第84話・師匠の師匠
「師匠、まだ起きてますか?」
アースラがベッドに寝転がってから20分ほどが経った頃、部屋の明かりを消して輝照石が入ったランプの明かりで勉強を続けていたシャロが、突然アースラに向かって小さく声を掛けた。
「なんだ?」
アースラはシャロに背中を向けたまま気怠げに応える。
「師匠に師事して間もない頃に師匠にも師匠が居たって話を聞きましたけど、その師匠ってどんな方だったんですか?」
「急にどうした?」
「いえ、師匠みたいな強い人を育て上げた師匠ってどんな人だったのかなって、ちょっと気になったんです」
眠気でいい具合にまどろんでいたアースラだったが、シャロのそんな質問を聞いて幾分か意識が覚醒した。
そしてアースラは遙か昔に感じる十数年前のことを思い出しつつベッドで上半身を起こし、シャロが居る方の床へ両足を下ろした。
「俺の師匠はとんでもなく厳しい人でな、修行中に何度死にかけたか分からん」
「師匠が死にかけるって、いったいどんなことをしてたんですか?」
「そうだな、例えば修行のやり始めの頃は基礎体力をつけるとかで、朝から晩まで山の麓と山頂を往復させられたり、荒れた川に放り込まれて泳ぎ続けろと言われたり、戦いに慣れてきた頃にはモンスターの巣がある場所に10日くらい放置されたり、まあ色々なことがあったな」
「今の話だけで嫌な汗が出てきますね……」
「あの時は必死だったから深くは考えなかったが、今思えばとんでもない内容の修行が多かったな。だが師匠のおかげで強くなれたのは間違いない、それに厳しかったがそれ以上に優しく、意外に涙もろい人だった。そしてあの頃より強くなった後でさえ、俺は師匠に勝てる自信が持てなかったし、今でもその思いは変わっていない。俺にとっての師匠はそんな人だ」
「師匠がそこまで言う人が存在したなんて驚きです」
「まあなんつうか、色々と凄い人だったからなあの人は、今頃どこで何してるんだか」
アースラは懐かしげにそう言いながら、少しだけその表情を曇らせた。
「その師匠とはもう会ってないんですか?」
「ああ、俺に最後の修行をつけてくれたあとで町へ買い出しに行ったきり行方不明になっちまってな、それ以来会ってねえんだ」
「行方不明って、何かあったんですか?」
「さあな、俺も色々と手を尽くして捜してはみたが、大した手掛かりは掴めなかったからな。まあ、あの人はよくフラフラと居なくなる時があったから、あの時もそんな感じだったんじゃねえかな。人に心配かけるのはどうかとは思うが」
「そうですか……できれば一度お会いしてみたかったです」
「そうだな、もしもどこかで会うことがあれば色々と話を聞いたり、修行を受けてみたりするといい」
「はい、師匠の師匠なら私にとっても師匠ですから、その時は是非お願いしたいです」
「いい心がけだな、だが覚悟しとけよ? さっきも言ったように師匠の修行はマジで死ねるからな」
「うっ、そういえばそうでしたね、だったらちょっと遠慮したいかもです」
「そんなことじゃいつまでも強くなれねえぞ」
「いえ、命は大事にしないといけないですし、私はアースラ師匠のやり方で十分だと思ってますから」
「ったく、調子のいい奴だな。まあそれはいいとしてだ、猫飯亭で飯食ってる時にも話したが、俺は明日からしばらく遠出する。だからのんびり寝てても起こせねえから早く寝ろよ」
「はい、そうします」
そう言うとアースラは再びベッドに寝そべり、シャロに背を向けて目を閉じた。
そしてシャロはそんなアースラを見たあとで本を閉じてランプを持ち、ベッドへ移動してから輝照石の明かりを消して寝そべり、スッと両目を閉じた。




