139 モニカはいなくても怖い
結局カクテルは、大量に作らなければいけなくなったため、寸胴で作っていた。その工程はもうカクテルではない。だって優雅も気品もないのだ。
カクテルはお酒をブレンドしたり果汁を混ぜたり、砕いて入れる氷でさえも、その工程は魅了する程の楽しさがあるのだ。なのに……これはもはや作業。寸胴にお酒をドバドバと入れ、混ぜたら氷の魔法で冷やす。
その後、お玉〈レードル〉で次々とグラスに注いでいく、その作業は冷製スープと変わらない。
「…………」
莉奈はその作業を、なんだこれ……と無言で見ていた。カクテル作りにはまったく見えないからだ。
しばらく唖然として見ていた莉奈は、魔法鞄からゲオルグ師団長からもらった、ウイスキーとドライ・ジンを取り出した。ついでに、ハンカチを取り出し、口と鼻を覆って頭の後ろで結んだ。これだけのお酒の量、匂いで酔いそうだった。
「アハハ……匂いで酔いそうだよな」
それを見たリック料理長が笑っていた。確かに換気はしてはいたもののスゴいお酒の匂いだ。
「それ、ウイスキーだな。何を作るんだ?」
莉奈の行動を、放っとく訳もなくマテウス副料理長が訊いた。莉奈が何故、ウイスキーを持っているかは全く気にならないらしい。
まぁ莉奈の事だから、誰かしらから貰って来たのだろう、とわかっているだけかもしれない。
「何も作らない……混ぜるだけ」
「新しいカクテルだろ?」
莉奈がわざと、揚げ足を取った様な言い方をしたのにも関わらず、まったく気にもせずマテウス副料理長は大きく頷いた。
マテウス副料理長が"カクテル"と言えば、他の作業していた料理人達も手を止め莉奈を見た。また新しいカクテルを作る莉奈に、酒呑み達は目を輝かせていた。
「なんて言うカクテルを作るんだい?」
当然の様に、リック料理長が訊いてきた。
「…………」
振り返ると、異様な空気がそこにはあった。羊を囲む狼の群れ。まさにその言葉が相応しい。もちろん、羊は莉奈の事である。
「ハダーカ・オドリ」
「へぇ~。変わった名のカクテルなんだな」
一同は感心し頷いた。
……なんで信じちゃうんだよ。
もはや冗談も通じない皆に、莉奈は呆れ顔だった。
「……スモーキー・マティーニ」
"ハダーカ・オドリ" なんてカクテルある訳がない。信じきっている皆に本当の名を教えた。このままでは本当に"ハダーカ・オドリ"になってしまう。
「「「……え?」」」
「……これ……スモーキー・マティーニ」
「「「…………」」」
莉奈が再び言うと、皆は黙り込んだ。
「えっと……なんでウソを、ついたのかな?」
マテウス副料理長が、苦笑いしていた。何故ウソをついたのか。
「……信じると思わなかったから」
"ハダーカ・オドリ"……なんて云うカクテルがあるなんて、信じるとは思わなかった。
「「「…………ぶっ」」」
ごもっともとでも思ったのか、皆は一様に吹き出し大笑いしていた。"裸踊り" なんて名を何故信じてしまったのか、よくよく考えて見ればおかしな話である。
「あっ!! ちょっと待った!! それ小さいグラスに注いで」
カクテルを冷やし終わり、さてグラスに……という時に莉奈がその作業を慌てて止めた。さも当然の様に大きいワイングラスに、カクテルを注ぎ始めていたからだ。
「「「え~~っ!? なんで~~!?」」」
納得のいかない人達は、当然ブーイングだ。
「それだと、どれか1つになってつまらないでしょ?」
不服そうな酒呑み達に、莉奈は1つ提案する事を考えた。
「……量……どういう事?」
誰とは言わないがブツブツ言う、飲む量が減るのがものスゴくイヤな様だった。
「1つ1つ量を少なめにして、色んな味を楽しめばイイんじゃない?」
「「「……」」」
それでも分からないのか、首を傾げている。
「まず1番量を確保出来る "ギムレット" を大量に作って、それを皆で1つずつ……後は "マティーニ" "エクストラ・ドライ・マティーニ"……今、私が今作ってる "スモーキー・マティーニ" の中からチョイスして飲み比べしたらイイんじゃない?」
「「「それイイ~~~~っ!!」」」
全員莉奈の提案に賛同したのか、大歓声だった。
ライムと割る "ギムレット" は1番大量に作れる。皆にさっき訊いたら、ライムなんか普段あまり使わないから、食料庫にも食料庫代わりの魔法鞄にもあるらしい。
だから、ギムレットは皆に行き渡る。後はどう分けるか。数が合わなければ、殴り合いになりかねない。
なら、後は量を少なくして飲み比べ……という事にして、選ばせるしかない。すべてが飲みたいのなら、同僚とか友人とかと分ければいいしね。
「あれ……そういえば、ラナ達は?」
今になって気付いた莉奈は、キョロキョロとする。分けるで思い出したが、いつも大抵いる例の侍女2人の姿がなかったのだ。モニカがここにいたら "旦那がいれば全てを口に出来たのに"……と言いそうだ。
「リナが陛下の所に行った後、一旦仕事に戻ったよ」
リック料理長が苦笑いしていた。なんでも戻る時にモニカが、自分の分のカクテルは残しておいてくれないと、"呪う" と呟いていたらしい。
「……」
莉奈は、ゾッとした。冗談にしては真実味があるからだ。
自分の世界なら流せる言葉でも、"魔法" が存在するこの世界だ。"呪い" があってもおかしくはない。
……モニカ怖い。




