第90話・共に居れる理由
小さな命が費えていくのをただ見つめることしかできなかったフルレだったが、その場に現れたアースラを見て表情を明るくし、急いでアースラのもとへ走り寄ってファジーロッパーを目の前に差し出した。
「いい所に来てくれたのだ! 急いでこやつの傷を癒してほしいのだ!」
「何だそいつは?」
「そんなことはあとで話すのだ! だから早く治癒魔法を使ってほしいのだ!」
いつになく慌てているフルレを見たアースラは、フルレが差し出しているファジーロッパーの容態観察を始めた。
――かなり傷が深いな、この出血量はほぼ致命傷に近い、これは高位の治癒魔法じゃないと効果が無いだろうな。
「……フルレ、とりあえずその魔力を抑えろ、治癒魔法の邪魔になる」
「分かったのだ」
アースラの言葉に返事をするとフルレは急速に魔力を抑え始め、それに伴って角や翼、尻尾がスッと消えた。
そしてある程度フルレが魔力を抑えたのを確認したアースラは、ファジーロッパーを包み込むように両手を差し出した。
「奇跡の光」
包み込んだ両手から出た淡く青い光がファジーロッパーを包み込むと、しばらくして出血が止まり、徐々に傷は塞がっていった。
「おおっ! 凄いのだ!」
「とりあえずこれでいいだろ、あとは出血で体温が下がってるから、冷えないように温めておけ」
「分かったのだ」
アースラの言葉を聞いたフルレは自分の服に血がつくのも気にせず、ファジーロッパーを優しく両手で抱き包んだ。
「ところでさっきも聞いたが、そのファジーロッパーはなんだ? いや、その前にどうしてフルレがこんな所に居るんだ?」
「うむ、ちゃんと話すと言ったから話すのだ」
ファジーロッパーが助かったことに安堵したフルレは、これまでの事情を丁寧に説明した。
「なるほど、それでこんな所に居たわけか」
「そうなのだ」
「まあモンスターを怖がる人間がそいつを殺すかもしれないと思うのは分かるが、シャロとシエラが居ればそんなことにはならんだろ。あの二人は揃いも揃って甘いからな」
「そうなのか?」
「エオスでも多くの種族に恐れられている悪魔族、その中でも名の知れた大悪魔のフルレを受け入れてるくらいだぞ、今更大人しいモンスターの一匹や二匹のことであの二人が大騒ぎするわけねえだろ」
「ふむ、そう言われればそうかもなのだ」
「まあそれはいいとしてだ、まさかそのファジーロッパーを連れてく気じゃねえだろうな?」
「もちろん一緒に連れて行くのだ」
「それは止めておけ、そいつのためにもな」
「どうしてなのだ?」
「何だかんだ言ってもモンスターがエオスで恐れられてるのは事実だ、だからそいつのためにも連れて行くのは止めておけ」
「そんなことは理由にならないのだ!」
「いや、理由になってるだろ」
「なってないのだ! 人間たちが恐れるという理由で連れて行けないなら、フルレがベルたちと一緒に居るのも無理ということになるのだ!」
「フルレは魔力を抑えとけば人間と見た目は変わらない、だがそいつはすぐにモンスターだと分かってしまう、だからそいつは連れて行かない方がいいんだ」
これでもかと言うくらいの正論を述べたアースラに対し、フルレは何も言えずに顔を俯かせた。
「……まあいつまでもこんな所に居たって仕方ねえし、とりあえずそいつも連れて一緒にリーヤへ戻るぞ、シャロもシエラも心配してるだろうしな」
「連れて行っても良いのか?」
「治癒魔法を使ったとはいえ、そいつの体は完全に回復したわけじゃないからな。だからとりあえず回復するまでは面倒を見てやれ、せっかく助けたんだしな、そのあとのことはその時に考える」
「分かったのだ」
「よし、それじゃあ行くぞ」
「うむ、ベルよ」
「何だ?」
「ありがとう、なのだ」
「ああ、それよりも帰ったらちゃんとシャロとシエラに謝っとけよ?」
「そうするのだ」
こうしてアースラによって救われたファジーロッパーを連れ、二人はリーヤへ戻って行った。




