第120話・赤き地にて
周囲がしんと静まり返った深夜、アースラは裏の仕事をする時に使っている黒のローブを身に纏い、ジードから借りたガロウに乗ってカルミナ村からかなり西にあるクリムゾンフォレストへやって来ていた。
「いつ見ても不気味な場所だな」
クリムゾンフォレストは鉄分を多く含む地層と隆起した大地、切り立った崖に多くの木が生い茂る、何もかもが赤く染まった特殊な土地。その存在を知る者からは、血の大地などと形容されるほどの不気味な場所で、生態系も他と比べてかなり特殊なことから、好んでこの地へ近づく者は居ない。
「さっそく降ってきやがったか」
赤い大地が広がるこの一帯は他の土地に比べて雨が多く、降り注いだ雨が大地を流れる様子が流血を思わせ、見る者を不気味がらせる。
――しかしまあ、気配を悟らせないようにするには好都合ってところか。
闇夜の雨はその視界を更に不透明にし、獲物へ近づく者の音をかき消し匂いを洗い流す。これは獲物を狙う側にとって好都合でもあるが、同時に不利な条件にもなりうる。
「ナイトアイ」
しかしこれまでに幾多の困難な状況を切り抜けて来たアースラにとって、この程度の状況は不利にもならず、ガロウから降りて第11序列魔法を使い、森の淵のぬかるんだ地面を見ながらゆっくりと歩き始めた。
――薄くなってはいるが、森の奥から外に向かって一頭分のウーマの足跡があるな。逃げた冒険者連中の誰かがウーマを使って森の外へ出たってところか。
森の淵の地面を見ながら歩くことしばらく、ウーマの足跡を見つけたアースラはその足跡から少し外れた位置へ移動をし、その足跡を辿り始めた。
そして灯りなど一切ない不気味な森の中を足跡を辿って進んでいると、赤く切り立った崖のある場所に辿り着いた。
――足跡のつき具合から見てもこの辺りだと思うが、周囲に隠れられそうな場所はないし、崖には洞窟もない、ってことは。
「イリュージョンアナライズ」
魔法を使って赤い崖を見回すと、その一角にぽっかりと口を開けた洞窟があるのが見えた。
「やっぱり幻視魔法で見えないようにしてたか」
幻視化を見破ったアースラは様子を窺いながら洞窟内へ侵入したが、奥へ進んでも灯り一つ灯っておらず、洞窟内は奇妙なほどの静寂に包まれていた。
「ううっ……」
そして洞窟内を進むことしばらく、奥から微かにだが男の呻く声が聞こえ、アースラはその場所へ向かった。するとそこには4人の武装した男が口から血を吐いて倒れていた。
「何があった?」
「だ、誰だ、暗くて何も見えねえ……」
「俺が誰かなんてどうでもいい、何があったのかだけ簡潔に話せ」
「は、話す、話すから助けてくれ……」
「だったら早く話せ、見たところ毒らしいが、のんびりしてるとくたばっちまうぞ」
「お、俺たちは嵌められたんだ、アイツに……」
「アイツってのは誰だ?」
「それは――」
苦しみの声を上げる男が口にした名前と、カルミナ村を襲う時の計画を聞いたアースラは、ジードの持って来た情報が確かなものだと確信した。
「し、知ってることは全部話した、だから助けくれ……」
「勘違いしているみたいだが、俺は一言も助けるとは言ってない」
「そ、それじゃあ約束が違う……」
「俺は『楽にしてやる』とは言ったが『助けてやる』とは言ってない」
「そ、そんな……」
「本当はもっと苦しめてやりたいところだが、お前に構っている時間はない、あとは地獄に行って永遠に苦しめ、ウインドカッター」
アースラは魔法を放ち、男の首と胴を一瞬で切り離した。そして真実を知ったアースラは全ての決着をつけるべく、真の首謀者の居る場所へ向かうため、再び静寂に包まれた洞窟をあとにした。




