカクテルも御出し致しますよ」
莉奈はそんなボヤきに苦笑いしながら、魔法鞄から熱々のじゃがいもベーコンチーズを出した。
途端にふわりと焼けたチーズの匂いと、食欲を誘うガーリックバターの良い香りが王達の鼻を擽った。
「すげぇ、旨そう」
と前のめりで、ソレを見つめるエギエディルス皇子。
莉奈は笑いつつ、小皿も取り出し小分けにして皆の前に差し出した。
「ガーリックバターのパンと苺バターのパンもどうぞ」
ガーリックバターのパンも出せば、さらにニンニクの良い香りが広がる。苺バターにはシュゼル皇子の目が釘付けになっていた。
王達には食事の時に自分で塗れる様に、後でバターを小瓶に入れた物は何個か渡しておく予定。
「リナ! 俺これ好き」
エギエディルス皇子がじゃがいもを口にして、嬉しい事を言ってくれた。
どうやらガーリックバターが気に入ったみたいである。
「苺バターは?」
とそっちはどうか訊いてみる。
「ミルクジュースと一緒に食べるとさらにウマイ」
「そっか良かった」
莉奈はほっこりと笑った。
じゃがいもベーコンチーズを食べた後、右手には苺バターのパン、左手にはブラックベリーのミルクジュースを持っていた。
少し御行儀は悪いけど、美味しそうに楽しそうに食べる彼が可愛くて仕方がない。
「苺バター……毎日食べたいですね」
シュゼル皇子も満足そうに、ほのほのしていた。余程気に入ったらしい。苺バターの小瓶を置いといたら、たっぷりとパンにのせて食べている。
こんもりとのったそれは、もはやパンではなく苺バターその物を口にしているだけの様な気がするのだが……。
「ククベリーもありますから、ククベリーバターも作ってみますね?」
と莉奈は提案する。同じ酸味のあるベリー系なら、美味しいに違いないと予想する。
「楽しみにしていますね?」
実に眩しい微笑みを向けられてしまった。失敗は許されないのかもしれない。
王3兄弟が思い思いに食べているのを見ていると、気付いたら執事イベールがすぐ近くにいたので、小分けにしたじゃがいもベーコンチーズをスッと渡しておいた。もちろん賄賂である。
イベールは無表情無言でソレを自分の魔法鞄にしまっていた。後で別でバターの小瓶とカクテルも渡すと小声で言ったら、「ありがとうございます」とほんのわずかだけど、目が揺らいだ気がした。ひょっとしたら、嬉しいのかもしれない。
「陛下には最後に "ウォッカ・マティーニ" をどうぞ」
お皿が空になり始めたので、フェリクス王には〆のカクテル "ウオッカ・マティーニ" を出した。
しかし、王にカクテルグラスは妙にこそばゆい。似合わないというかなんというか、ギャップがスゴい。
「これもマティーニか」
この間聞いた通り一口オリーブの実をかじり、ウォッカ・マティーニを口に含んだ。実や果実が付いてくるカクテルは、こうやって口の中で混ぜて味わう物だったりする。
飾りも兼ねているから、オシャレだし見た目もいい。
……とはいえ、飲む人それぞれだから別に残しても問題はないけど。
「……ウォッカとドライ・ベルモットか」
ゆっくり味わうと、小さく呟いた。
「正解です」
莉奈は感服していた。
たった2種類しか混ぜていないとはいえ、良く分かるなと思う。自分がジュースを混ぜて作った飲み物を、当てられるかと思ったらムズカシイ気がしたからだ。
「ドライ・ジンとは違った味わいがある」
"ドライ・ジン" ベースのマティーニを思い出して味わっている様である。
「陛下はどのマティーニがお好みですか?」
と莉奈は面白そうに訊いてみた。一応今後の参考にも訊いておきたかったのもある。
「…………」
莉奈がそう言うと、フェリクス王は眉間にシワを寄せ、腕を組んだまま考え込んでしまった。
……ぷっ。
それには、莉奈は思わず笑ってしまった。
考え込む程、甲乙付けがたいという事なのだろう。だけど、自分の中で必死に順列を付けようとしている王が、なんだか可愛いらしくて妙にキュンとしたからだ。
「あ゛?」
ものスゴく不服そうなフェリクス王の、舌打ち混じりの声が聞こえた。莉奈に笑われたのが心外らしかった。
「大変失礼致しました」
確かに、訊いておいて笑うなんて失礼である。だけど、いつも無愛想で威圧感タップリの王のその仕草が、可愛いくて仕方がなかったのだ。
「お詫びに、マティーニの飲み比べセットなる物を後で御用意させて頂きます」
「……期待している」
少しだけ目を見張った後、至極満足そうに微笑んだ。
―――キュン。
ナ~ニ~そ~の~笑顔!!
莉奈は表向き平常心を保っていたものの、フニャフニャと腰が砕けそうだった。そして、ついつい顔が火照りそうだったので、足を一生懸命つねっていたのであった。




