第115話・涙のお別れ
仙草ムーンティアーを含めた薬材植物の収穫が終わった翌日の朝、商品を載せたウーマ車の前に村人たちが集まり、その出発を見送ろうとしていた。
「シエラ、フルレ、そっちは頼んだぞ」
「うん、任せておいて」
「このフルレが居る限り何の心配もないのだ」
「フルレの実力は知ってるがやり過ぎないでくれよ、帰り道が消し飛んだら洒落にならんからな」
「フルレはそんな粗忽者ではないのだ」
「そうだよ、フルレちゃん凄く器用で頭がいいんだから」
「うむ、ベルと違ってシエラはよく分かっているのだ」
「分かった分かった、俺が悪かったよ、とりあえず気をつけて行って来てくれ」
「うん、気をつけて行くから心配ないよ。それじゃあ、そろそろ行きましょうか」
「うむ」
フルレはウーマ車の幌が張られた荷車の出入口から中へ飛び乗り、そのまま御者席の方へと向かった。そして一緒に商品を売りに行く村人を乗せたあと、シエラたちは残る村人全員に見送られながら商品を卸すため円形城塞都市リーヤへと出発した。
「さてと、それじゃあ俺たちも見張り塔で最後の仕事をするか」
シャロに向かってそう言ったあと、アースラは近くに居たニアに視線を向けた。するとニアの表情にいつもの笑顔はなく、今にも泣き出してしまいそうな雰囲気を醸し出していた。
「シャロ見張りはお前がやれ」
「はい、分かりました」
「ニア、暇だったらシャロと一緒に見張りをしてもいいぞ」
「えっ? ニアがお手伝いしてもいいの?」
「これまでリーガルに注意されても一緒にやってたわけだし、今更だと思うけどな。それにリーヤから村へ帰る時もニアはよくモンスターを発見してたし、目の良さは確かだろうからな」
「うん! ニア手伝うよ!」
「それじゃあ見張りは二人に任せたぞ」
「はいっ!」
「うん!」
「俺は村の外を回って来るから、モンスターを見つけたらいつもの方法で知らせろ」
「分かりました」
シャロの返事を聞くとアースラは村の外へと向かい始めた。
「さあ、師匠から任された仕事だからちゃんとやらないとね」
「うん」
向き合って笑顔を浮かべると、二人はいつものように楽しげに会話を始め、そのまま見張り塔へ上って監視を始めた。そして珍しくモンスターの襲来がないまま最終日の時間は過ぎ、太陽が赤く染まり始めた頃に交代の人員が村へ到着し、その後しばらくしてからシエラたちも村へ戻って来た。
こうしてアースラは戻って来たシエラと共に交代する人員に引き継ぎを行い、カルミナ村での仕事を全て完了させたあと、村人全員に見送られながら村を去ろうとしていた。
「ニアちゃん、今日までありがとね」
「うん」
「怪我したり病気したりしないようにね」
「うん……」
別れの時が来たニアは気分を暗く沈ませ、シャロの掛ける言葉にも『うん』と言って頷くことしかできなかった。
そしてアースラたちが交代の人たちの乗って来たウーマに乗って村を出て行こうとした瞬間、寂しげな表情で押し黙っていたニアが大粒の涙を零しながら大きく口を開いた。
「行っちゃやだっ! やだやだやだっ!」
我慢していた気持ちを口にしたニアはウーマに乗ったシャロへ走り寄って来た。そしてそれを見たシャロがウーマから降りると、ニアはシャロに思いっきりしがみついた。
「行っちゃやだよぉ」
「また絶対に会いに来るから」
「やだっ!」
しがみついたニアはシャロを離すまいと掴む手に力を入れ、その胸の中で何度も頭を左右に振ってイヤイヤを続けた。
「ニア、我がままを言っては駄目よ、シャロさんが困ってるでしょ」
「やだっ!」
「いい加減になさい!」
「やだやだっ! 放してお母さん!」
どうあってもシャロから離れないニアを前に、ターニャは辛そうにしながら無理やりニアを引き離した。
「さあシャロさん行ってください、そしてまたいつかこの子に会いに来てあげてください」
「……はい、必ず会いに来ます、ニアちゃんにもターニャさんたちにも、みんなにも」
そう言うとシャロはペコリと頭を下げ、ウーマに乗って前へ進み始めた。
「シャロお姉ちゃーーん!!」
後ろから聞こえてくるニアの声に振り向いてしまいそうになる衝動を必死で抑えつつ、シャロはカルミナ村をあとにした。




