第126話・忍び寄る者
共同墓地を訪れた翌日の昼過ぎ、アースラから『しばらく修行は休んでいい』と言われていたシャロは、一人で部屋の大きな窓から道行く人たちを見ていた。
――見てる光景は穏やかなのに、もうこの世界にニアちゃんは居ないんだよね……。
ニアを喪って激しく気落ちしていたシャロは、些細なことでニアを思い出しては涙を流すを繰り返していた。
――死んだ人を生き返らせる方法は本当にないのかな、シエラさんは分からないって言ってたけど、師匠なら知ってるのかな? でも師匠だって大切な人を亡くしてるんだから、知ってたら生き返らせてるはずだよね……。
そんなことを考えながらゆらりと窓際から離れたシャロは、そのまま部屋を出て明るい光の射す外へ出て行った。
「眩しい」
太陽の強い光を受けたシャロは反射的に頭上へ手を上げ、目に入る光を遮った、するとシャロはそのまま光の射す方へ背を向け、日陰に入りながら歩き始めた。
――この道、ニアちゃんと一緒に通った道だ。
「そういえばさ、カルミナ村が野盗に襲われて滅んだらしいが、最近そんな話が多いよな」
「そうだな、隣国のエンテイルでも奇妙な通り魔殺人が増えてるって聞くし、これじゃあ魔王が居た時の方が治安的にはマシだったかもな」
「あの時は魔族が共通の敵だったから、人間や亜人種同士で殺し合うなんてことはそんなになかったしな」
「だな、10年前は魔王が倒されたのを喜んでたが、今じゃあ魔王が居た時の方が平和だったのかもって思っちまうよな」
ニアを思い出して涙を浮かべていたシャロの耳にそんな会話が届き、シャロは足を止めた。
――世の中には沢山の理不尽とそれに伴う死が蔓延している、でもそれをもたらしている原因の多くは他でもない人間や亜人種たち、そしてニアちゃんの命を奪ったのは同じ人間……。
人間だろうと亜人種だろうと、世の中には救いようのない者が存在することはシャロにも分かっていた。しかしカルミナ村の事件でその真実をより鮮明に思い知らされたことにより、シャロの中にあった人間や亜人種たちへの価値観が大きく揺らぎ始めていた。
――人はあんなにも平気な顔で他人の人生を踏みにじる、人が居る限りあんな悲劇が繰り返されるなら、人に存在する価値なんてあるのかな……。
「こんにちは、お嬢さん」
そんなことを考えていると、突然シャロに冒険者風の大きな体格をした銀髪赤目の男性が声を掛けてきた。
「こんにちは」
「カルミナ村での出来事、本当に酷い話でしたね、至る所で話題になっていますよ。いったいどれだけの命が同じ人の手によって失われたのでしょうか。本当に人とは酷い生き物だと思いませんか?」
「……そうかもしれません」
「いつの世も真っ先に失われるのは心優しき者の命ばかり、ならばそんな者たちの命を救い上げたいとは思いませんか?」
「そんなことできるわけないじゃないですか、死んだ人の命を救い上げるなんて……」
「もしもそれが出来ると言ったら、あなたはどうしますか?」
「えっ? あなたは死者を蘇らせる方法を知っているんですか?」
「いえ、残念ながら私は知りません、ですがそれを可能にすることができるかもしれない物の存在は知っています」
「何ですかそれは!?」
「こんな往来でそんな話はできませんよ、もしもこの話に興味があるようでしたら、アストリアから遥か北にある魔法都市、アルジェリークのライアという酒場で私の話をしてみて下さい」
「あの、あなたのお名前は?」
「おっと、これは失礼しました、私の名はファナティと申します。それとこの話は他言無用でお願いしますね、では」
そう言うとファナティは軽くお辞儀をし、そのまま町門の方へ向かって行った。




