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「話、しよっか」






 今回の件には、雪那に問う罪の説得力がなかった。事実、疑問を持つ別の重臣が軍の一部を動かし、首謀者は反逆者として捕らえられた。


「姉さん」

「雪那、もう大丈夫。雪那は何も責められるようなことはしていないから、今回のことは気にしなくていい」

「さっきの話──」

「今日は休みなさい」


 微笑み、頭を撫でると、雪那は小さく頷いた。


「大丈夫。もう怖いことは起きないから」


 雪那を宥め、あとを瑠黎に任せて、わたしは一旦雪那の側を離れることにした。

 口から、ため息が出た。

 自分の奥から、爆発するように一気に感情が放たれたせいで、妙な虚脱感があった。

 何も考えたくない。

 雪那の側にいたいけど、一旦落ち着きたい。精神の波打ちの名残がある。

 先ほどまでとは別の忙しなさがある周りから隠れるようにフードをかぶり、歩いていくと、見慣れた姿を見つけた。


「蛍火」


 壁際に、フードを被って目から下は覆いをつけた蛍火が立っていた。


「お怪我は」

「ないよ」

()()()ですか」


 蛍火の問いに、わたしは力なく笑ってみせた。自分でも掌握できない状態にある精神の具合に、「よく分からない」と正直に言うと、彼は思わしくない表情をした。


「睡蓮様、非常に言いにくいことが」


 「なに?」と首を傾げると、蛍火は本当に言いにくそうな口調で、わたしに告げる。


「睡蓮様がしておられる指輪、知っての通り特別な所有物ですので──紫苑様が」

「……え」


 ぽとん、と一つ音を溢したわたしに、蛍火がそのままの表情で、すっと視線で斜め後ろを示した。その先には角がある。

 わたしが、まさか、まさかと思いながら角に差し掛かり、見えなかったその先を見ると、


「紫苑」


 いつから、いたのだろう。

 紫苑が、存在感を消すようにひっそりと壁に沿って立っていて、目をこちらに向けた。


「……さっきの話は」


 その一言で分かった。

 聞かれていた。


「──困ったなぁ」


 わたしは、笑っていた。

 こんな事態に見舞われては、どんな表情をすればいいのか分からなかった。蛍火に向けたような力ない笑顔に、困った感情が混ざり、諦めも混ざって。

 そして、わずかな覚悟も混ざった。必要に迫られた覚悟だった。


 本当は、聞かれるとしてもあんな形で中途半端に聞かれるのではなくて、自分の意思で言いたかった。そのために恒月国から出てきたばかりだった。

 だからと言って、また一旦ここで紫苑には話さず内界に引っ込むのは無しだろう。

 聞かれてしまったなら。


「話、しよっか」


 案じる目をする蛍火に、大丈夫だと視線を返し、わたしは紫苑を廊下の先へ促した。






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