第10話 色のある世界
今回買った奴隷は、生まれつき目が見えないのだという。
今までは、元々あった腕を生やしたりしていた。
だが、今回はもともとないものを、できるようにせねばならない。
俺の回復魔法で、それができるのだろうか……?
「どうだ……?」
俺はそう言い、奴隷――ルミナの眼帯を外す。
ルミナは一瞬、瞳をぎゅっと閉じたまま、恐る恐るまぶたを開いた。
すると――。
「わぁ……!」
ルミナの声が震えた。
「光が……色が……! こんなに、世界ってまぶしいものだったんですね……!」
彼女の頬を涙が伝う。
その目は、今まで光を知らなかったことを悔やむように、何度も瞬きを繰り返していた。
「すごいですご主人様! 私、見えるんです……!」
「そうか……! それはよかった……!」
俺がなぜルミナを購入したのか、それは今日の午前中にさかのぼる――。
◆
いつものように奴隷市場をブラブラ散策していたところ、奇妙な絵をみつけた。
店頭に、いくつかの奇妙な絵が並べられていたのだ。
「これは……?」
俺は店主にきいてみた。
「これは奴隷の一人が、なにやら描いてるんです。それで、せっかくだからこうして店の前に並べて、客寄せにでもなればなと……。まあ、けったいな絵ですからね。誰も買い手はつかないでしょうが……」
それらの絵は、いっぷう変わっていた。
風景画でもない、人物画でもない。
もっとこう、抽象的なものが描かれていた。
まるで夢の中の風景を描いたような、そんなもやもやした絵だ。
どこか霧がかかっていて、なにが描かれているのかはっきりしない。
俺はなぜかその絵に、強烈に惹きつけられた。
「これを描いた奴隷は?」
「こいつです。このルミナという奴隷です。実は……こいつは目が見えなくて。それなのに絵を描くんです。不思議なもんでしょう?」
「ああ……」
「まあ、一芸にはなるかもですが、目が見えないんじゃ、絵はねぇ……」
店主はそう言うが、俺には立派な絵を描いているように見えた。
目が見えないのにアレが描けるのは大したものだ。
「この奴隷をもらおうか」
「はいよ! まあ、一応欠損奴隷ではありますが……絵を描けることも考慮して……500Gでいかがでしょう?」
500Gか……欠損奴隷につける値段としては、異常なまでに高額だ。
これは、この親父、奴隷の特技があるからといって、ふっかけたな。
だが……。
「構わん。買おう」
「へい、まいどあり……!」
俺はルミナに利用価値を見出した。
この目を俺が治せば……あるいは――。
◆
そして話は今に戻る。
俺はルミナの目を治療してやった。
ルミナははっきりとこの世界が見えるようになったらしく、感動してあちこちを歩いていた。
「すごいですご主人様、すべてに色があります……! これが色なのですね……!」
「はは、大げさだな。そりゃあ、色はなんにでもついているよ」
「これが……ご主人様の顔……素敵です」
ルミナは見るものすべてに感動し、なんにでもうっとりした目線を向けた。
「今ならなにかインスピレーションが湧きそうです……! 絵を描いてもいいですか? ご主人様」
「もちろんだ。画材をもってこよう」
俺はルミナに絵を描かせることにした。
奴隷にも、それぞれ特技がある。その特技を活かすのが、奴隷にとっても主人にとっても一番いい。
ルミナは黙々と画板に向かい続けた。
そして数時間後――。
ルミナの筆が止まった。
俺がのぞき込むと、そこには――。
「これは……ほんとうにルミナが描いたのか……!?」
画面には、まるで夢の中にいるような幻想的な風景が広がっていた。
目の前にはないはずの『浮かぶ城』や、『宙に溶ける花畑』、そして『七色の光が舞う森』が、鮮やかな色彩で描かれている。
ルミナは目を輝かせて言う。
「目に映るすべてが新鮮で……すべてが不思議な世界のようで……それを、そのまま描きました!」
「これは……ちょっとすごいな……」
俺は無意識に息を呑んでいた。
ルミナの描いた絵は、今までにみたことのないようなものだった。
目が見えるようになる前から、ルミナの絵には才能があると思っていたが……。
色を知ったルミナの描く絵は、さらに一線を画すものだった。
「よし、ルミナ……! これを売ってもいいか?」
「もちろんいいですけど……売れますかね……?」
「当然だ。俺にいい考えがある……」
◆
俺はルミナの絵を、商館に飾ることにした。
すると、やってきたセモンド伯爵が、さっそく足を止めた――。
「こ、これは……!!」
セモンド伯爵は思わずルミナの絵の前で立ち尽くした。
彼の目は驚きと興奮に満ちている。
「なんということだ……! この大胆な色彩! この幻想的な構図! こんな作品、見たことがない……!」
俺は内心でニヤリとする。
そうだろう、貴族ってのは新しいものが好きなんだ。
「これは……いくらで売る?」
「27800Gです」
「安い!!」
セモンド伯爵は即決した。
「いいぞ……これはいい商売になる……!」
商館にくるのは、金を持て余した貴族ばかりだ。
そして貴族は新しいもの好きだ。
こんな前衛的な芸術作品が置いてあれば、すぐに買っていく。
これからもルミナに絵を描かせ続けよう。
◆
その日の夜――。
ルミナは戸惑いながら、服の襟元に手をかけた。
「それでご主人様、私は奴隷として……なにをすればいいでしょうか……?」
俺は一瞬、彼女が何をしようとしているのか察し、慌てて手を止めさせた。
「待て待て待て! お前にそんなことをさせる気はない! お前には他に仕事があるだろ」
「え……?」
ルミナは目を瞬かせる。
「それでは……私は……?」
「ルミナの仕事は、絵を描くことだ」
「え?」
彼女の目がまん丸くなる。
「ずっと絵を描いててくれていい。もちろん、思い浮かばないときは自由に過ごしてくれ」
ルミナの目に、光が宿った。
「そんな……! それではまるで……私は……!」
「画家だな」
その言葉に、ルミナの瞳が涙で潤んだ。
「本当に……ありがとうございます……! こんな待遇、夢のようです……!」
「その分、ルミナには稼がせてもらってるからな。絵についた値段の2割はルミナに小遣いとして渡そう。これでなんでも好きにすごしてくれ。もちろん画材を買ってもいい」
こうして、俺には新たな収入ができた。
ルミナを買った値段を考えたら、ものすごい儲けだ。




