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ゴンドールの大陸  作者: 芹沢 まの
第二章
22/88

上級兵士

 バーレン公爵家を出たキースは、その後兵士となるためにローランド王城へ来ていた。

 公爵の素早い対応により、城に入る話はとんとん拍子に進み、キースは正式にローランド軍へと迎えられた。


「上級兵隊長、バッシュ・ボルナールだ」


 案内された城内の建物の一室で、キースを迎えたのは軍人らしい(いか)つい大男だった。頭はつるつるに剃られて髪は一本も無い。それが彼の持つ威圧感を強調していた。


「キース・クレイドです。よろしくお願いします」


 握手を交わし、改めて向き合って座る。バッシュはキースをじろじろと観察しつつ「何歳だっけ?」とぶっきらぼうに問いかけた。


「18です」

「……若いな」


 言いながら不愉快そうに顔をしかめる。あまり歓迎されている空気ではない。


「バーレン公爵の推薦だって聞いてるぜ。兵士を飛び越していきなり上級兵士なんてな、さぞ優秀なんだろう。期待してるぜ」


 苦々しげな言い方からして本気で期待しているわけではなさそうだ。キースはここでも出てきた”上級兵士”という言葉にひっかかった。


「上級兵士というのは一般の兵士とどう違うんですか?」


 バッシュが目を見張る。


「そんなこともしらねぇで、上級兵士になるのかお前は!」


 そう言われても知らされぬまま推薦されてしまったのだから仕方が無い。キースは「まぁ、そうです」と曖昧に頷いた。


「たいしたもんだねぇ」


 小馬鹿にしたように、バッシュは鼻で笑った。


「上級兵士は、兵士の中で経験を積んだ実力のある奴が、試験を受けて初めてなれるもんだ。騎士と兵士の間に立って、兵士達をまとめる役割を担う」

「あぁ…」


 キースは納得したように頷いた。


「つまり兵隊長クラスの兵士ということですか」

「そうだ」

「なるほど」


 バッシュは目の前の若造にうろんな目を向け「やっていけんのか?」と問いかける。キースは特に動じることなく、そのグレイの瞳を真っ直ぐ見返した。


「与えられた仕事は、こなします」

「それはそれは…」


 バッシュは生意気な返事が気に入らないようで、わざとらしく肩をすくめてみせた。


「こんなこと今まで無かったことだ。それが今回2人もだぜ。全く、真面目に試験受けた俺達にしてみれば、ふざけるなって話だよ」


 独り言のようにぼやくバッシュの言葉に、キースの形のいい眉が持ち上がる。


「2人……ですか?」


 自分以外にも同じように推薦を受けた人間がいるということだろうか。滅多にあることではないだろうに。

 バッシュは「そうだよ」と投げやりに答えた。


「もう1人は明日来るらしいぜ。こっちは国王のお抱え武器屋の推薦だってさ」

「お抱え、武器屋…?」


 そんなものにそこまで権力があるのだろうかと不思議に思いつつ、問いかけるのはやめておいた。どちらにしろ、目の前の彼が気に入らないのに変わりはないだろう。

 バッシュは「とりあえず、寄宿舎案内するぜ」と言って椅子から立ち上がった。

 キースも「お願いします」と言うと、それについて腰を上げた。



 寄宿舎はまた別館になっており、予想以上に綺麗だった。かつてアリステアで暮らしていた時に住んでいた騎士の館と変わらない質だ。キースは意外に思いながらバッシュに連れられて寄宿舎に足を踏み入れた。


「ローラ!」


 バッシュの声に、「はい!」と応える高い声が聞こえる。

 そして遠くから駆けてくる足音が聞こえ、やがて廊下の向こうからキースとバッシュの前に姿を現す。ローラと呼ばれたのは若い女性だった。


 緩くウェーブのかかった長い栗色の髪は首の後ろでひとつにまとめられ、真ん中で分けられた前髪の隙間から綺麗な額が覗いている。卵型の輪郭を描く頬は、くるくると落ちる巻き毛に縁取られていた。

 髪と同じ色の大きな瞳は長い睫に存在を際立たされている。

 一般的に言って、美人の部類に入る女性だった。

 膝丈のワンピースに白い前掛けをかけているその格好から見て、彼女はここで働く侍女なのだろう。

 ローラの目がキースを捉え、見知らぬ顔にはたと止まる。一瞬その瞳に驚きの色が浮かんだ。


「こいつが新しい上級兵士だよ。部屋、案内してくれ」


 バッシュはローラにそう伝えると、キースに目を遣った。


「仕事は明日からってことになってるから、今日はとりあえず自分の荷物整理しとけよ」


 早口でそう伝えると、キースの返事も聞かずに背を向けた。彼の役目は終わったらしい。足早に去っていく。

 残されたキースは改めてローラに向き直ると、片手を差し出した。


「キース・クレイドだ。よろしく」


 ローラは我に返ったように、慌てて握手に応えた。


「ローラ・ワイルダーです!…あの、こんなにお若い方がいらっしゃるとは思ってなくて…。私は上級兵士様付きの侍女です。洗濯とかお掃除とか…なんでもお申し付けください」

「侍女まで付いてるのか……」


 キースは感心しつつ呟いた。兵士になることで様々な不自由を覚悟していたが、アリステアの騎士の待遇とたいして変わらない。


「あ、お部屋にご案内しますね」


 ローラは言いながらキースの荷物に手を延ばした。キースはそれを遮ると「そこまでしなくていいよ」と苦笑する。

 ローラの目が一瞬キースを映す。ぱっとまた目を逸らした彼女の頬は、微かに赤くなっていた。


「こちらへ…」


 ローラに案内されるままに、部屋に入った。広くはないがどうやら1人部屋らしい。キースはベッドに荷物を置くと、入口で突っ立ったままのローラに目を向けた。

 彼女はぼぉっとキースを見詰めている。そんな視線を向けられるのは、キースにしてみれば日常茶飯事だった。

 ふっと微笑を返すと、ローラが我に返る。自分がキースを眺めていたことに気付いたのだろう。一気に赤面した。


「あの、では、私はこれで…!」

「どうもありがとう」


 ローラはさっと体を二つ折りにして礼をすると、逃げるようにキースの部屋を去って行った。


 ◆


 アーロンが兵士として城に行く日の朝、リンもそれに合わせるように学校へと出て行った。学校へ歩いて行く道は一緒に歩いて教えたし、いざとなったら馬車に乗るようにとお金も渡した。その過保護な対応にリンは”子供じゃないんだから!”と文句を言ったが、年齢はさておき、あまりに世間知らずなので心配になってしまうのだ。

 そしてアーロンは、バルジーと城の近くで落ち合っていた。3日ぶりに見たバルジーは、相変わらずにやにやと胡散臭い笑みを浮かべてアーロンを迎えた。


「よぉ、お嬢ちゃんと仲良くやってるかい?」


 開口一番の挨拶はそれだった。


「うん、まぁ」


 アーロンは曖昧に答えると「今日から学校に行ってる」と報告する。


「学校!へぇ~!そこまですんのか!」


 バルジーは驚いたようにそう言うと、顎を撫でながらまたいやらしい笑みを浮かべた。


「頑張って可愛がって、そのうち食っちまうんだろうなぁ。悪い男だな、お前は」


 楽しそうに下品なことを言っている。アーロンはやれやれと呆れた溜息を洩らした。


「そういうこと言うから、あんたリンに嫌われてんだよ」

「えぇ!俺、嫌われてる?!」


 自覚が無かったらしい。「そりゃ、困るな」と深刻そうにひとりごちるバルジーを「いいから行こうぜ」と促し、アーロンはローランド王城を目指してさっさと歩き出した。


 ◆


 朝を迎えたローランド王城の兵士寄宿舎では、キースが自室で支度を整えていた。

 上級兵士の制服は深緑色を基調としたものだった。焦げ茶色の立派なベルトを腰にはめ、それに剣を挿す。そして同じ色のブーツに足を入れる。ベッドに座った状態でブーツの紐を結び立ち上がると、キースは自室のドアを開け、外へ出た。


「――あっ…!」


 廊下に一歩出た瞬間、そこを歩いていたローラと出くわした。ローラは足を止め、口元に手を当ててキースを見ている。


「おはよう」


 キースが声をかけると、ローラは慌てて頭を下げながら「おはようございます!」と返した。


「キミもここに住んでるの?」

「いいえ、さっき来たところです!」

「早いんだね」


 キースは、「それじゃ」と言うとローラに背を向けて寄宿舎の出口へと向かった。ローラがその背中をぼんやりと見送る。


―――あの子、名前なんだっけ…。


 キースは例によって、また昨日知り合ったばかりの彼女の名前を忘れていた。

 

 ◆


 城に着いたバルジーとアーロンは、上級兵隊長という男に出迎えられた。バッシュという名前らしい。がっちりとした、屈強そうな男だった。腕も足も、ずいぶんと太い。


「こいつがアーロン・アルフォードだ」


 バルジーが紹介すると、バッシュは不機嫌そうに「ずいぶん若いな」と眉根を寄せた。


「18です」

「またかよ」


 すかさず吐き捨てたバッシュにアーロンは「また?」と聞き返した。


「昨日新しく来た男も18歳なんだよ。そいつも公爵の推薦とかでいきなり上級兵士だよ」


 苦々しくそう言ったバッシュの言葉に、アーロンは首を傾げた。


「……上級兵士?」

「――なんだよ、お前も”上級兵士”を知らないのかよ!!」


 バッシュが心底呆れたように声をあげる。なにやら怒っているようだが、状況が飲み込めない。バルジーが隣で得意気な笑みを浮かべつつ言った。


「そうだよ。上級兵士に推薦してやったんだぜ。下手な傭兵より、全然待遇いいぞぉ」


 実に恩着せがましい。

 アーロンはバルジーに訝しげな目を向けると「なんだよ、上級兵士って」と聞いた。聞かれたバルジーも首を傾げる。


「よく知らねぇけど、兵士より待遇がいいんだ」

「――いい加減にしろ!!」


 バルジーの言葉はバッシュの怒りを爆発させた。みるみる真っ赤になると、勢い良く立ち上がる。

 

「上級兵士は経験と訓練を積んだ兵士が試験を受けて初めてなれる、兵隊長クラスの地位のことだ!!!お抱え武器屋かなんか知らんが、お前みたいな男の推薦で務まる仕事じゃねーんだよ!!」

「でも国王の許可をもらってるぜ?」


 興奮気味のバッシュにバルジーの馬鹿にしたような一言がさらに効果的に響く。バッシュはいまにもバルジーに殴りかかりそうな形相になった。


「兵隊長クラス?」


 アーロンの問いかけで、バッシュはハッと我に返るとその目をアーロンに向けた。「そうだ」と答えながら、諦めたように再び腰を下ろす。


「……やっていけんのか?」


 昨日もおんなじことを言ったなと思いながら、バッシュは問うた。アーロンはあっさりと首を横に振った。


「無理です」

「――なんだとぉ?!?!」


 アーロンの答えにバッシュが再び怒鳴り声を上げる。同時にアーロンも、隣のバルジーに向けて怒りをぶつけた。


「あんた、なにしてくれてんだよ!兵隊長なんかできるわけないだろ?普通の兵士でいいんだよ、普通の兵士で!!」

「だって待遇がいいんだぜ?」

「そういう問題じゃねぇ!!」


 言い合う2人を前に、バッシュは全身を虚脱感に襲われる。どうやら王に気に入られているらしいお抱え武器屋が勝手にしでかしたことらしい。国王もこの男のどこをどう信頼しているんだろうと心底疑問に思いつつ、バッシュは深いため息をついた。


 ◆


 その頃キースは兵士達の訓練場に到着していた。同じ上級兵士であろう男がその姿に気づいて近寄ってくる。30代くらいだろうか。四角い顔をした地味な顔立ちの男だった。

 キースの前に立ち、「新しい上級兵士だな?」と問いかける。


「はい。キース・クレイドです」

「俺は、ベン・スカーロイ。同じ上級兵士だ」


 そう言って整列している兵士達を一旦振り返った。


「お前には俺の隊の一部を任せることになっている。若いのを10人ほどお前の隊に移動させる。頼んだぞ」


 訓練の準備中であろう兵士達は、興味深そうにちらちらとキースに目を向ける。兵士の制服は濃いグレイで、ベルトとブーツは同じ焦げ茶色である。服を見れば地位が分かる仕組みらしい。

 ベンは彼らに向かい「さっき言った10人出て来い!」と声を張り上げた。

 若そうな兵士ばかり10人程、ぞろぞろと出てくる。そしてキースとベンの前に集まった。


「新しい隊長だ。しっかり指導してもらえ」


 ベンはそう一言伝えると「それじゃ」と一言残して去って行った。


 ずいぶん雑な引継ぎである。選ばれた10人も、訝しげにキースを見ている。ベンも無表情ではあるけれども内心気に入らないのだろう。そんなつまらない妬みは無視することにして、キースは兵士達に向き直った。

 若いといっても中にはキースより年上らしき男も居る。みんな毎日訓練しているだけあって、それなりの体付きだった。

 

「キース・クレイドだ。よろしく」

「質問いいですか」


 兵士の中の1人が突然そう言った。キースは彼にちらりと目を遣り「どうぞ」と返す。


「兵士としての経験はあるんですか?」

「――無い」


 簡潔に答える。”騎士の経験ならあるけど”という言葉はもちろん胸の中だけで呟く。キースの答えに兵士達はお互い顔を見合わせている。明らかに不満気である。


「それじゃ、どうして隊長になれるんですか」


 重ねて質問され、キースは「公爵の推薦で」とまた短く答えた。兵士達は揃って顔をしかめた。その中の一人が、突然声を上げる。


「俺、知ってるぜ!」


 兵士達の目が彼に集中する。


「バーレン公爵の傭兵団に知り合いが居るんだ。あんた、お嬢様をたぶらかして、体良く追い出されたんだろ?」


 勝ち誇ったように兵士は言った。早くもここまで噂が届いているらしい。”たぶらかして”という所は全く身に覚えがないのだが、そう言われるのも仕方ないかもしれない。

 キースはやれやれとため息をついた。


「……つまり、何が言いたいんだ?」


 キースの問いかけに兵士達は一瞬静まった。誰かが口を開くのを期待してか、お互いに顔を見合わせている。


「俺を隊長として認められないってことかな?」


 キースが彼等の気持ちを代弁してやると、とたんに「そうだ!」と元気な声が返ってくる。


「なるほどね…」


 キースはクッと嘲笑を洩らした。

 その笑みに含まれた心情を正しく読み取った兵士の1人が「なに笑ってんだよ」と挑むように言った。

 キースは顔を上げ、そんな兵士の視線を跳ね返すように真向から睨みつける。


「さすが兵士だ。たいした世間知らずの集まりだな」

「なっ……!」


 明らかに侮蔑を含んだ言葉に、兵士達が気色ばむ。それらをすべて目で抑え込むように、キースはざっと彼等を見廻した。


「上が決めた地位に認めるも認めないも無い。それが権力だ。――黙って従え!!!」


 よく通る声が辺りに響いた。

 辺りの空気がぴんと張り詰める。そのただ中で、兵士達と相対する新隊長の青い瞳は冷たい光を放って見えた。


 ◆


「ここは寄宿舎だ」


 バッシュに連れられアーロンは兵士の寄宿舎を案内されていた。バルジーは「あとはよろしく」と言って帰って行った。迷惑な男はいつも風のように現れては去っていく。


「お前は寄宿舎に入らないらしいけど、ここの食堂は自由に使えるぜ」

「なんかすげぇ綺麗」


 アーロンは辺りを見廻して目を丸くしていた。自分がアリステア時代に使っていた寄宿舎とは全然違う。


「制服、用意してあるはずだ。来い」


 バッシュが言いながら前を歩く。先ほどの剣幕が嘘のように穏やかな様子である。アーロン自身もバルジーの被害者であると認識したせいなのだろうか。全くあの男のせいで、とんでもないことになったものだ。


「ローラ!」


 バッシュが掃除中の少女に声をかけた。ローラと呼ばれた少女が振り返る。その姿に、アーロンは思わず息を呑んだ。


「はい」


 掃除を中断して2人のもとへやってくる。バッシュがアーロンを差して「例の新入り、2人目だ」と紹介した。

 ローラが驚いた様子でアーロンを見ている。当のアーロンは、完全に少女に目を奪われていた。

 綺麗な白い肌、緩やかにウェーブする栗色の髪、そして同じ色の大きな瞳。格好からして侍女のようだけれど、どこかの令嬢のように品が良い。


「この方も、ずいぶん……お若いんですね…」


 可愛らしい声でローラが呟いた。その声に、アーロンは我に返る。


「あ、アーロン・アルフォードです…。18なんだ。よろしく」

「ローラ・ワイルダーです。私も18歳です」


 言いながらぎこちなく握手を交わす。彼女の優しい笑顔に、アーロンの胸は否応無しに高鳴っていた。


「こいつは上級兵士付きの侍女だよ。なんか用事あったら、この子に言いな。ま、お前は寄宿舎暮らしじゃないから、そんなに関係ないかな」


 バッシュの言葉にアーロンは一瞬”寄宿舎に入りたかった”と思ってしまった。ローランドの上級兵士は侍女がついて世話をしてくれるらしい。なんと素敵な職場だろう。

 アーロンは今更ながらバルジーに感謝する気持ちが湧いてきた。


「寄宿舎には入られないんですか?」


 ローラが問いかける。


「あ、うん。一緒に暮らしてる子がいるから……」

「わぁ!」


 声をあげて目を輝かせたローラに、アーロンは慌てて「妹だよ、妹!!」と言った。

 実際リンはアーロンの妹ということにして学校に行かせているので、全くの嘘ではない。


「ローラ、こいつに制服渡してやって」


 バッシュが横から声をかける。

 ローラは「はい」と応えると、足早に制服を取りに駆けて行った。アーロンはその背中をぼんやりと見送った。


「なに見てんだ」

「いや、すごい可愛いですね」


 思わず正直に口に出したアーロンに、バッシュはぶぶっと吹き出した。


「惚れたか?」


 からかうように聞いてくる。アーロンは腕を組んでちょっと考えると、首を横に振った。


「可愛い女は怖いですから、気をつけないと」


 アーロンの真剣な自戒に対し、バッシュは「痛い目みたのかお前!」と、さも面白そうに大笑いし始めた。



 制服を着たアーロンを見て、バッシュは「わりと似合ってる」と褒めてくれた。

 アリステアで着ていた兵士の服より立派な気がする。なんだか偉くなったような気分である。いや実際地位は上がったのだけど。


「よし、訓練場へ行くぜ。もう1人の新入りも紹介してやるよ」

「例の、18歳の…」

「そうだ。全く可愛くない男だ」


 バッシュが苦々しく呟いた。

 アーロンはバッシュの後ろをついて寄宿舎を出ると、城の裏庭の方へと向かう。

 遠くにはローランド王城が聳え立って見える。アリステア王城と同じくらい立派で迫力がある。

 ローランドに来てまでこういう風景を見ることになるとはと、アーロンは内心で苦笑した。遠くに来たはずなのに、遠い気がしない。自分の生きる道はどこへ行っても、たいして変わらないようである。


「あそこが訓練場だ」


 バッシュが言いながら指差した方向には、確かに兵士らしき男達集まっていた。 彼の姿を認識した兵士達が1人また1人と振り返っては「おはようございます!」と挨拶する。

 不意にバッシュのもとに男が1人駆けて来た。四角い顔の地味な顔立ちのその男は、格好からして上級兵士の1人のようだ。


「おはようございます」


 バッシュに挨拶をしつつ、その目はすぐにアーロンを捉える。


「ベン、これがもう1人の新入りだ。あの金髪はどこだ?」

「引継ぎを終えて、今訓練指導中です」

「何処で?」


 答える代わりにベンは案内するように2人を先導して歩き出した。

 兵士達にじろじろと観察される視線を感じながら、アーロンはそれについて行った。

 やがて少し離れた場所で稽古中らしき数人の兵士達が目に入る。その中に1人、深緑色の制服を着た男が居る。

 こちらに背を向けて立つその男の鮮やかな金色の髪が、日の光を受けて輝いていた。

 兵士の1人に対して剣の指導をしているらしい。男の動きに翻弄されながら、兵士は剣を取り落とし、あっという間もなく足を払われ地面に倒れこむ。その眼前に男の持つ剣先がピタリと止まる。

 気持ちのいいほど速い動きだった。

 周りで見ている兵士達も一様に声を失っている。


「おぉ~!」


 思わず上げたアーロンの声に反応するように、男がこちらを振り返った。その目がアーロンを映した瞬間、足が止まる。まるで杭を打たれたかのように。

 さらりと揺れた金色の髪、空と同じ色の瞳、そして彫像のような端正な顔立ち。

 立ち尽くすアーロンを、バッシュが振り返った。


「あれがもう1人の新人、キース・クレイドだ」


―――キース……クレイド…。


 目を見開いて固まるアーロンの目の前に、忘れられない男が居る。相手も、自分と同じように目を見開いて立ち尽くしている。


 2人は完全に動きを止めた。


 まるで2人の周りの時間が、止まってしまったかのように。

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