オークさん、食われる
祖国、アメリカ合衆国が「保護国」になってもう1年が過ぎた。
祖国にとっては屈辱の日々であるが、私ことオーク汗国観察官事務所の観察官付き秘書官である私、メアリーにとってはまるでバラ色のような日々である。
今日も、胸を高鳴らせながらいつものホテル、いつもの部屋をノックする。
目的はただひとつ。
――筋肉である。
「おはようございます、閣下」
ドアを開けて部屋の中に入る。そしてそのままリビングルームに入ると、上司であるオークの観察官はいつものように窓からセントラルパークを見下ろしながらコーヒーを飲んでいた。
「うむ、おはよう」
私に返事を返して来た上司を見上げる。
身長二メートルを超え、スーツの上からでもわかる鎧のような筋繊維をまとったその背中。
オーク族は銀河連邦でも屈指の武闘派と聞いていたが、話すと意外に穏やかである。
手に持っているカップは私からすると普通サイズなのだが彼が持つとまるでエスプレッソカップの様だ。
メアリーはそのギャップがたまらなかった。
以前の、中央情報局時代の上司は、言ってしまえば“湿度のあるおじさん”だった。
スーツの背中にしみる煙草の匂い。くそみたいな情報の山。国家の安全という美名のもと行われるつまらない暗躍。
それが今ではどうだろう。
毎朝、筋肉が仕事に彩を与えてくれる。
首筋に走るまるで鋼線のような筋。
ごつごつした手、腕の筋肉の上に走るいい血管。
ユーラシア大陸のような背中。
文明の進歩とは、こういうことを指すのだと私は思っている。
「メアリー君、本日の予定を」
身支度を整え、観察官事務所に向かうための車に乗り込んだ閣下はいつもの通り本日の予定について確認してくる。
その巨体に似合わぬ、少し高音を含んだひび割れた声。
メアリーはいつものように一瞬、心臓が跳ねたが、ポーカーフェイスを貫き通してタブレットを操作した。
「はい閣下。本日九時から惑星ロス128B引き渡しに向けた事前折衝、十一時には同星準州政府発足式典、
それから――
――午後はバーベキューレセプションです」
「……バーベキュー?」
今日の予定にプライベート以外でバーベキューの話が出たことで少し怪訝な顔をする閣下。
「はい、口にするのも憚られますが…閣下が監督官に就任して以来、祖国アメリカがことあるごとに閣下の懸念を増やし、そんなアメリカにも閣下は根気強くお付き合い頂いているのは周知の事実―――」
本当に思い出すだけでも祖国の暴虐無人にははらわたが煮えくり返る。
わがまま放題の暗躍放題。
あれだけ好き放題やって負けた結果、閣下に慈悲深く面倒を見てもらっているのにもかかわらず、またぞろ核開発をしていると聞いた時には『もう滅ぼしましょう?うん、ゴミ!ダイナマイト爆破かなんかしてブルドーザーで片したほうがいいですよ。残ったの残骸は英国にでもまとめちゃいましょう?』と言いかけたほどだ。
「――――そしてそんな閣下の心の癒しがバーベキューであることも周知の事実」
ちなみに周知の事実にしたのは私だ。
知り合いの動画配信者に依頼して閣下の公式チャンネルを(無断で)作り、そこで閣下に許可をもらった範囲のプライベート動画を広報として配信している。
動画の撮影は公認なため、実質このチャンネルも公認だと思う。
筋トレ中の閣下の映像なども得られて役得もあって最高な業務ね。
「今回のレセプションではここまでアメリカのためにご尽力を頂いている閣下に是非好物であるバーベキューをご堪能いただきたいというものになります」
「ほぅ…それは、ありがたいな」
「種類もテキサス、カンザス、メンフィス、ノースカロライの4大バーベキューを中心に全米からえりすぐりの職人たちを呼び寄せています。
「おぉ…」
閣下の顔がほころんでいる。可愛い。
「参加者も、今回はカジュアルな催しとしましてロス128B準州高官と合衆国大統領のみの参加となっております」
「それはありがたい」
「そして観察官事務所の皆様ももちろんご招待されております。閣下をお迎えに上がる前に連絡しましたが、電話口にもわかるくらいに喝采が上がっていましたよ」
「だろうな」
口に手を当てて苦笑する閣下。たまらない。
「明日は1日閣下の予定は空白にしております。1年間のお疲れを今回のバーベキューで存分に癒してください」
「あぁ、そうさせてもらう」
頬が緩むのが抑えられないのか顔を手で覆いながら返事をする閣下。
それを見ながら私も頬が緩む。
計画第一段階はこれで良し、と。
閣下の疲れをとるために根回しをしたバーベキューレセプションだが、私の目的は他にある。
計画を作成したのは数か月前、アメリカ、中国、インドへの開拓惑星贈与条約を第三国の日本で締結するために訪日したついでに、なぜかはるばる日本でアイドルのプロデューサーをやっている愚弟にあったときのことだった。
☆彡
「ねぇ、オークに抜群に効く媚薬って興味ない?」
「は?」
愚弟と別れ、ホテルへ帰ろうとしたときに、赤い目をした少女は私にそう言ってきた。
その顔は見覚えがある。ついさっき、愚弟が言っていた今担当しているアイドルがこの少女だ。
普通の少女であれば一笑に付している提案だが、ヴァンパイア族…宇宙人であれば聞く価値はある。
ただし同時に、そんな話を観察官秘書官である私にしてきたことに強い警戒心を抱かずにはいられない。
「それは合衆国への提案?それとも」
「貴女への提案に決まってるじゃん」
「……」
「ヴァンパイアは鼻がいいんだよ。だからそのジャケットに仕舞ってる拳銃は出さないでもらえると嬉しいな。隣のポケットに仕舞ってる愛しの閣下の匂いが付いた下着が硝煙の臭いで塗りつぶされちゃうよ?」
よし殺そう。バレたからには生かしておけない。閣下の私物をちょくちょく拝借してクンカクンカしてたことが閣下にばれる可能性は万に一つもあってはいけない。
「あ待って待って!!そういう意図じゃないから!」
「じゃあどういう意図?返答によっては…」
「……見つけた運命の人ってさ、どんな手段を使ってでも手に入れたいって思わない?」
わかる!!!!!!!!
…いやいや、落ち着くのよメアリー。
「それと貴女に何の関係が――――」
「単刀直入に言うわね。私の運命の人、貴女の弟。あなたの運命の人、あのオーク。私も貴女も運命の人は絶対に手に入れたい」
なるほど、わかったわ。
「お義姉さんって呼んでいいわよ。で、愚弟はどうやってラッピングすればいいの?」
「話の早い人って、私だーい好き❤」
将来の義妹は犬歯を覗かせながら甘い声でそう言った。
☆彡
義妹からもらったこの媚薬。
正確には媚薬というよりも、オークの常飲している性欲抑制剤の効果を減退させるものらしい。
生来オークは性欲がとても強い特性があり、文明化後は特定のパートナーがいるとき以外は性欲抑制剤を常飲することが一般的なのだそうだ。
そんな抑制剤の効果が薄れたら? その上、酒に酔って理性も薄れたら?
そんな猛獣の前に私という極上のお肉。どうなるかは考えるまでもない。
全米選りすぐりの極上のバーベキューを前に警戒が緩んでいた閣下に薬を盛るのは簡単だった。
そしてブリスケットに合う地ビールにスピリタスを少し。コーラにも少し。
あー閣下少し酔われてしまいましたか?
それはしかたないですねー疲れがたまっていたかもしれませんねーちょっと私は閣下をホテルにお送りしますので皆様はそのままご歓談くださいー観察官補佐の皆さんあとはよろしくお願いします。
なんとなく閣下の後輩であるオーク族の観察官補佐の方々は発情期抑制剤の効果が減退していることに気づいていたような気がするが大丈夫だ。
なんなら後々のアリバイにもなる。
そしてまんまと手配していたいつものホテルとは別のホテルにたどりついたとたんベッドに崩れ落ちる閣下を眺めながら準備をする。
ちらりと横目に閣下を見る。
その息は上がっており股間には立派な盛り上がり。
じゅるり。
「ぐっ…すこし疲れてしまったようだ…すまないがメアリー君、今日はもう上がっても…って、メアリー君…?」
「す、少し離れてくれないかねメアリー君。今はその、ちょっと具合がだね…」
「メアリー君?ちょっと目が怖くないかいメアリー君」
「お、落ち着くんだメアリー君、ちょっと…聞いてる?ねえ!?」
「メアリー君っ!どうしたんだいメアリー君!?なんで脱いでいるんだい!?い、今はだね、いろいろ不味いのだよ!吾輩が!」
「あーーーーー!!!!」
最高の夜の始まりよ。




